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道化師に憧れた僕が自分の病を治す方法  作者: 舞木百良
第三幕『Abendrot und Silber』
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屋上の声

 数日後。

 心奏(しおん)は病院の屋上にいた。

 かつて碧偉(あおい)が座っていた柵に身体を預け、心奏は果てしなく続く青空を見つめていた。

 心奏の水色の髪が青空に溶けるように風に吹かれている。

 ガチャという音と共に屋上に誰かが入って来ると、トントンと歩き心奏の隣で音が止まった。

「どうかしたんですか?医者(せんせい)

 心奏の隣には背中を柵に預け、空を仰ぐようにして上を見上げる夏目(なつめ)の姿があった。

 夏目は丸眼鏡の奥で目を瞑り風の音を聞いていたが、ゆっくりと目を開き、心奏の方に顔を向けた。

「きみはまだぼくを医者と呼ぶんですねぇ。ある意味ぼくはスパイなのに」

 夏目がニコッと笑いながら、首を解すように手を当てる。

「スパイだろうと何だろうと、僕を救おうとしてくれた事には変わりないし、僕の担当医になる程の実力を兼ね備えてる。医者と呼ぶ理由はこれだけで十分でしょう?」

 心奏が空を見つめたままそう言うと、夏目は少し目を見開きハハッと笑った。

志賀(しが)くんがきみに敵わない理由が分かった気がします」

 夏目が目を細めると、また空を見上げた。

「ぼくがここに来たときにはもう彼はいませんでしたが、今のきみは志賀くんから聞いていた彼にそっくりですよ」

 その言葉に心奏は驚き、バっと夏目の方を向いた。

 しかし、夏目は何事もなかったかのように空を仰いでいる。

「幼少期に見たものに影響を受ける。そういう事はよくありますからね」

 夏目の目はどこか遠くを見つめており、心奏は哀しげに顔を歪ませると俯いた。

 そして目を瞑ると、(まぶた)の裏に浮かぶ碧偉の笑顔。

 目を開け、また顔を歪ませる。

「僕は碧偉の分も生きられるでしょうか?」

「生きられますよ。ぼくも協力します」

 夏目が当たり前のようにそう答えると、ニコッと微笑みを浮かべ心奏の方を向いた。

「じゃあ、ぼくは仕事があるので失礼しますねぇ」

 いつもの調子に戻った夏目が丸眼鏡の位置を調整しながら、小走りで屋上の扉の方へ向かっていった。


『おまえだけは生きろよ?』


 夏目を見送っていた心奏の耳にふと声が聞こえた。

 心奏は目を見開き、急いで声のした方を振り向く。

 だが、そこにはただの青空だけが広がっていた。

 心奏は悲嘆したように苦い顔をし、顔を背けた。

 碧偉はここに居るはずがない。


『やくそく、守れなくてごめん…』


 だが、紛れもなく聴こえた声に心奏は顔を上げる。

 そこには哀しそうに笑い、柵に胡座(あぐら)をかいて座る碧偉の姿が見えた。

 碧偉はあの頃の姿のまま、成長した心奏を見つめている。

 白銀の髪をなびかせ猩々緋(しょうじょうひ)色の瞳を細めた、あの笑顔で。

 あの頃と違うのは、夕日ではなく朝日に照らされていることだった。

 青空に溶け入りそうな白銀の髪が日光に照らされ、キラキラと星のように輝く。


 () () () () () () () () () () ()


 弧を描いた口がまた何か言葉を紡いだ。

「碧偉……」

 心奏がそう言って瞬きをした瞬間、碧偉の姿は空に溶けたように見えなくなっていた。

 最後に会いに来たのだろうか?

 励ましに来てくれたのだろうか?

 そんな想いが心奏の頭に()ぎったが、それを考える間もなく心奏の視界が涙で滲んだ。

 心奏はその場に座り込むと、顔を腕で隠し声を殺して泣いた。

 なぜか泣いている事を知られてはいけない気がした。

 心奏の涙は果てしなく続く青空に溶けるように、透明な美しい涙だった。

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