涙流して縁深まる
「父さん?」
心奏の目の前で修治の後に続いて楽屋に入ってきたのは、紛れもなく父・奏治の姿だった。
心奏は立ち上がったまま、瞬き一つしていなかったが、ハッとしてぎこちなく微笑んだ。
「どうでした?僕達の演劇は」
心奏の姿を羽音と響彩が心配そうに見つめる。
奏治が黙って心奏を見ていることに気付いた修治が、奏治の背中を手で軽く叩く。
まるで会話を促しているように。
修治の行動に目を丸くした奏治が、改めて分が悪そうな顔で心奏を見つめた。
「よく分からん。俺はこういうものに疎いからな」
「そう、ですか……」
奏治が頭を掻きながらそう言うと、心奏は気を使うように奏治から目を逸した。
「だが――」
突然奏治が大きな声を出したことで、心奏は目を丸くして再び奏治を見た。
「善い劇だった、とは思う」
気恥ずかしいのか、心奏から目を逸して奏治が言った。
奏治の言葉に心奏は目を輝かせた。
言ってほしかった言葉が自身の父親が自ら口に出してくれたのだ。
心奏にとってこれほどまでに嬉しいことはなかっただろう。
「良かった…………」
奏治は心奏を見て目を丸くした。
心奏の目から大粒の涙がポロポロと溢れ出していた。
「良かった、本当に……」
両手で涙を拭いながら、心奏が鼻声で言う。
羽音と響彩が心奏を宥めようと、一歩踏み出すよりも先に、奏治が心奏に駆け寄り抱き締めた。
心奏は目を見開き奏治を見上げたが、奏治は何も言わずに、ただ心奏の背中を擦った。
「すまなかった。お前から離れることが、俺にとってもお前にとっても最適解だと思ったんだ。だからわざとお前を傷付けるようなことを言ってしまった。……本当にすまなかった」
心奏から奏治の顔は見えなかったが、優しく背中に回される腕が全てを物語っていた。
なおも溢れ出る涙を拭うことも忘れ、心奏も奏治の背中に腕を回し、奏治の胸に顔を埋めコクコクと頷いた。
謝罪を受け入れるというように。
そんな二人を見ていた羽音と響彩が修治の側に駆け寄った。
「良かったな。センセイ」
羽音が背伸びをして、ニヤニヤしながら修治に耳打ちをした。
その瞬間に羽音の頭に修治の拳が振り落とされる。
――ゴンッ――
鈍いが小さな音が響き、羽音が頭を抱えてしゃがみ込む。
そんな羽音を見て、響彩が呆れたような表情を浮かべた。
「じゃあ、また見に来てね」
しばらく経ち、修治と奏治が楽屋を離れるときに、心奏がニコニコと微笑みながら奏治に言って手を振る。
「あぁ。また、な」
奏治が笑ってそう言うと、心奏に向かって手を振り返した。
その様子を見ていた修治は、奏治が楽屋から出たのを確認した後、三人に向かって視線を向けた。
「今日の演劇も良かった。三人共片付けの後はしっかり休むようにな。心奏も家に戻って来なさい」
修治の言葉に心奏は目を見開くと、今にも泣き出しそうな勢いで顔を歪ませ微笑んだ。
そして何を考えたのか、ゆっくりと目を閉じ、またゆっくりと目を開くと静かにコクンと頷いた。
心奏の表情と行動を見た修治は、心奏の頭をポンポンと撫でると奏治の後を追いかけて楽屋を出ていった。
修治の手があったところを、心奏が触ると羽音と響彩が心奏の肩に手をかけた。
そして三人見つめ合い、微笑み合ったのだった。
まるで、何も言わなくてもお互いの考えがお見通しのように。




