センセイ
夏休みが終わり、演劇の余韻も冷めて来た頃だった。
体調がよくなった心奏は、退院し自宅療養期間に突入していた。
「センセイ、それは僕がやるよ」
「”センセイ”じゃなくて伯父さんな。それにお前はこの前退院したばっかりなんだから、じっとしてろ」
センセイと呼ばれた男性は焼き魚を乗せた皿を両手に持ち、キッチンからテーブルまで運んでいるところを心奏に捕まっていた。
「僕のためにセンセイは来てくれたんだから、食事運ぶくらいはさせてよ。料理は出来ないけど、これくらいは出来るから…」
「はぁ、分かった。なら、こっちの皿だけ持っていってくれ。両手は危ないから駄目だ」
男性は左手に持っていた皿だけを心奏に渡した。
心奏は不満そうだったが、コクンと頷き渡された皿をテーブルに運ぶ。
そして、皿を置くと素早く男性の元に駆け寄り、もう一枚の皿も渡すよう、キラキラした目で男性を見つめ両手を差し出した。
男性はため息をつきながらも、自身が持っていたもう一枚の皿も心奏に渡したのだった。
「いつまでセンセイと呼ぶつもりだ?心奏。何度も言っているだろう?俺は――」
「神々修治さん。僕の伯父さんで、父さんのお兄さん。でしょ?」
心奏が男性に被せるようにしてそう言う。
修治と呼ばれた男性は今日何度目かも分からない、ため息をつくと頭を抱えた。
「分かってるなら、なんでずっとセンセイ呼ばわりなんだ?伯父さんと呼ぶのは嫌か?」
心奏がテーブルにつくのを見た修治が、同じようにテーブルにつきながら尋ねた。
「嫌、ではないよ。でも、僕にとっては伯父さんってイメージよりも勉強を教えてくれたセンセイってイメージが強いからね」
心奏はそう言うと手を合わせた。
修治もため息をつくと同じように手を合わせる。
「「いただきます」」
心奏と修治は箸を持ち、食事に手をつけ始めた。
「まぁいい。最近の調子はどうだ?上手くいっているか?」
「演劇も身体も好調だし。まあまあってところじゃないかな」
焼き魚を口に運びながら心奏が微笑む。
「そうか。何かあれば俺に言うんだぞ」
その表情に思わず修治も微笑んだ。
「うん。ありがとう、センセイ」
――ピンポーン――
ふと、家中にインターホンの音が鳴り響く。
心奏が立ち上がろうとすると、味噌汁をすすっていた修治が手で制した。
そして、修治は立ち上がりモニターまで歩いて行くと、通話ボタンを押した。
「はい」
修治の低い声が部屋に響いた。
『あっ、もしかしてセンセイ?』
『えっ、センセイ居んのか?』
モニター越しに聞こえた声に心奏が思わず顔を上げる。
修治も声に聞き覚えがあるようで「ちょっと待ってろ」と言うと、モニターを消した。
それから心奏に「食事続けてろ」と一声かけると、玄関に向かって歩いていき、扉を開けた。
「どうした?何かあったのか?」
家の外にいたのは羽音と響彩だった。
修治が扉を支えたまま、二人に声をかける。
「心奏に差し入れをって思ってたんだけど、センセイ居たならもっと何か買ってくればよかった」
響彩が手に持っていた紙袋を修治に手渡した。
「俺のはいいんだよ。それよりも、せっかく来たなら心奏に会っていけ」
修治が紙袋を受け取りながら扉を押して二人に入って来るよう勧める。
羽音と響彩はコクンと頷き家の中へ入っていった。




