心配と疑問
「あの演劇、ほぼハシバミの枝要素無くないか?」
演劇の終わったステージを片付ける心奏に修治が、小さな箱を渡しながら言った。
「確かに。それでも良いものにはなったと思うし、結果オーライかな」
心奏は小さな箱を受け取り、少し考えるとニコッと笑みを修治に向けた。
その笑みを見て、修治も「そうか」と微笑んだ。
「ちょっとセンセイ。こっちの機材運ぶの手伝ってくれない?」
響彩が大きなスピーカーのような物に手を当て、修治の方に向かって手を振り叫んでいた。
修治が心奏に顔を向けると、心奏は微笑みながらコクンと頷く。
それを見た修治は「今行く」とだけ響彩に言い、そちらに歩いて行った。
「なんやかんや言いながら、今回センセイには世話になっちまったな」
ステージ裏から顔を覗かせた羽音が心奏の側に駆け寄ると、ボソッと心奏にだけ聞こえるように言った。
「そうだね。まさかナレーションまでやってくれると思ってなかったな」
心奏は演劇中の事を思い出し、クスッと笑った。
そして、大きなスピーカーを一人で抱える修治の方を向くと心奏は大事なものを見るような瞳で修治を見つめた。
「僕らの事、心配しながらも応援してくれてるって改めて気付かされるね」
「あぁ」
ステージ周りには心奏達の片付けの音と声だけが響いていた。
その日の夜。
遊園地での演劇も上手くいき、家のテーブルで一息ついている心奏に修治がココアを差し出す。
「確か、来週の月曜から学校に行くんだろ?体調だけは気をつけろよ。前にも話したが俺は明日から依頼で地方に行ってくるからな」
修治は心奏と対面する椅子に座ると珈琲をすすった。
「うん。そういえば、僕が再入院するにあたって、地方にいたセンセイが飛んで来たって聞いたんだ。ありがとう、センセイ」
心奏は修治から受け取ったココアを両手で包み込み見つめていたが、修治の方に向き直り微笑んだ。
「対した事じゃない。俺の愚弟、お前の父親が親の責任を果たそうとしないから、俺が代わりをしているだけだ」
修治はグッと眉間にしわを寄せると、リビングに小さくある仏壇を見つめた。
そして次は穏やかな表情で、修治が心奏に視線を移した。
「また何かあれば連絡してきなさい。依頼も簡単なものだから、すぐに戻ってこれるとは思うが……」
「うん。何から何までありがとう、センセイ」
にこやかに笑う心奏に向かって修治は「あぁ」と言うと立ち上がり心奏の頭をくしゃくしゃと撫でた。
修治の行動に心奏も嬉しそうに笑った。
「さぁ、夜も更けてきた。歯を磨いてもう布団に行きなさい」
「うん」
修治の言葉に、心奏はコップを水につけるとリビングの扉を開けた。
「おやすみ。センセイ」
「あぁ。おやすみ」
心奏はそう言ってリビングを出ようとしたが、何を思ったか足を止め振り返った。
「僕。センセイが僕の伯父さんで良かったよ。いつもありがとう、センセイ。じゃあ、今度こそおやすみ」
心奏は満面の笑みを浮かべながらそう言うと、リビングを出ていった。
その様子を修治は目を丸くしながら見ていたが、小さく笑うと額に手を当てた。
「ハハ。そんな事言われたのは初めてだな。益々なぜお前が心奏の事を嫌っているのか理解出来なくなった……」
修治の呟いた言葉は誰かに届く事もなく、星一つない夜空に消えたのだった。




