お前なんて…
――数日後。
羽音は学校から下校し、演劇の練習もなかったため家へ帰って来ていた。
家の扉を開けると、羽音の父親である音晴が玄関に仁王立ちしていた。
羽音はその音晴を無視し、隣を通り過ぎようとする。
「羽音、待て」
そんな羽音の腕を音晴が掴むと、羽音はその手を振り払い退けた。
羽音の顔はとても不機嫌で嫌そうな表情だった。
そしてそのままリビングへと歩いていく。
「羽音、待ちなさい!」
リビングの扉を開け入ったとき、羽音はやっと振り返った。
「なんだよ――」
次の瞬間、羽音の頬に痛みが走った。
状況が分からず、羽音は目を見開き視線を音晴へと移す。
音晴が平手打ちをしたのだった。
「は?」
やっと捻り出した言葉はそんな単純なものだった。
その羽音の言葉に音晴はもう一度手を振り上げた。
だが振り降ろした手は羽音の頬に当たる前に、羽音によって受け止められた。
「……ッ…何すんだよ」
羽音のその問いには答えず、音晴はじっと羽音を見ていたが、ハァとため息をつくと口を開いた。
「茜音が美術の道に進みたいと私に言ってきた。お前はそれを知っていたな?」
音晴が静かに告げると羽音は俯きハハッと掠れた笑いを溢すと、そのまま音晴を睨んだ。
「だったらなんだよ?オレの事じゃねぇんだ、別に親父に言う必要性もねぇと思うが?なんでオレは叱られなきゃいけねぇんだよ。なぁ、親父?いや、お父様だっけか…?」
羽音が憎しみを含んだように嘲笑うと、音晴は顔を真っ赤にし、もう一度手を振り上げた。
「お父様!なんで羽音に手をあげてるの⁉」
だが、ちょうど階段の方から茜音が声を上げた。
「お前には関係ない」
音晴は冷たくその言葉を言い放つと、茜音は羽音との間に立ち音晴の方を向き、羽音を守るようにして両腕を上げた。
「姉弟なのに関係ないわけないでしょ⁉それにアタシの将来の事でこうなってるんでしょ⁉昨日はお父様良いって言ってくれたのに、なんで!」
茜音のその言葉に音晴は面倒臭そうに、ハァとため息をつくと口を開く。
「お前が美術へと進むのであれば、うちを継ぐのは羽音だ。だから茜音お前には関係ない」
そう言うと音晴は茜音を突き飛ばした。
「痛っ!」
バランスを崩し、床に倒れた茜音がそう瞬間的に口にする。
その様子に羽音がキッと音晴を睨むと、その頬を拳で殴り茜音の元に駆け寄った。
「…大丈夫かよ。姉貴」
羽音が手を差し出すと、大丈夫と言って茜音が手を取る。
その一方で音晴はわなわなと湧き上がる怒りで震えていた。
「父親を殴るなんて、なんて親知らずだ!お前をそんな風に育てたつもりはない‼」
その言葉を聞いた瞬間、羽音が茜音を守るように立つと音晴を睨み付ける。
「なら親が子供を傷つけんのはいいのかよ⁉お前なんかがオレ達の父親だなんて反吐が出る‼」
羽音のラベンダーの瞳が紅く染まっていく。
「なんでお前はいつも子供の好きな事をやらせねぇんだ!それでも親かよ!うちを継ぐ?んな長ぇ事続いてねぇ、家業でもねぇもん継げるか!」
羽音の瞳が紅に染まる。
「お前なんて…お前なんてオレの親じゃねぇ‼」
羽音はそう言い捨てると、音晴を押し退け廊下を駆けた。
「待て、羽音!」
その音晴の言葉も虚しく、羽音はそのまま家を飛び出していった。




