生きてる
本殿の隣の覆殿の裏口から出た心奏達は、駐車場から本殿に向かう石畳を駐車場の方に向けて歩いていた。
「結局、今日は何もしてねぇじゃねぇか。せっかく劇も全部揃えて来たのによ」
羽音が少し怒りの籠ったような声で言う。
「そうね。ただ授業が遅れただけだったわ」
響彩も羽音に同意し、胸の前で腕を組んだ。
「僕は……」
心奏が言葉を詰まらせていると、いきなり心奏の身体がフラッと斜めに傾いた。
「「心奏!」」
羽音と響彩がそう叫ぶのと同時くらいに、修治が心奏の身体を支えた。
心奏は先程とは打って変わって、目を閉じぐったりとしている。
「心奏…!」
心奏の身体を掴んだままの修治の手は小刻みに震えている。
修治が心奏の身体を揺するが、心奏はまだ目を閉じたまま。
「クソッ……早く病院へ行くぞ!」
修治は心奏を抱き抱えると、後ろで並んで歩いていた羽音と響彩に声をかけた。
そして、心奏を抱き抱えたまま走り出す。
羽音と響彩もそれに続き、三人は駐車場までの道を急いだのだった。
「命に別状はありません。ですが、入院していたときと同じくらい猛烈に心拍が低くなっています」
病室から出てきた医者がカルテと思わしき書類を片手に、修治に向かって説明する。
「とりあえずは様子見という形になるかと……」
「それじゃ、心奏はどうなんだよ!?いきなり倒れたんだぞ!?」
医者の言葉に、羽音は怒り心頭といった様子で医者の胸ぐらを掴んだ。
響彩は壁に背中を預けたまま俯いている。
「やめろ」
修治が羽音の手に軽く触れると、羽音は掴んでいた医者の服を離した。
「もう病室に入れるのか?それと、心奏はあとどれくらいで目覚める?」
修治の低くドスの効いた声に、臆する事なく目を伏せる。
「病室には入っていただけます。ですが、いつ目覚めるかというのは何とも……」
医者の言葉に修治は「分かった」とだけ答え病室の扉を開けた。
個室の病室の窓際のベッドでは、心奏が沢山の点滴に繋がれ寝かされている。
ベッドサイドモニタには心拍数が表示されているが、明らかに低い。
一般の人と比べずとも低いと分かるその数字だが、今心奏が生きているという事実を表すのはそれで十分だった。
修治と羽音、響彩は病室の扉を閉めベッドの方へ、心奏の方へ向かう。
「生きてるんだよな?ちゃんと心臓は動いてるんだよな?」
羽音が力なく呟くと、修治が羽音の手を取り心奏の手に触れさせた。
心奏の手はほんのりと温かく、それでいてどこか人の体温よりも少し冷たかった。
「生きてる。ちゃんと……」
羽音は心奏の手を握ると、目の縁に涙を浮かべた。
響彩も離れた位置で目から涙を流している。
「心奏はお前達に何も言わずに居なくなるような奴じゃない。大丈夫だ。きっと」
心奏が倒れる前に発した一言を修治が言った事で、羽音はより一層握る手に力を込めた。
「センセイ、明日もここに来ていい?心奏が目覚めて無くても」
響彩が静かに尋ねると、修治は静かに頷いた。
「いつでも来たらいいさ。心奏は、きっと喜ぶ」
修治がそう答えると、病室の中に沈黙が流れた。
病室の中にはモニタから流れるピッ、ピッという電子音のみが響いていた。




