夢のあと
帰りの車の中で修治はルームミラーで後部座席を確認し、そのまま視線を助手席へ移し、また前へと向き直った。
助手席では心奏が、後部座席では羽音と響彩が少し俯いたまま、すぅすぅと寝息をたてながら眠っている。
「寝たふりは感心しないな……」
修治の一言に後部座席に座っていた一人が顔を上げた。
その人物は眉をひそめ、不機嫌そうに修治を少し睨んだ。
「別に周りに合わせなくてもいいだろう。せっかくだ。俺の話を聞いてくれ」
後部座席の人物はムスッとしていたが、はぁとため息をつくとコクンと頷いた。
「心奏の父親の話だ。あいつは全くと言っていいほど心奏に関心がない。心奏が生まれる前までとは別人なほどにな」
修治が前を向いたまま、苦虫を噛み潰したように表情を曇らせた。
だが、すぐに優しく微笑むように目を細める。
「心奏はあの二人の良い所だけを受け継いで生まれたようなものだ。病気以外はな。だからこそ、心奏をここまで毛嫌いする理由が分からんのだ……」
修治はチラッと心奏の顔を見ると、ルームミラーに視線を移した。
すると、後部座席の人物と目が合った。
後部座席の人物が照れ臭そうに視線を逸らすと、修治がフッと笑う。
「そういえば、お前の家も複雑だったな。急にこんな話をして悪かった」
「そんな事ない……」
修治の言葉に後部座席の人物はボソッとそう答えると、窓の外の景色に目を向けた。
またも修治がフッと笑い、車の運転に集中するのだった。
「おい。お前ら、着いたぞ」
身体を揺すられ、かけられた修治の声で心奏達は目を覚ました。
「随分とよく眠っていたな」
シートベルトを外しながら声をかける修治を他所に、心奏は寝ぼけ眼でぼーっと外を見つめている。
後部座席では伸びをするため腕を伸ばし天井に手をぶつけ「痛っ」と言う羽音と、隣で大きくあくびをする響彩がそれぞれ修治の言葉を聞いていた。
「早く車から降りろよ。置いていくぞ」
修治の言葉に心奏達三人がフワフワとしたままシートベルトを外し、車から降りた。
「今日はありがとうございました。心奏、また明日学校でね」
ふわぁと大きなあくびをする羽音の隣で、響彩が修治と心奏に一声かけた。
そして心奏に手を振り、羽音の背中を押しながら家に向かって歩き出した。
「またね〜」
まだ夢見心地の心奏がフワフワと手を振り返す。
その様子を見ながら修治が、家の鍵を開け心奏を呼ぶ。
「俺達も家に入るぞ。今日は俺もここに泊まるから」
「わかった〜」
心奏がヘラヘラと笑いながら歩く姿に、はぁ…と修治はため息をつき心奏が家に入るのを、家の扉を支えながら見送る。
修治が玄関の扉を閉め、リビングに行くとカーテンの隙間から景色を見ていた心奏が修治の方に向き直り、もう暗い部屋の中で視線を修治に合わせた。
目が合う。暗い部屋の中でそれだけが分かる。
「センセイ……」
心奏が口を開く。
修治は電気を点けるのも忘れて、心奏の次の言葉を待っていた。
「僕、やりたい事が今日一つ叶ったんだ。他にもまだまだやりたい事が沢山たっくさんある。ねぇ、センセイ」
心奏が視線を下に落とす。
「また、また僕のやりたい事に付き合ってくれる?」
心奏は哀しそうに笑っていた。
その様子を見て、修治は何も言えなかった。ただ、静かに優しく微笑みながら頷いた。
まだ暗い部屋の中、二人はそのまま立ち尽くしていた。
部屋の中に電気が灯るのは、それから暫く経った後であることをこの時は誰も知らない。




