4-06 死んだはずだよ? オトミさん?
少女を殺した。
小学2年生の夏の終わりに。
中学1年生の夏の終わりに。
高校2年生の夏の終わりに。
少女を殺した。
僕が、まだ、小学2年生の頃。見知らぬ幼稚園くらいの少女に懐かれて一緒に遊んだ。
遊び疲れて木陰で休んでいるときに、ふと思ったんだ。
少女の頭の位置がとても殴りやすそうだと。そこに転がっている石が殴るのに手ごろだと。
そしたら実行したくなった。実行せずにいられなかった。
何度も何度も打ち付けた。少女の頭を打ち付けた。
その後、その方がいいような気がして、少女の服を脱がせておいた。
数日のうちに、変質者が容疑者として逮捕された。
少女を殺した。
中学1年生のとき、初めて彼女ができた。
休日にデートに出かけた。とても楽しかった。
帰りに地下鉄のホームに向かう途中、とても長いエスカレーターを下っていた。
そのとき、ふと思ったんだ。
このエスカレーターから人間が転げ落ちたら、どうなるんだろうかと。
そしたら実行したくなった。実行せずにいられなかった。
僕は彼女の頬に軽く触れてこちらを向かせると顎に手をかけた。驚いた彼女が身を固くした瞬間に、足をかけて一思いに肩を押した。
僕は、エスカレーターを転がり落ちて行く彼女を必死で追った。
それは事故死として処理された。
少女を殺した。
高校2年生のとき、修学旅行の班行動中に何とはなしに彼女と2人きりになった。
森を抜けると切り立った断崖絶壁。はるか下は海だった。
僕は下を覗いてみようと言い、彼女も従った。
2人で崖下を覗き込んでいる時に、ふと思ったんだ。
今、彼女の背中を軽く押したら簡単に落ちるのではないかと。
そしたら実行したくなった。実行せずにいられなかった。
僕は崖下を覗き込む態勢はそのままに彼女の背中を軽く押した。
彼女は落ちていった。
僕は急いで助けを呼んだ。
それは転落事故として処理された。
陽だまりの中で公園のベンチに座り思い出にふけっていると声をかけられた。
「おにーちゃん! 遊ぼうよ!」
幼稚園くらいの少女だろうか。
「おじさんは疲れてるの」
返事を返すと、
「『おじさん』じゃないよ。あの時みたいに『おにーちゃん』でいいよ」
という少女。
「え? 『あの時』?」
「待った?」
その時、別な方角から声がした。中学生くらいの少女。
「え? どちら様?」
「え~っ? 5分遅刻しただけで、それはひどくない?」
中学生くらいの少女は頬を膨らませる。
「いや、初対面だよね?」
「その仕打ちはひどすぎると私も思う」
またしても別の方角から声がした。高校生くらいの少女。
「いや、放っておいて下さい」
「なんで私、こんな人に告白しようと思ったんだろ?」
「告白?」
「うまい具合に修学旅行で2人きりになれたのに、まさか、あんなことになるとは」
「え?」
どういうことだ?
「えっと? みんな、僕と会ったことあるの?」
自信ない感じで聞いてみると、
「あるでしょっ!」と幼稚園。
「あるわよっ!」と中学生。
「ありますっ!」と高校生。
みんな、自信満々に答えてるが……、誰だ?
「う~ん、例えば、一緒に何をした?」
「遊んだー!」と幼稚園。
「遊んだじゃないっ!」と中学生。
「遊んだでしょっ!」と高校生。
……覚えがないんだが?
「みんな、僕のことが好きなの?」
「うんー!」と幼稚園。
「そうよっ!」と中学生。
「そうです」と高校生。
僕ってモテたっけ?
「なんで僕のことを好きになったの?」
「ヒトメメボレ?っていうやつー」と幼稚園。
「一目惚れよ」と中学生。
「一目惚れです」と高校生。
なんでこいつらこんなにシンクロ率高いの?
「ごめん。マジで君たちのこと思い出せない」
「ひっどーい!」と幼稚園。
「ひっどーい!」と中学生。
「ひっどーい!」と高校生。
マジ、なんなんだ? こいつら?
「ヒントを下さい」
「夏の終わり」と幼稚園。
「夏の終わり」と中学生。
「夏の終わり」と高校生。
そこまでシンクロするのかよ?
「他には、ないの?」
「うなじのホクロ」と幼稚園。
「うなじのホクロ」と中学生。
「うなじのホクロ」と高校生。
え? それもシンクロ?
「僕らが出会ったのは?」
「おにーちゃんが小学生のとき」と幼稚園。
「あなたが中学生のとき」と中学生。
「あなたが高校生のとき」と高校生。
は? おかしくないか?
「ちょっと待って! それって、みんなの年齢から考えたらおかしいよね?」
「そうだねー」と幼稚園。
「そうね」と中学生。
「そうよ」と高校生。
え? あっさり認めるの?
「君たちグルになってるの?」
「なってないよー?」と幼稚園。
「なってないわよ」と中学生。
「なってません」と高校生。
いやいや……。
「僕を騙そうとしてるんでしょ?」
「ちーがーうー」と幼稚園。
「違うってば」と中学生。
「違います」と高校生。
うさんくさい。
「君たち誰なの?」
「その前に」と幼稚園。
「その前に」と中学生。
「その前にですね」と高校生。
「何? 改まって?」
「嘘つかないでね」と幼稚園。
「正直に答えてね」と中学生。
「正直にお答えください」と高校生。
「うん」
「おにーちゃん、3人、人を殺したよね?」と幼稚園。
「君、3人、人を殺したよね?」と中学生。
「あなた、3人、人を殺していますね?」と高校生。
な……、なんで?
「声に出さなくていいから、コクンってして」と幼稚園。
「声に出さなくていいから、頷いて」と中学生。
「声に出さなくていいです。頷いて下さい」と高校生。
僕は、どれだけ硬直していただろう。しかし、意を決して力強く首を横に振った。
「ゴージョーだねー」と幼稚園。
「強情だね」と中学生。
「強情ですね」と高校生。
「強情でも何でもない……、僕は、そんなことをしていないんだから」
「ふ~ん」と幼稚園。
「ふーん」と中学生。
「なるほど」と高校生。
「な……、なんだよ?」
「でも……」と幼稚園。
「でも……」と中学生。
「でも……」と高校生。
な、何を言う気だ?
「それで、だいせいか~い!」と幼稚園。
「それで大正解っ!」と中学生。
「それで大正解です」と高校生。
「何?」
「だって、私、暮林音美は」と幼稚園。
「だって、私、音海さよみは」と中学生。
「だって、私、オトーミー麻友は」と高校生。
え?
「死んでないから~」と幼稚園。
「死んでないから」と中学生。
「死んでないので」と高校生。
小学2年生の夏の終わりに少女を殺した。
うなじにあるホクロを見ながら頭に何度も石を打ち付けた。
中学1年生の夏の終わりに少女を殺した。
うなじにあるホクロが、彼女がエスカレーターに落ちていく瞬間になぜか目に焼き付いた。
高校2年生の夏の終わりに少女を殺した。
うなじにあるホクロに背中を押す直前に気付いた。
僕は確かに彼女たちを殺した。
殺したに違いなかった。
しかし、今目の前にいるのは、まさに彼女たちそのものだった。
これは一体どういう事なんだ?
わけが分からない。
死んだはずだよ? オトミさん?