響彩の過去
「じゃあ、俺は行ってくる。明日の朝には帰ってくるから」
修治がそう言いながら鞄を肩にかけ、リビングの扉を開ける。
「羽音、響彩。その間、心奏の事を頼む」
ふと思い出したかのように修治は振り返り、そう一言だけ二人に向かって言うと、二人の反応も待たずに顔を背けリビングをあとにした。
そしてまた、すぐに玄関を開け出ていく音が家に響いた。
「ねぇ、二人とも。今日はリビングで布団敷いて雑魚寝しない?」
心奏がテーブルから見を乗り出す。
「いいんじゃねぇか?別に寝れたらどこでもいいし」
「私も大丈夫…」
心奏の言葉に、羽音と響彩が頷いた。
「じゃあ、早速布団持って来よう!」
心奏がそう言いながら立ち上がり、右手の拳を上に突き上げた。
その様子に羽音と響彩は呆れたようにため息をついたが、微笑んで二人も立ち上がった。
それぞれがそれぞれのルーティーンをこなし、あとは寝るだけになった。
リビングに敷いた布団のうち、扉から見て右側の布団に心奏が飛びついた。
「僕、ここ〜!」
「じゃあ、オレはここで」
「私は余った真ん中で寝るわ」
心奏が枕を抱き抱えるようにしてうつ伏せでニコニコとしている中、羽音はよっこらせと布団の上に座り込み、響彩は電気を消しそのまま静かに布団に潜り込んだ。
それぞれが寝転び、何とも言えない沈黙が続く中、心奏が枕を抱きしめたまま仰向けになり暗い天井を見つめた。
「ねぇ、響彩。思い出すの辛いと思うし、聞くの止めようとも思ったけど、やっぱり気になるんだ。だから、聞いてもいい?」
静寂の中、心奏の声だけが響く。
「今日の事?」
響彩の声は不安そうに震えていた。
「そう。これまで、アイドルって言葉を聞いても今日みたいに取り乱す事無かったでしょ?だから、なんで今日だけって思ってさ……」
心奏がそう言ったあと、また部屋の中に静寂が流れた。
少しして、はっと勢いよく息を吸い込む音が聞こえ、震える声で響彩が言った。
「全部、全部話す。だから……聞いてくれる?」
「もちろん」
心奏がそう返事をし、また少し静寂。
「私が四歳のとき、夏だったと思う。とあるアイドルに憧れたの。綺麗で可愛くて歌が上手くてダンスも出来る女の子」
昔を思い出しながら話しているからだろうか、響彩が語る言葉の一言一言はゆったりと力なく続く。
「その年のクリスマスイブ。私のお母さんとお父さんはそのアイドルのCDをクリスマスプレゼントにしようと思ったんだと思う。私を当時高校生だったお兄ちゃんに預けて昼間から出かけてたの。その帰りに二人は交通事故で……」
響彩の声は布団を深く被っているせいかこもっており、小刻みに震えていた。
「それから私が小学生になったとき、初めて出来た友達もそのアイドルが好きだった。でも、その子はいじめられてたの。二学期に入ってすぐその子は自宅のマンションから飛び降りて……ね。その子の遺書にはアイドルの事、私の事、どちらも大切な宝物だって事が書いてあったらしい……」
語る声はだんだん鼻声交じりになり、少し嘔吐きながら続ける。
「私はそのアイドルのファンでいることが怖くなった。でも、大好きなものを嫌いになる事は難しくて、難しくて。どうする事も出来ずにいたら、そのアイドルは活動こそ続けたけど、アイドルじゃなくなった。それが……」




