最強のちぃむ
心奏がやってきたのは高校の屋上だった。
夏休みのため校内にも校庭にもほとんど生徒は居らず、部活中であろう生徒が校舎の周りを走っているだけだった。
「僕のせいだ。僕が弱いから……」
心奏は柵に身体を預け、髪を風に泳がせていた。
「弱くなんて無いぞ」
「志賀先輩…!」
心奏が振り返った先には、黒く長い髪をなびかせたマリンブルーの瞳の青年が立っていた。
志賀と呼ばれたその人は、心奏のことを見るとニコッと微笑み心奏の元へと歩み寄った。
「むしろ心奏君はとても強い子じゃと記憶しておるんじゃが、そんなお主がここにいる事に、わしはとても驚いておるよ。何かあったのかえ?」
志賀は心奏の隣に立つと、柵に背中を預け目を閉じ風を感じている。
「僕が……駄々をこねてしまったんです。二人は僕の事を心配してくれたのに…」
「じゃが、心奏君も曲げられぬ事があった故、草柳君たちに駄々をこねたのじゃろう?」
志賀が目をゆっくりと開くと、横目に心奏の顔を見た。
「はい……病院に戻れば、今回の演劇は必然的に中止。次の演劇にかけるとしても、次いつ退院出来るかわからない。僕は…諦めたくないから……」
心奏の大きな目に涙が浮かぶ。
「何かあったら即入院。そう言われたけど、どうしても今回の演劇は諦めたくなかったんです。だって、だって……」
心奏の目から大粒の涙が溢れ出てくる。
その涙を志賀は細く長い指で拭うと、心配するように目を細め心奏に語りかけた。
「そうじゃな。心奏君が演劇を中止させたくないのは、よく分かった。じゃがな、お主が身体を労らなければならんのも、これまた事実なのじゃ。賢いお主ならよく理解出来ておるじゃろう?」
志賀の言葉に心奏はコクコクと静かに頷いた。
「大丈夫じゃよ。ゆっくり、ゆっくり自分のペースで生きていけば……のう」
心奏はハッとしたように志賀の顔を見た。
志賀の発した言葉が聞いた事のある言葉にとても似ていたからだ。
「「心奏!」」
次の瞬間、屋上の扉を開けて羽音と響彩が飛び込んできた。
心奏と志賀はビクッと身体を震わせ、二人の方へと視線を移した。
「二人とも…なんで……?」
心奏の問いに二人は顔を見合わせる。
「演劇、続けようぜ」
羽音の思わぬ言葉に心奏は目を丸くしている。
「病院にバレなきゃ大丈夫だもの。今回の演劇はやり切りましょう?」
響彩が心奏の涙をハンカチで拭った。
「いいの?本当に続けても……」
そう言った心奏の手はとても震えていた。怖いのだ。失う事が、これまで積み上げてきたものが一瞬で壊れてしまう事が。
その瞬間、羽音が心奏と響彩を抱きしめていた。
「っんな顔すんなよ……いいに決まってんだろ?ここまで積み上げたんだから、砕け散るところまでいかねぇと」
羽音は微笑みながら心奏の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「砕け散っちゃダメでしょ」
響彩がすかさず羽音の言葉にツッコんだ。
「共犯と言ったところかのう。お主らは本当に良い”ちぃむ”じゃな」
カッカッカッと志賀が口元に手を当てながら笑う。
「だろ?オレらは最強の”チーム”なんだよ」
「小学生じゃないんだから、最強とか言わないでくれる?恥ずかしい」
あ゛?と羽音が響彩を睨みつける。
その様子を見て心奏が笑い出し、それを見て羽音と響彩も微笑んだ。