贖罪
空が夕焼け色に染まった頃。
オレはシオンが望んだブルーベリータルトを持って、教会を訪れていた。
「邪魔するぞー」
オレはそう声をかけながら教会の扉を開けたが、いつもはすぐにあるはずのシオンからの返事や、幼子のように駆け寄ってくる姿がない。
何かどうしようもない不安から、オレはタルトが入った箱を片手に教会の中へと足を踏み入れた。
「おい。何かあったのか?」
オレは声をかけながら教会の音に耳を研ぎ澄ます。
段々と暗くなっていき、辺りが見えなくなっていく中、オレは耳から入ってくる情報に神経を尖らせる。
風が廻る音の中に、小さな呼吸音を見つけたときだった。
――ドサリッ。
突然大きな音を立てて、チャーチベンチの影から"何か"が倒れた。
目を見張った。
信じたくなかった。
オレの手元から箱が落ち、タルトが潰れたような嫌な音が鳴り響いたと同時に、オレはその“何か”に向かって走り出した。
「シオン!!」
オレの抱き抱えた“何か”は間違いなくシオンだった。
口から血を流してぐったりとしているシオンの身体をオレは軽く揺さぶる。
「シオン!シオン!」
オレの言葉にシオンはゆっくりと目を開けた。
そして、オレに視線が合うとクスッと微笑んで、腕を伸ばしオレの頬に手を当てる。
「なんて顔……してるんですか…………」
微笑むシオンにオレは怒りとも違う、激しい感情に襲われた。
「ボクは、生まれ変わっても…………絶対、キミに逢いに行くよ」
シオンが、オレの頬を撫でながら微笑んだ。
いつもの丁寧な口調とは違う、親しい友人に話すような口調で。
オレは知らず知らずのうちに唇を強く噛んでいたのか、唇から血が垂れ口の中に鉄の味が広がった。
「だから、待っていて。そしていつか、ボクがキミを見つけたら……今度こそボクの病気を治して、ね…………」
シオンはそう言うと力無く目を閉じ、オレの頬を撫でていた手も電源が切れてしまったロボットのようにパタリと落ちて動かなくなった。
「嫌だ。やめてくれ……」
オレの呟きも虚しく、シオンの身体は段々と冷たくなっていく。
シオンの口元にオレの唇から垂れた血が落ちて、口紅のように赤く染まる。
「オレは、アンタがどんな姿になっても、必ず見つけ出してやる。絶対に……」
オレのせいだ。
シオンは病に対応出来ていなかった。
病に身体が蝕まれていることを加味せず、ゆっくりと薬の研究をしていたオレの。
オレはシオンの足に長年着けられていたであろう枷の鎖を、白衣の下に隠し持っていた短剣で勢いよく叩き切ると、力無く項垂れるシオンを横抱きで抱えた。
そして、風の音一つ聞こえない暗い教会を出た。
教会の外はもう暗くなり、まるでオレの心の内を表しているように月光もない。
ただ静かな闇が広がっているだけ。
「アンタが見たかったのは、こんな寂しい世界か?」
オレはそう呟いてシオンを見た。
白く細い身体が暗い辺りに溶けていくようで、オレはシオンの身体を持つ手に力を込めた。
「好物のタルトも、教会の外も、移り変わる季節も、広く縛られない世界も。全部、全部アンタにプレゼントしたかったのにな……」




