夕日を背に
その後、心奏達は公園で次の演劇の打ち合わせ兼練習をしていた。
「ここはアリムが目立つシーンだ。響彩は舞台の真ん中に座り込む」
心奏が台本を片手に説明すると、響彩が視線を心奏に向け「分かった」と答える。
そして、また目線を台本へと移した。
「その後、ヒガンが女の子の歌を聞きに来る。羽音はそっちね」
羽音が「おう」と響彩を見たまま立ち尽くす。
心奏はその羽音の様子が見える少し遠くに立つと、台本に目を落とした。
「そしてそれを見ていたスノードがアリムを鬱陶しく思い、手にかけようとする…」
心奏が身振り手振りでストーリーの説明をする。
それを羽音と響彩は相槌を打ちながら聞いていた。
「…まぁ、こんな感じかな。他に何か質問とかあったらその都度聞いて欲しいな。あと…羽音はいけそう?」
心奏が心配そうにそう聞くと、羽音は専用の大きな鞄の中からヴァイオリンを取り出して微笑みながら言った。
「こっちは、もうそろそろ仕上げれそうなんだよ。だから、聞いてくれねぇ?」
羽音がヴァイオリンを構えながら二人に問いかける。
その言葉に響彩が腕を組み、ニコッと笑った。
「良いわよ。羽音の実力見せて貰おうじゃない」
響彩がそう言いながらその場にあったベンチに腰掛ける。
心奏も首を縦に振りながら、響彩の横に腰掛けた。
「オッケ、んじゃいくぞ…」
羽音がヴァイオリンの弦を動かすと美しい音色が響き出した。
夕日を背にヴァイオリンを弾く羽音は幾分か幻想的だった。
哀しそうでもありながら、どこか切なげなメロディに心奏も響彩も耳を傾ける。
「綺麗だね」
心奏がそう呟くとコクンと響彩も頷いた。
その後も数分間、羽音は演奏を続け、辺りに美しい音色が響き続けた。
羽音がヴァイオリンを下ろすと同時に、心奏が拍手をしながらベンチから立ち上がった。
その横では、ベンチに腰掛けたまま拍手をする響彩の姿もあった。
「凄いよ、羽音!この数日で、よくここまで仕上げられたね!」
その言葉に響彩も立ち上がり羽音の肩をポンと叩く。
「心奏のいう通りよ。ここまでよく頑張ったわね…」
響彩の言葉に、羽音は照れ臭そうにくしゃっと微笑むと頭を掻いた。
「まぁ、クラシックの方は全然なんだけどな…」
やっと声を絞り出した羽音はそう言った。
その言葉に心奏と響彩は顔を合わせ、そして羽音に向かって微笑んだ。
「それはゆっくりで大丈夫だよ。羽音は頑張ってるしね」
心奏がそう言うと響彩がうんうんと頷く。
羽音はその二人の様子にくすっと呆れた笑いを溢したが、その羽音の瞳は我が子を見つめる母親のように優しい色していた。
「今日はもう遅いから家に帰ろうか?」
心奏の問いかけに、羽音と響彩が頷く。
そして、自分達の荷物をまとめ始めた。
「羽音」
ふと、響彩が羽音に声をかけた。
ヴァイオリンを専用の大きな鞄に片付けていた羽音が「なんだ?」と振り返る。
「本当に無理しなくていいからね。クラシックもヴァイオリンも……」
響彩の心配そうな表情に、羽音はそのまま俯き何も言わずにコクンとだけ頷いた。
二人のその様子を遠目に心奏が不安そうな瞳で見つめていた。
――何も起こらなければいいんだけど……。
心奏のそんな想いは沈む夕日に溶けていった。




