訪問者
「これで最後じゃ。心奏の、お主達唯一の子供の、演劇を観に来てはくれぬか?」
静けさをかき消すように志賀は椅子から立ち上がり、バンと手を机に叩きつけた。
その手の下には劇場のチケットであろう紙が置かれている。
「俺は……」
奏治が俯いたまま口を開いた。
志賀と修治は黙ったまま、奏治の次の言葉を待つように見つめている。
「俺は真心のように頭が回らないし、真心のように芸術に興味がない。あの子が考えていること、あの子が伝えたいことを、俺は理解することが出来ない。それでも――」
「それでも、俺が観に行くことに意味があるのか?」
「逆じゃよ。奏治殿でなければ意味がないんじゃ」
奏治が顔をしかめながら言う姿に、志賀は微笑みながら自身の手の下にあるチケットを奏治の方へ差し出すように寄せた。
そして手を避けると、また椅子に腰を下ろす。
「分かった。だが、感想などは期待するなよ」
奏治がそう言って自身の手で隠すように、チケットの上に手を置いた。
その姿に志賀はカッカッカッと笑い、机に肘をつき奏治に向かってニヤリとした、お得意の笑みを浮かべる。
「そこは大丈夫じゃ。心奏も理解してくれるじゃろう」
「ハッ、そうかよ。…………楽しみだな…」
志賀の言葉を鼻で笑いながら、自身の手の下にあるチケットを机の上から取った。
そして、そのチケットを愛おしそうに見つめるのだった。
「親父さん観に来てくれてたんだろう?なら大丈夫だって」
楽屋で椅子に座り机に肘をついて、落ち込むように項垂れる心奏を羽音が懸命に励ましていた。
どうしたらよいか分からず、心奏の周りでバタバタと慌てる羽音を見て響彩がため息をついた。
「まだ何も決まってないのに落ち込むことないでしょ。さ、やることないなら後片付けしましょ」
響彩が心奏の背中を力強く叩くと、反射的にビクッと心奏が背中を反った。
その様子を見ていた羽音が呆れたように微笑むと、未だ背中を伸ばしている心奏の肩を組んだ。
「オレ達なら大丈夫だって。響彩の言う通り片付けしようぜ」
羽音が心奏を覗き込みながら言うと、心奏も困ったように微笑んで頷いた。
二人の様子を見て釣られて微笑んだ響彩が扉を開けようとノブに手をかけた時、コンコンと楽屋にノックの音が鳴り響いた。
思わず手を引っ込める響彩に、同時に扉を見る心奏と羽音。
三人が相手の様子を伺っていると、聞き覚えのある声が扉の向こう側から聞こえた。
「心奏、羽音、響彩、入ってもいいか?」
その声を聞いた瞬間、羽音が安心したかのように、その場にしゃがみ込み俯いた。
声の主は修治だった。
「なんだ、センセイかよ」
羽音がそう呟いて顔を上げた。
響彩がもう一度ノブに手をかけ、心奏と羽音に目配せをすると二人が同時に頷いた。
それを見た響彩がノブを捻り、扉を開けた。
「どうしたの?センセ…イ……」
響彩が扉の外を見つめたまま、目を丸くし固まっている。
ちょうど扉の外が見えない位置にいた心奏と羽音は、何が起きたか分からずポカンとしていた。
「どうしたの?響彩」
心奏がそう尋ねると、響彩がハッとして扉を開けたまま、その場から離れ心奏達の元に駆け寄った。
突然の響彩の行動に、心奏は驚いて目を丸くしていたが、その後に修治と共に楽屋に入ってきた人物を見て椅子から勢いよく立ち上がった。




