飼い殺し
「……ッ!」
羽音から声とも息とも思えるような音が出た。
響彩の隣に立っていたのは羽音の父、音晴だった。
心奏の服を掴む羽音の手に力が入る。
「羽音」
耳に残るような低音で音晴が言う。
そして、そのまま羽音に向かって歩き出した。
「待ってもらえませんか…?」
心奏が音晴と向き合い、片腕を羽音を庇うようにして上げた。
「なんだ」
音晴が歩みを止め、心奏の方を見る。
公園に冷たいものが走った。
「なぜ、羽音に音楽を継がせようとするんです?僕から言うのもなんですが、羽音はそれを嫌がっているように見えますが?」
心奏の言葉に音晴が眉をピクッと動かす。
そして、音晴が至って冷静を装うように言葉を紡いだ。
「きみには羽音が嫌がっているように見えるのか?」
「ええ。少なくとも僕と彼女にはそう見えます」
心奏が響彩に目線を送ると、音晴も響彩の方を振り返った。
響彩は一見真剣な表情を浮かべていたが、足は少し震えている。
「羽音には…才能があるんだ。音楽の才能がね…きみ達もそれは分かるだろう」
音晴の問いに心奏は戸惑いもなく頷く。
そして「なら――」と続ける音晴の言葉を遮った。
「でも羽音が望まない事をさせても、羽音のためにはならないと思います。…僕は昔から身体が弱くて、好きな事もそう簡単に出来ませんでした。でも今は羽音と響彩と演劇が出来ている今は、とても楽しいんです。僕らだけでなく、演劇を見ている人達も皆楽しそうで……僕らは今の生活に満足しているんです。だから――」
心奏が淡々としかし温かい声で語る言葉を、音晴が冷たい声と表情で遮った。
「だから、なんだ。きみ達はそれでお金が貰えるほど価値のある表現が出来ていると?私が叩き直すんだ。羽音のその甘ったれた考えも、才能もな」
音晴のその生気を持っていないような声に、心奏は思わず顔をひそめた。
響彩も眉間にしわを寄せている。
「はい…」
次の瞬間、羽音が手を上げ発言権を求めた。
心奏がどうぞと声をかけると、羽音が涙でぐしゃぐしゃになった顔を腕で拭うと、キッと決意を固めたような表情で音晴を見つめた。
「親父はオレが音楽の道でやっていけるって本当に思ってんのか?」
「お前が折れなければな」
その羽音の言葉に音晴はそう淡々と答えた。
「じゃあ、折れたらどうすんだよ。思い悩んだり、才能が伸びなかったりしたとき、責任が取れんのかよ?」
はぁとため息をつくと音晴は羽音を睨んだ。
「生活面は工面してやる…」
その言葉に羽音が怒りを音晴へぶつけようとしたが、心奏が手でその行動を制止した。
「それって飼い殺しじゃないですか。羽音には好きな事を好きなようにやってほしいし、羽音が望まない、笑っていられない事を強いるなら……僕はどんな事をしてでも止めます」
心奏の力強い言葉に音晴は一瞬目を丸くしたが、フッと嘲笑って心奏の方に向き直った。
「まるできみが親のような口ぶりだねぇ。随分と羽音が懐いてるみたいだ…」
その言葉に心奏が口を開こうとすると、羽音がそれを手で遮り心奏の前に立った。
「そうだ、懐いてんだよ。だから…」
羽音はそう言うと深呼吸をした。




