演劇『林檎と森の精霊』
ある日、少年はベッドで眠る少女の顔を覗きこんでいました。
心奏「眠っておいで。その間に森へ行って林檎を君に取ってきてあげるから」
そして少年は家の扉を開き、少女の方を振り向くとにこやかな表情で少女に微笑みかけます。
心奏「君が目覚めたとき、林檎を見て喜ぶと僕は知ってるからね。行ってきます……」
そうして、少年は家を抜け出し森の中に入って行くのでした。
外の森で少年は美しい林檎がなった場所を見つけました。
その場所は初めて見る場所で、今まで見つけられなかったのが不思議なほど沢山の林檎がなっていました。
一つの林檎をもぎ取り、もう一つ取ろうと背伸びをすると草むらから一人の青年が顔を覗かせました。
少年は驚いてそのまま後ろに倒れ、尻もちをつきました。
青年は少年の顔を覗き込むと、少年が手に持っていた林檎に視線を移しました。
羽音「それはまだ早い。悪いものだ」
少年は青年の言っている事が分からず、ポカンとしています。
それを横目に青年が少年の手から林檎を奪い取ると、その場にポイッと捨ててしまいました。
心奏「あ、何をするんだ。せっかく取ったのに……」
少年が落ちた林檎をもう一度拾おうと手を伸ばすが、青年がその手を払い除けます。
そして、林檎の木から一つ林檎をもぎ取るとフゥと息を吹きかけました。
するとあっという間に赤かった林檎がもっと赤く、艷やかになりました。
羽音「ここの林檎は収穫が遅い。そして、熟すまでその実には毒が宿っている」
青年が林檎を少年に渡すと、くるっと後ろを向きました。
羽音「もう、ここには来るんじゃない。植物達が怒っている。勝手に自分の分身のようなものを盗られたのだから、仕方がないがな…」
心奏「あの、君は……君は誰なんだい?」
そのまま森の奥へ入って行こうとする青年を、少年は引き止めました。
青年は足を止めると、少年の方に振り向きます。
羽音「ここの森の主、とでも言おうかな。森は誰も歓迎しない。しかし、森は誰とも仲良くする気はない。つまり、一人でこのような森の奥まで来ると危ない」
心奏「君が……助けてくれたのかい?」
羽音「そう思いたければ、そうなのだろう」
森の主と名乗る青年は静かに木々の間から洩れる木もれ日を見つめると、ザッザッと森の奥へ消えていきました。
少年はその後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと見つめていました。
暫くして家へ戻った少年は、目を覚していた少女に抱きつかれました。
響彩「どこへ行っていたの?心配したんだから」
心奏「すまないね。森の中で林檎を探していたんだ」
少年が手に持っていた林檎を少女に見せると、少女は首をかしげました。
そして少女は林檎を受け取ると、もう沈みかけている太陽に林檎をかざしました。
響彩「森の中に林檎のなる木なんて無かったはずよ。それにこの林檎、夕陽に負けないくらい真っ赤。まるでおとぎ話に出てくる林檎みたい」
少女の一言に、少年はあるおとぎ話を思い出しました。
そのおとぎ話には、お腹を空かせた子供達に森の恵みを与える精霊が描かれていたのです。
もしかしたら。と少年は考えると、先程自身が出てきた森の出入り口を見つめました。
心奏「精霊さんが僕らを護ってくれたんだ」
『ありがとう、精霊さん』
 




