夕焼けの白銀
「はぁ、はぁ、はぁ」
心奏はふらつく足を必死に動かし、バタバタと屋上に出られる扉の方へ走っていた。
やっと辿り着いた扉のドアノブに手をかけ、勢い良く回し外に出た。
誰もいない。
ただ夕焼けが空を覆っている。
しかし、心奏には見えていた。白銀の髪を風になびかせている少年の姿が。
「き、みは。君は……誰だ?僕は君を知ってる…!だけど、思い出せない!君は……!」
心奏がその少年に向かって頭を押さえながら近づいていく。
その瞬間、少年が心奏の方を振り返った。
猩々緋色の瞳が心奏を捉え、口元が微かに緩む。
――はっはっは。おれがきれい?おどろいたな。
柵の上に胡座をかいて座る少年は頬杖をつきながら、猩々緋色の瞳を細める。
心奏は目を見開く。
知っている。心奏は全く同じ言葉を聞いた事があった。
――いや、ごめん。あまりにおかしな事を言うもんだから、つい。べつにおまえの事をわらったんじゃないぜ?
少年は心奏を見たまま言う。
心奏がその場から動けずにいると、白銀の髪が風に吹かれ、またも夕焼けに照らされキラキラと紅く輝く。
その光景もどこか見た事があった。
心奏が頭を抱え記憶を遡っていると、目をぱちくりと丸くしていた少年が、すぐにニカッと笑い柵から飛び降りた。
――同じ部屋?そういやそうだったな。おれの名前はな……。
「同じ部屋……?」
心奏が呟くと、また心奏の頭に激痛が走る。
記憶が頭の中を高速で駆け抜けていく。
心奏の頭の中で記憶の点と点が繋がった。
「そうか。君は……」
「心奏の事ってどういう事よ!今この状況で心奏の事を口にするなんて!アナタに心奏の何が分かるって言うの!」
学校の屋上で響彩が志賀に向かって叫んだ。
羽音も何か言いたげな表情で歯を食いしばっている。
「そう、怒るのは分かる。だが、話は最後まで聞くものだ」
志賀がそう言うと羽音も響彩も、ぐうの音も出ないといった様子で口を閉じた。
「まずはわしの事を話そう。そうすれば、過去の事も理解しやすいだろう」
志賀は夕焼けを背にし、羽音達からは逆光になる位置に立った。
そして、大きく息を吸った。
「わし、志賀要は神々心奏の母方の従兄弟だ。齢は二十。心奏の事を守るため、心奏の記憶を取り戻すためこの学校に在学している」
志賀の口から思わぬ言葉が飛び出し、羽音も響彩も目を見開いたまま固まった。
志賀は二人が驚くのは承知というように、何事もなく続けた。
「わしが従兄弟と明かさなかった理由は二つある。一つ目は、心奏はわしが従兄弟という事を隠していた方が楽だったから。そして二つ目は……」
志賀が顔を伏せ、表情を曇らせる。
二人から表情はよく見えないが、哀しそうな表情をしている事は明らかだった。
「二つ目は明かしたところで、心奏が記憶を取り戻すとも思えなかったからだ」
志賀がそう言うと、羽音が力強く志賀を見据えた。
「どうして、そう思うんだよ。心奏の従兄弟なら心奏を信じろよ」
羽音の言葉を聞くと、志賀は首を横に振った。
「信じても無駄だと分かっていた。心奏が記憶を失ったのはわしの所為でも、心奏の所為でもない。心奏が記憶を失った原因は”あの子”なのだから」
「あの子?」
響彩が首を傾げると、志賀は振り返り夕焼けを見つめた。
そして、昔話をするかのようにゆっくりと落ち着いた声色で話し始めた。
「今日のように夕焼けが綺麗に見える日。病院の屋上で白銀の髪と猩々緋色の瞳を持つ少年と心奏は出会った。まるでそれが運命とでも言うように。その少年の名は……」
『―神人碧偉―』




