心奏の過去【絶望と喪失】
「じゃあ、行ってくるな!」
碧偉が心奏に手を振り、病室の扉を開ける。
「頑張ってね……」
目に涙を溜めた心奏が片手で修治の服を、片手で碧偉に向かって手を振った。
そんな心奏を見て、碧偉は苦しそうに微笑み心奏を抱き締めた。
「ぜったい!ぜったい帰ってくるから!だから…!」
碧偉の目から涙が溢れる。
心奏も声を殺して泣いていた。
「だから、待ってて?おれはおまえをおいて行ったりしないから…!」
碧偉の言葉に、心奏はコクコクと頷いた。
そして、身体を離すと碧偉はまた手を振った。
「じゃあな!」
数時間後。
病室に沢山の看護師が行き来し、碧偉のベッドを片付けていた。
「碧偉は?どうして片付けてるの?」
心奏が一人の看護師の服の裾を引き、看護師の視線を引くと言った。
「え、えっと……」
看護師の困ったような表情に心奏は何かを察し、看護師や修治の制止も聞かずに病室を出て行った。
心奏は走った。目的も場所も分からず。
エレベーターに乗り込み、心奏は手が届くボタンを必死に押す。
バタバタという音が近づいて来たが、その音が辿り着く前にエレベーターの扉が閉まり、ガタンッと動き出した。
「碧偉……」
心奏がそう呟く頃にはエレベーターは止まり、扉がゆっくり開いていた。
エレベーターから急いで降りると、心奏は訳も分からず手前の部屋から順に扉を開け覗きながら走る。
「違う……違う……違う……違う……!」
心奏がそう呟きながら、とある部屋の扉を開けたときだった。
目を疑った。涙が頬を伝った。
部屋の真ん中に黒と真っ赤な何かがあった。
白銀の解かれた髪。固く閉じられた目。力なく垂れる腕。そして。
真っ赤な…。
「碧偉…………?」
心奏が大きな目をもっと大きく見開き、その何かにゆっくりと近づく。
「碧偉!碧偉!」
心奏は碧偉だったものの身体を強く揺さぶる。
しかし動かない。
心奏がふと碧偉が寝かされている台の隣を見た。
「心臓……?」
真っ赤な心臓がそこにはあった。
動かないはずだ。
心臓が身体に無いのだから、動かないに決まっている。
心奏はその場に崩れ落ちた。
「碧偉が、なんで?なんで……なんで、なんで、なんで!」
心奏が碧偉の手を握る。
その手はひんやりと冷たい。
「あぁぁぁ!!」
心奏がそう叫んで碧偉に抱きつく。
碧偉の血が心奏に付き、広がっていく。
まるで、心奏を包み込んでいく絶望のように。
「心奏!」
修治が部屋に飛び込んでくる。
そして碧偉に抱きついている心奏を抱き剥がそうとしたが、幼い子供とは思えないほどの力に修治は目を見開く。
「心奏!」
もう一度心奏に叫ぶと、心奏が意識を失った。
同時に医師や看護師が次々と部屋に入ってくる。
その医師達の方を向き、修治がキッと睨む。
「これはどういう事だ?なぜ、碧偉はこうなっている?」
修治の言葉に数名の医師が動揺する。
それを修治は見逃さなかったが、医師や看護師が退出を強制したため、それ以上はどうする事も出来なかった。
「心奏?」
数時間後、心奏は病室で目を覚ました。
それに気付き志賀が心奏の顔を覗き込む。
それに続いて修治、そして心奏の母親が心奏の顔を覗き込んだ。
心奏はパチパチと瞬きをしている。
どこか遠い目をしていたが、心奏は目のピントが三人に合うと言った。
「あなたたちは……だれ、ですか?」




