甘い
「また怒られちまった。治さなきゃな、この癖」
昼休みになり、屋上でそれぞれ昼食をとっている時に羽音が言う。
「治らないでしょ」
「なんだと!?治るかもしんねぇだろ!」
羽音が響彩に向かって叫ぶと、チラッと心奏の弁当箱に目を向けると心奏の卵焼きを指で掴んだ。
「いただき〜♪」
「あ、それは…」
心奏の言葉も虚しく、羽音は卵焼きを口に入れたが羽音が顔を歪ませた。
「なんだこれ、甘ぇ。甘すぎる」
「だから、止めようとしたのに……忘れたかい?僕ん家の卵焼きは甘いんだよ。羽音ん家のと違って」
「そうだった。心奏ん家は味付けが全体的に甘ぇんだった」
その二人の様子に響彩が口元を隠し、笑いを堪えている。
「何笑ってんだよ!!見せもんじゃねぇぞ!」
その言葉に心奏も笑い出した。そして、そんな心奏を見て二人も笑う。
「はぁ、笑った笑った。そろそろ教室に戻ろうぜ」
その羽音の言葉に心奏と響彩は頷くと、ささっと片付けを済ませ教室に戻っていくのだった。
その後は特に変わった様子もなく、心奏達は家路についていた。
並んで歩く三人の影が長く伸びている。
「演劇の詳しい内容は、またメッセージを送るよ」
心奏が二人を交互に見つめた。
その言葉に、羽音と響彩は心奏の方を見ながら頷く。
「あっ、そういや今から時間あるか?」
羽音がふと振り返る。
「特に予定はないよ」
心奏の言葉に響彩も「うん」と首を縦に振る。
三人でその場に立ち止まると、羽音が横に伸びる道を指差した。
「なら、ちょっと寄りたい所あんだよ。行こうぜ」
羽音を先頭に細道を暫く進むと”ビフレスト”と看板のかかったスイーツ店へ着いた。
「「スイーツ専門店?」」
心奏と響彩が同時に尋ねると、羽音が頷きウインクをすると扉を押して開ける。
店員と思わしき女性が「いらっしゃいませ」と心奏達を歓迎した。
「すんません。ブルーベリータルト一つ、とシュークリー厶三つください」
「かしこまりました。少々お待ちください」
店員の女性がショーケースからスイーツを取り出していく。
「そんなに食べるの?お腹壊すわよ」
「全部オレが食う訳ねぇだろ。心奏の退院祝いと、帰りながらお前らと食う分だよ」
羽音がため息をつき、呆れながら響彩の方へ振り返った。
「えっ、僕が貰っていいの?やった!」
二人が睨み合いをしている中、心奏は一人小さな子どものように喜んだ。
その様子に羽音と響彩はフッと微笑んでいる。
「おまたせしました。こちらお品物になります」
「「「ありがとうございます」」」
三人が同時にそう言うと、羽音が支払いを済ませ店を後にした。
店を出ると羽音が二人にシュークリームを配り、自分もシュークリームを取ると、心奏に紙袋を渡した。
「ほれ、退院祝いな」
「ありがとう。大事に食べるよ」
心奏はそれを受け取ると、今にも弾けそうなほどの笑顔を見せた。
「うまっ!これ甘さ控えめでうまいな」
「確かに程よい甘さよね。美味しい」
羽音と響彩はシュークリームを頬張りながら感想を言う。
「楽しいね。ずっと、このままでいたいな…」
心奏の元気のない声に、二人はさも当たり前かのように心奏の顔を覗き込む。
「当たり前だ。オレ達はいつまでも一緒だろ」
「離れ離れになっても、こうしてまた集まったじゃない。だから、これからもきっと大丈夫よ」
その二人の言葉に、心奏は嬉しくも不安を含んだ笑顔で頷いた。
「絶対、諦めない……」
ポツリと呟いた心奏の言葉は誰にも届かぬまま、夕闇に溶けていった。