何かが崩れた
「ある訳ないだろ、そんな事」
その場が凍りついた。
「はっ……?」
修治は心奏を抱きしめる手に力を込める。
みるみる内に歪んでいく修治の顔を、心奏は見ることが出来なかった。
たった今放たれた実の父親の言葉が頭で反響するように残っており、それを頭で処理することに精一杯だったからだ。
「お前!自分が何を言ったのか分かっているのか⁉」
「何をも何も、本当の事を言ったまでだ」
奏治のけろっとしたような態度に、修治は憤怒の表情を浮かべたまま、腕の中の心奏を見た。
心奏は目を見開き、言葉で言い表わせないような絶望したような表情をしている。
修治はキッと奏治を睨みつけると、身動きの取れそうにない心奏を自身の方へ寄せるようにして、また強く抱きしめた。
「あの頃とは変わっただろうと少しでも思った俺が悪かった。お前がこの家にいる間は俺が心奏を預かる。お前に心奏を任せる事は出来ない…!」
修治の言葉に特に興味を示すこともなく、奏治はキャリーケースを引っ張って家の前の階段を上った。
「好きにしてくれ」
そう吐き捨てたあと、奏治は振り返ることもなく鍵を開け家の中に入っていった。
奏治が居なくなったあとには静寂だけが残った。
「心奏、今日は俺の事務所に泊まると善い。俺はお前を見捨てたりはしないから…」
修治がそう言うと、心奏の中で何かが崩れた。
心奏は静かにコクンと頷き、ぐしゃっと顔を歪めた。
目から溢れ出る涙を隠すように両手で顔を覆い、声を殺すようにして泣く心奏を、修治は黙ったまま抱きしめていた。
「お邪魔します……」
小さなビルの中で、響彩がそう口にしながら一室の部屋の扉を開けた。
部屋の中にはすでに羽音がソファに腰を下ろしており、羽音の目の前には志賀がスマホ片手に足を組みソファに座っていた。
「おう、遅かったな」
羽音が響彩の存在に気が付くと、ソファの右端に寄り左側を空けるようにして座り直した。
空けられたスペースに響彩は腰を下ろすと、目の前に座る志賀を見て口を開いた。
「心奏に何があったんですか?退院して一週間も経つのに、私達にも姿を見せないなんて…。こんなこと、今まで無かったのに……」
響彩の言葉に、志賀はスマホから視線を二人に移した。
そして申し訳なさそうに、今度は視線を下に落とした。
「わしらが甘く見すぎておった所為じゃ。まだ、心奏を彼奴に会わせるべきでは無かった…」
「アイツって?」
響彩が志賀に向かって尋ねると、志賀が答えるよりも早く羽音が口を開いた。
「心奏の親父だろ?この前、心奏の家の前でセンセイと言い争ってるとこ見たんだ」
羽音の言葉に志賀は黙って頷いた。
「彼奴は心奏の事をよく思っていない。少しはマシになったかと思っていたが、そんな事は無かった。現に心奏は……」
志賀がそう話すと、羽音と響彩の顔に怒りの表情が宿った。
そして羽音が感情のままに立ち上がろうと、ソファに手をかけた時、扉が開いて修治が入ってきた。
「どうじゃった?」
「駄目だ。全く、な……」
志賀の問いに間髪を容れず修治は答えると、志賀の隣に腰掛けた。
「何がダメだったんだ?」
キョトンとした顔で羽音が首を傾げると、修治はため息をつきながら足を組んだ。
「心奏を部屋から出そうとしたんだ。お前達を見れば、少しは楽になるんじゃないか、とな。だが」




