挫折の先にあるもの
初めて小説を書きました。
プロットから何から何までド素人です。
「お、おい!大丈夫か!?」
「早く保健室に連れて行け!」
その日、俺は死んだ……
正確には俺自身は死んでいない。俺の野球への想いが死んだ。
新学期が始まり、俺は二年生に進級した。
「お前らー席に付けー」
そう言って教室に入ってきたのは担任だ。
「今日から新学期だ、気を引き締めるように。それから」
そして担任がドアの方を見ながら……
「転校生を紹介する。入ってきなさい」
担任に促されて入ってきたのは美少女だった。
「では自己紹介を頼む」
「桐葉そらです。よろしくお願いします」
そうして自己紹介が終わった。
「ん? 気のせいか……」
担任に席を言われて向かう途中、俺に微笑みかけた気がした。
それから、その日は転校生に人が集まっていたが、俺は特に話すことはないためその場を去った。
転校生がやってきて数週間が経った。
その日は球技大会の出場選手を決める話し合いが行われていた。
「ソフトボールに、バスケに、サッカーだったらみんなはどれに出たいかな」
クラス委員長が決を採っていたが、俺はどれも興味がないため話を聞いていなかった。
「はい!ソフトボールに出て、立花一希君を推薦します!」
と急に自分の名前を言われ焦る。
「立花なら野球部だったって言ってたし、うちのクラスもいいところまではいけそうじゃん!」
そう言い放つのは、一年の時にもクラスが一緒になった、千歳航大。
入学式に隣同士で喋っていて仲良くなったクラスメイトだ。
しかし俺は今、過去に起きた事故によってボールを投げられなくなっていた。
「なるほど……立花君、ソフトボールに出る事は可能かい?」
委員長にそう言われるが、
「すまない委員長、確かに野球はやっていたけど、肩を怪我してボールを投げられないんだ……」
すると心配そうにこちらを見ているそら。
何故あんなに心配そうな顔でこっちを見ているのかわからなかった。
「そうか、なら出れないね。ありがとう立花君」
委員長に大丈夫とジェスチャーを送る。
「おい千歳、前に肩を壊してるから投げられないって言ったよな」
千歳はすまん、と顔の前で手を合わせていた。
そうして話し合いが進んでいき、授業も滞りなく終わり昼休み、
俺は中庭のベンチで購買で買ったパンを持って昼飯を食べていた。
「ねえ、カズく……立花君、ちょっといいかな?」
そう言って話しかけてきたのは桐葉そらだった。
「桐葉さんだっけ、何か用?」
桐葉さんはちょっと不満げな顔をして
「球技大会の話し合いの時に言ってた、肩の怪我って?」
「中学の頃に少し、ね……」
過去の事を掘り返すのが嫌になり話を切り上げたかったがそらはまだ俺に話しかけてくる。
しかし、何を聞かれるも俺はそっけない態度をとりそれ以上話したくなかった。
「ごめん、食べ終わったからもう行くよ」
そう彼女に告げ、中庭を後にした。
放課後、委員会が開かれるが、特にどの委員会にも属していないのでそのまま帰る事になる。
そこへ一学年下の妹『立花亜美』がやってくる。
妹と言っても、血の繋がりがない為、義妹となる。
父の再婚相手の娘だった亜美。
今では普通に兄妹をしているが、再婚したばかりの頃はやたらと避けられていた。
「兄さん、今日委員会だから帰りちょっと遅くなるね」
そう告げると委員会へ向かっていった。
新学期初めての委員会でそらは一学年下の女子生徒が気になった。
「あの……立花さんって立花一希君の?」
そう声をかけてきたのは兄のクラスに転入してきた桐葉そらだった。
「そうです。立花一希の妹の亜美です」
「立花君って一人っ子じゃ……」
昔、彼と離れる前の事、彼は一人っ子と言っていたのだ。
「あ、義理の兄ですよ。私の母親が再婚したので」
亜美はそう言って、血の繋がりがない事をそらに話す。
「そうだったんだ…… あ、私は桐葉そらです。よろしくね」
とそらは名乗っていないのに気が付き、挨拶を交わした。
「はあ……よろしくお願いします。どうしていきなり私に挨拶を?
もしかして兄さんの彼女さんですか?」
「ち、違う違う! えっと……その、昔にお兄さんと一緒に遊んでた幼馴染なの」
そう言ってそらは亜美と話していく。
そらの知らない時期の一希はどのように過ごしていたのかや、
何故野球をやらなくなってしまったのかを。
「そっか……そんなことが……」
その時、そらは何かを決意したようにうなづいた。
翌日、そらに呼び出された。
呼び出された場所に行くと、そらが待っていた。
「ごめんね、急に呼び出しちゃって」
「いや、いいよ。それで用事って?」
呼び出したそらから衝撃的なことを知らされる。
「えっと……私の事覚えてないんだね」
覚えてない? どういう事だ? そう思っていると
「……カズ君」
その呼び方に俺は一瞬戸惑った。
何故なら、子供の頃に遠方に引っ越していった幼馴染が自分を呼ぶ呼び方だったから。
「……そら……もしかして、あのそらなのか?」
「そうだよ、カズ君……」
驚きを隠せない俺にそらは
「転校してきたとき、カズ君がいるってすぐに気付いたのに、カズ君は今まで気付かなかったんだね」
そう苦笑いで言ってくる。
「ちょっと悲しかったんだよ? 幼馴染の顔を忘れてるんだから」
「気付かなかったのは、ごめん。だけどあまりにも容姿が変わってたから……」
幼い頃のそらと今のそらを比較しても随分と可愛くなっている。
「ううん。思い出してくれただけで嬉しいからいいの。これからまたよろしくね」
そう言って手を伸ばしてきた。
俺はその手をとって握手を交わした。
それからは、そらと出かけたり、千歳と遊んだり、そらに連れ回されながら過ごしていった。
「あ、カズ君! これ見て! 可愛い!」
休日、水族館へ遊びに来ていた。
正直、異性と水族館ってデートしているんじゃ……と思い少しそらのことを意識してしまう。
「ねぇカズ君! 早く!」
「そんなにはしゃいで、コケるなよ」
と言ったのも束の間。
「きゃっ?!」
「危なっ!」
咄嗟にそらを抱き止める。
しばし無言で見つめ合っていた。
「ご、ごめん! ありがとカズ君……」
「だ、だから言ったのに……」
やばい、気まずい……お互いに成長したからか、意識してしまっている。
(一旦落ち着け……大丈夫、平静を装え)
なんとか平静を保ちながらそらの様子を伺う。
「あうぅ……恥ずかしい……」
まだ恥ずかしがっている様子のそら。
そらが平常に戻るのに少し、時間がかかったが、その後は気を取り直して水族館を楽しんだ。
「今日は楽しかったね、カズ君」
時刻は夕方、まだ太陽が少し出ているぐらいの帰り道。
「ちょっとアクシデントもあったけどな」
そうからかう様に言ってみる。
「もう!その事は忘れてよ! 恥ずかしいんだよ?」
ちょっと膨れたそら。
「あ、見て見て! カズ君、あそこ」
そう言って見てたのは公園で野球をしている子供たち。
「カズ君も昔はあんな感じで楽しそうに野球をやってたよね」
そう言われて目をやる。
「……」
やっぱり、もう中学の頃のように野球を純粋に楽しめなくなっている……
「……ねぇ、カズ君。まだ時間もあるし、バッティングセンターに行かない?」
突然の提案に少し戸惑う。
そらの方を見ると微笑んでいるように見えた。
「まぁ、そらが行きたいのならいいけど」
少し乗り気はしないが、バッティングセンターへ行くことにした。
久しぶりにバッティングセンターに来た。
「一回打ってみようかなぁ。カズ君も打ってみない?」
一回ぐらいなら……とうなづき、そらがバッターボックスに入るのを見る。
流石にそらは球速が一番遅い80キロで打つらしい。
昔に野球を見に来ていたからか、そらのバッティングフォームは以外にもしっかりしていた。
「ふぅ……意外と当たったよね?」
マシンが停止し、バッターボックスから出てくるそら。
「意外とフォームも綺麗だったし、日頃から野球を見ていたからかもね」
えへへと笑い少し照れていた。
「次はカズ君の番だよ」
そう告げられ、俺もバッターボックスに入り、その場で素振りを数回。
カードを入れてマシンが可動する。
肩を壊してからしばらくやっていなかったにも関わらず、俺の体は以外にもしっかりと覚えていた。
(この打つ感じ……久しぶりだな……)
心の奥底にくすぶっている野球への想いを少し感じながら、
黙々と迫ってくるボールを打ち返していく。
「やっぱりカズ君は、野球好きなんだね」
突然そらが言い放った。
自分でも少し感じていた想いが顔に出ていたのだろう。
「……そう、かもね。でも……いや、やっぱり何でもない……」
その後、バッティングセンターの帰り道。
「ねぇカズ君。もう一回野球をやろうとは思わないの?」
そらにそんな質問が飛んでくる。
「肩を壊してるって言っただろ……もうボールも投げられないから出来ないんだ……」
楽しかった気分が少し削がれてしまう。
そらもその雰囲気はかんじたはずだ。
「でも、ボールを打ってる時のカズ君、すごく楽しそうにしてたよ……
中学の時、辛い思いをしたって聞いたよ」
その言葉を聞いた瞬間ドキッと心臓が跳ねた。
「な、なんで……誰に……?」
「ごめんね、亜美ちゃんから聞いたの」
義妹の亜美から聞いた、その言葉に怒りが湧き上がった。
「ほっといてくれよ! 俺はもう、野球なんかやりたくないんだ!」
「嘘だよ……だってカズ君、こんなにも辛そうにしてる……」
「私ね、野球をやってた頃の君をずっと見てた。楽しそうにプレーしてる君の姿が好きだったの……」
そうしてそらが抱いている気持ちをぶつけてくる。
「笑ったり、泣いたり、練習が辛い時でもカズ君はずっと野球を続けてきたじゃない」
やめてくれ……そんなこと言われたら……
「なのにどうして怪我をしたからって、あんなに好きだった野球を辞めちゃうの……」
違う、好きだからこそ、野球が出来ない苦しみがあるんだ……
「私が好きだった君は、怪我をしたくらいで諦めるなんて絶対にしなかった!」
そらの想いが篭った言葉が俺の胸を締め付けてくる……
どうして俺が……どうして……
「もう一度、野球を始めてみようよ」
そらのその言葉に俺は胸の奥に閉まっていた『何か』が溢れ出してきた……
「そら……俺は……俺には……」
無理だと言おうとした。
しかし、そらが真っ直ぐに俺の目を見つめているのに気が付き、
どうしようもない気持ちが溢れ出て来る。
「カズ君……カズ君ならできるよ……もう一度……やろうよ、野球」
あぁ……俺はこうやって、誰かに背中を押されたかったんだな……
「そら……俺、もう一度やってみる……野球をやってみるよ……だから――」
この言葉をそらに告げると、そらは涙をこぼしながら精一杯の笑顔で答えてくれた。
時間が経つのが早く感じた。
俺はあの時そらに、もう一度野球をやると伝えてからもう、一年が経った。
今では自主トレにより、落ちていた体力も戻ってき、
本来なら右で投げていたが、左投げへ転向も試みている。
空いた時間でそらに投球フォームを録画してもらい、試行錯誤していた。
そうこうしている内に、俺たちは学園を卒業し、大学へ進学していた。
一年以上も練習を積み重ねて行く内に、成果が実り、大学でレギュラーを勝ち取るまでに至っている。
そらとは違う大学に進学しているが、今でも連絡を取り合い、
お互いが休日が合えば会って出かけている。
そして、大学最後の年、プロ志望届けを出して、ドラフトでプロ入りを目指している。
あの日から約五年が過ぎ、今日はドラフト会議が行われる。
俺は大学の控え室で各球団に指名されるのを待つ。
「緊張してきた……どうしよう、どの球団も指名してくれなかったら……」
プロに志願したとしてもスカウトのお眼鏡にかなうとは限らない。
するとスマホにメッセージが表示された。
『テレビで見てる。頑張ってね』
と応援してくれるそら。
(頑張れって……ここで頑張っても、もうどうしようもないんだけどなぁ……)
と少し的外れな応援。これだけでもいける気がするのは男が単純だからだろう。
そして、始まったドラフト会議。
一位指名では呼ばれず、不安が募る。
「大浜シーカーズ、立花一希、野手」
そして俺は、ドラフト三位で呼ばれるのだった。
無事に指名がかかり、インタビューを受ける事に。
「ドラフト三位、おめでとうございます!
今後、プロでの活躍が期待されていると思いますが、この気持ちを誰に伝えたいでしょうか?」
とアナウンサーが訪ねてくる。
「まずは、指名してくださった球団の方々に感謝します。
今この気持ちを一番に伝えたいのは、学生時代に支えてくれていた幼馴染に伝えたいです」
そう答え、残りのインタビューもこなしていった。
ドラフト会議が終わり、スマホでそらを呼び出す。
数十分待っていたら、そらが駆けつけてくれた。
「カズ君! おめでとう!」
そう言いながら飛びついてきた。
俺は、以前から決めていたことをそらに告げる。
「俺が辛い時に、傍で支えてくれてありがとう。
そらがいなければ俺はこうして夢を叶えることができなかった……」
本当に心の底からそらには感謝している。
「だから、あの時言えなかった事を、今この場でそらに伝えたい」
そらはじっと、俺の言葉を待ってくれている。
「心の底から、桐葉そらを愛しています。俺と結婚してください」
そう告げると、そらは涙をボロボロと零しながら、今できる最高の笑顔で
「もちろん……よろしくお願いします」
泣きながら霞むような声で返事をしてくれた。