知りたくなかったかもしれない~浮気されたと思ったらどうやら溺愛されているようです
サラッと読み流す位の感覚で読んでいただければいいかなと思います。
誤字報告ありがとうございます。
いつまで経っても誤字りまくりですみません。
「はい、あーん」
「ちょ、え?」
「もう!早く!あーん」
「何でだよ!」
「もう!落ちちゃうー!」
仲睦まじく甘い空気を出しながらイチャつくカップルを血が沸騰する思いで見ていた。
まさか?と思ってこっそり付けてきた結果が今目の前で繰り広げられているあーんだ。
あーんと促しているのは私の友達であったはずの女エリス・ワムル子爵令嬢。
目を白黒させて口を開いたのが私の婚約者であるはずの男ニック・デュラン子爵令息。
それを建物の陰からこっそり見ている私はフェリーチェ・セドナ。
セドナ伯爵家の一人娘である。
エリスはニックと婚約した後に出来た友達だった。
15歳の頃に行った慣れない茶会で声を掛けられ、それから懐かれてしまった。
同じ歳だったが妹が出来たような感じがして、少々危なっかしい所のあるエリスを放ってはおけずに面倒を見ている内に仲良くなったのだ。
ニックは13歳からの私の婚約者で、デュラン子爵家の三男だ。
私が一人娘であるので伯爵家に婿養子に来てくれる事を大前提で選別された者達の中にニックもいた。
「全く知りもしない人といきなり婚約は嫌!」
と我儘を言った私に両親が茶会と称して候補の令息を集めて集団見合いの場を設けてくれた時に一目惚れしたのがニックだった。
この国では珍しいサラサラの黒髪に目が行き、綺麗な顔立ちとはにかんだ笑顔にキュンとしてしまったのだ。
それから私達は仲良くやっていたと思う。
16歳の時にエリスを紹介するまでは。
ニックとエリスは会う機会がほぼなかったのだが、たまたま町でデートをしていた時にエリスと遭遇してしまいそこで初めて二人は出会った。
その時ニックは特別エリスに興味を示さなかったのだが、エリスは頬を赤らめ、ワントーンもツートーンも声を高くしていた。
その様子から嫌な予感しかしなかったが、流石に友達の婚約者にちょっかいは出さないだろうと思った結果が目の前で繰り広げられている「あーん」だ。
エリスの事は友達と言ってもどこか信用ならない面もあったのでそこまでショックではなかったが、ニックの事は心底ショックだった。
来年、二人が18歳になったら式を挙げ正式に夫婦になる予定の男がまさか妻になる予定の者の友人と白昼堂々とイチャつける様なクズだったとは。
見目が良い男はモテるから浮気の一つや二つ位許してやるのが出来た女だ、なんてどこかのご婦人が言っていたが私は生憎と出来た女ではない。
嫉妬もすれば独占欲も持っている。
だが何より腹が立つ。
この怒りを本人達にぶつけてしまえば簡単なのだろうがそれでは気が済まない。
「そうだ!浮気しよう!」
ニックに浮気されたのなら私も浮気をしてやればいいのだ。
きっと目の前の事がショック過ぎて正気では無かったのだろう私はそう思い立った。
「絶対に浮気してやる!」
何故か間違った方向に強い決意を抱いてその場を離れたのだった。
*
「ねぇ?浮気ってどうすればいいのかしら?」
浮気をしようと思い立ったものの、実際浮気をしようとしても相手もいなければ策もない事に気付いた。
婚約者がいるのだから誤解や変な噂が流れてはいけないとニック以外の男性との交流は避けて来たので顔見知り程度のご令息しかいない。
我が家の使用人の中に男性はいるが皆妻帯者の中年男性なので相手として有り得ない。
数日あれこれ考えていたが良案が浮かぶ事はなかった。
なので侍女のニーナに聞いてみた。
ニーナは二歳年上のお姉さんの様な侍女で本人曰く「恋愛経験豊富で巷では恋愛マスターと呼ばれている」そうなのできっとこの手の事にも詳しいだろうと思い聞いたのだが、手にしていたカップを落としてしまう程に驚かれるとは思っていなかった。
「お嬢様?浮気とはどういう事でしょうか?事と次第によっては伯爵様にご報告せねばなりませんが?」
顔と圧が恐ろしい。
この間見たニックとエリスの事を話すと盛大な溜息を吐かれた。
「いつかはやると思っていたんですよ、あの女」
「え?」
「まぁ、ニック様は絶対に有り得ませんけれどね。あの方、お嬢様を溺愛されていらっしゃいますし」
「は?!で、溺愛?!」
「あら?お気付きではありませんでしたか?お嬢様も大概鈍感でいらっしゃいますからね」
「どういう事?」
「あの女は最初からニック様狙いでお嬢様に近付いたのだと思いますよ?」
「えぇー!」
「常々申し上げておりましたでしょ?あの女には気を許すなと」
「た、確かに言ってたわね。でもあーんよ!浮気でしょ、どう見ても!」
「相手が他の男性なら浮気を疑いますが、あのニック様ですよ?お嬢様絡みの何かがない限り絶対あの女に気を許すはずがございません!」
ニーナの中のニックへの信頼度が半端ないのは何故だろう?
そして溺愛とはどういう事だろう?
「お嬢様の疑念を払拭する為には徹底調査に限りますわ!そうと決まれば善は急げ!早速準備致しましょう!」
そう言うと素晴らしい笑顔を残してニーナは部屋を出て行った。
*
「こちらが昨日一日のニック様とあの女の行動記録でございます」
翌日、ニーナから数枚の紙を渡された。
そこには朝から夜までの二人の行動が細かく記録されていた。
ニックは家と鍛錬場に行っただけだったがエリスの行動がおかしかった。
早朝からニックの家の近くにやって来て、身を潜めつつずっとニックの家の様子を窺い、ニックが馬で鍛錬場に向かうと走って後を追い掛けて鍛錬場の近くでまた身を潜めて鍛錬場の様子を窺っていたようだ。
「エリスは何をしているの?」
「ニック様と偶然を装いつつ会う機会を窺っているのだと思いますよ?」
「こんなに早朝から?」
「早朝から日没までずっとですね」
絶句であった。
翌日も同様の報告が渡された。
それから一週間報告が続いたが、全て同じ様な内容だった。
時折エリスが偶然を装いニックに声を掛けていたが、一言二言話すとニックはさっさとエリスから離れて行くようであった。
ニックの行く先々に現れるエリスは異様過ぎた。
「所謂ストーカーと言うやつですね、この女」
益々以て言葉が出なかった。
気持ち悪い、不気味だとは思ったが口にする事すら嫌だった。
*
今日は二週間ぶりにニックと会う。
本来であれば毎週最低一度は会っていたのだが私が断っていたのだ、あのあーんを見てから。
私の手にはニックとエリスを調査したあの書類があり、今日はニックに思い切ってその事を突き付けてみようと思っている。
だって気持ちが悪いから。
鬱憤を溜め込むのは実に不快で気持ちが悪い。
ましてやエリスがニックをストーカーしている可能性すらある以上、ニックがどう考えているのかを知らないとこのモヤモヤが募っていくばかりな気がするのだ。
「会いたかったよ、フェリ」
我が家に来たニックは輝くような笑顔を浮かべていた。
「…ニックに聞きたい事があるのだけど」
「うん?何でも聞いて」
「じゃあ…」
私は前に見かけたあーんの件を口にした上で調査報告の用紙をニックに突き付けた。
ニックは一瞬だけ驚いた顔をしたがすぐに眩しい笑顔を浮かべて「どうして声を掛けてくれなかったの?」と聞いていた。
どうして?と問われても困る。
あんな場面を見て声を掛けられるのはとんでもなく強靭な精神を持った強者だけだと思う。
「僕の行動を調べられるのは全く構わないし、むしろフェリになら全て知ってもらいたい位だけど…これはどういう事なんだろうか?」
最後の一枚を手にニックが黒い笑顔で迫って来た。
見覚えがないその紙をよく見ると『お嬢様の浮気相手候補一覧』と題されていた。
「えっ?!何でそんな物が?!」
「浮気相手候補?どう言う事かな?きちんと説明してくれるかな?」
笑顔なのに怖い。
「あなたが浮気してたのに腹が立って、だったら私も!って思ったのよ。でもそんな相手もいなければ誰かを誘惑するなんて事も出来ないから早々に立ち消えたわ」
「僕が本当にあの女と浮気してたと思ったの?」
「だってあーんしてたじゃない!甘い空気まで出して!」
「あれが甘い空気に見えるなんてフェリって案外ヤキモチ焼きなんだね。フェリに妬いてもらえるなんて幸せだよ」
何故かうっとりとした笑顔を返された。
「あの日はね、君の名前を使って呼び出されたんだよ、あの女にね」
そう切り出してニックは教えてくれた。
あの日、うちの使用人からだと言う手紙を受け取ったのだそうだ。
どうしても二人だけでデートをしたいと言う私の我儘に付き合って欲しいと言う内容の手紙にニックは舞い上がってしまったらしい。
「滅多に甘えてくれないフェリからのお願いと言われたら浮かれてしまってね。少し考えれば分かる事なのに」
そう言って自嘲気味に笑った。
指定された場所に行くとそこにはエリスがいて「フェリーチェに急用が出来て」と言われたそうだ。
そのまま帰ろうとした所すごい力で腕を引かれ、半ば連行の様な形で引き摺り回され、最後にオープンカフェであのあーんに至ったらしい。
「君の位置からはよく見えなかったかもしれないけどね、あの時もうフォークが口にグリグリと当たっていて食べる他ない状態だったんだよ」
「そう、だったの?」
「フェリがいるのに僕が何だってあんな女に落ちると思う訳?フェリって僕に愛されてる自覚無いよね?」
「愛、されてる?」
「フェリ以外は皆知ってると思うんだけどな、僕の愛」
「えっ?!」
「あんな女のせいでフェリに二週間も会えなかった上に浮気まで考えられていたなんて、本当に許せないな」
「ちょ、ちょっと待ってニック…こ、怖いわ」
「ごめん、ごめん。君を怖がらせる気なんてないんだよ。許せないのあの女だけだし、フェリに妬いてもらえたのは嬉しいし」
「エリスはあなたのストーカーみたいなのよね…」
「何かウロウロいつもいるなとは思ってたけど、朝から晩まで張り付かれていたと思うと虫唾が走るね」
「ニック、本当にエリスの事何とも思ってないの?」
「何とも思ってなくはないよ?敢えて言うなら視界にも入れたくない程に嫌いな存在だし君の気持ちを煩わせた虫以下の存在だからね」
「虫以下…」
「虫にも失礼だよね、あんな女の為に比喩に使われちゃうのも」
ニックはこんなに腹黒い男だっただろうか?
いつもニコニコと私を見ていて、いつも私を褒めてくれて、可愛いと言ってくれて、時間があれば私に会いに来てくれる婚約者。
イベント毎に贈られるプレゼントは私の好みの物ばかりで、良く出来た婚約者だと感心すらしていた。
ん?あれ?
良く考えてみればニックってエリスには笑顔一つ見せなかった?
エリスの前だけではなく他の女性の前でもいつも無表情だったような?
あれ?
「どうしたの?」
私の顔を覗き込むニックはいつもと同じキラキラの笑顔。
「…ニックって私以外の女性の前で笑わない、わよね?」
「笑う必要ある?フェリといると幸せで自然に笑顔になれるけど、興味のない女性の前でなんて愛想笑いすら嫌だね」
あれ?あれれ?
私の中でのニックのイメージが崩れていく。
私に優しいのだから誰にでも優しいのだと思っていたけど…違った?
「僕が優しくするのも微笑むのも甘い言葉を囁くのもフェリだけだよ?それも疑われちゃうと僕、生きて行けないかも」
シュンと俯くニックに犬耳と尻尾が見えた気がしたのは気のせいだろうか?
「信じるわ、ニック」
「ほんと?!」
途端に花が咲いたように眩しい笑顔をして顔を上げるニック。
きっとこんな顔を向けるのも私なのだからなのかもしれないと思った。
何となくいつもより空気が甘い気がしてきた。
「フェリーチェ!ニック様ー!」
そんな空気をぶち壊すかのようにエリスの鼻にかかった甘ったるい声が聞こえてきた。
「二人だけでお茶なんてずるーい!私も誘ってくれたら良かったのに」
呼んでもいないのに勝手にやって来てこれだ。
「何故君を呼ばなければならない?」
ニックが今まで聞いた事がない程に冷たい声を出した。
「私達友達じゃない!呼んでくれてもおかしくないでしょ?友達なんだから!」
念を押すように二度も友達を強調されてイライラした。
それはニックも同じだったようで笑顔なのにどす黒いオーラが見えた気がした。
「僕達を君が友達だと認識しているのか甚だ疑問なんだけどね?少なくとも僕は君を一度たりとも友達だと思った事はないよ?」
「え?それってどう言う?」
エリスが頬を手で挟み、恥ずかしそうに上目遣いでニックを見上げた。
『私、ニックに愛されてるのね!』とその表情に書いてあるようだった。
「頭の悪い女を友達だなんて誰が思うと言うの?僕からしたらゴミ以下な、視界に入れるのも嫌な存在なのに」
「なっ?!ゴ、ゴミ以下?!」
「それに、僕のストーカー止めてくれない?ストーカーって犯罪だけど、そういう事分かった上でやってる?ああ、分かんないか、君、頭悪いもんね」
あぁ、ニックのイメージがどんどん崩れていく。
エリスはさっきまでほんのりと染めていた頬を今度は青くしたり白くしたりしている。
実に器用な事だ。
「これがその証拠ね」
ニックは私から渡された調査報告の紙をエリスにバサりと投げ付けた。
それを見てエリスの顔から表情が抜け落ちた。
紙のように白くなった顔は何だか不気味さを漂わせている。
「…何で?何で?何で?」
何やらブツブツと唱え始めたエリス。
怖さが倍増した。
「だってニック様は私の事好きでしょ?」
目が完全におかしい。
「はぁ?僕がいつ君を好きになった?僕はずっとフェリ一筋だけど?」
「嘘!だってあんなに優しかったじゃない!」
「優しい?僕が?」
「そうよ!私にだけ優しかったわ!」
「僕が優しさを向けるのはフェリだけだけど?あぁ、フェリの前だから君にも優しくはしたよ、一応は。でもそれはフェリに向ける優しさのほんの一部。誰が好き好んで君になんて優しくすると思うの?」
「嘘よ!嘘!」
「何で君に嘘をつく必要があるの?君のどこにフェリを超える魅力がある?こんなに完璧で、可愛くて綺麗で、性格も誰よりも純粋で可愛くて、本当は誰にも見せたくない位に大好きなフェリと君を比べる事自体腹立たしいのに」
そこまで言いますか?
恥ずかしいけど若干怖いよ、ニック。
「伯爵家を継ぐためだけにフェリーチェと婚約してるんでしょ?」
「はぁ?伯爵家の婿養子になる事なんてフェリを手に入れる為の些細な付属品にしか過ぎないけど?別にフェリと一緒なら爵位がなくても全然平気だし。まぁ、フェリが不自由なく生活する為に爵位はあった方がいいけど、もし無くなったとしても僕がフェリに不自由させないからどっちだっていいよね?」
ニックが私を見て眩しい程に輝く笑顔を向けてきた。
その笑顔が妙に怖く感じるのは気のせいではないはず。
「おかしい!おかしい!こんなのおかしい!」
そんな中で騒げるエリスはある意味すごい。
「おかしいのは君だよね?こんなに僕に拒絶されてるのに認めないってどうなの?」
「だって私が愛されないなんて有り得ないじゃない!だって私、こんなに可愛いのに!」
「自分で自分の事可愛いとか言っちゃうなんて本当に頭がおかしいよね?そして、僕にとって君は全く可愛くなんてないよ?可愛いのはフェリだよ。ほら、今だってあんなに可愛くキョトンとした顔をしてるし。フフフ、フェリが可愛くて辛いよ」
またまた私を蕩ける様な眩しい笑顔で見てきたニック。
そんな私を死んだ魚のような目で睨んでくるエリスが怖い。
いちいち私に振らないでいただきたい!!
「いい加減僕らの目の前から消えてくれないかな?自分がどれだけ邪魔者なのかよーく分かったよね?それともまだ分からない?どこまでおめでたいの?」
「邪魔者?私が?何で?何で?だって私ヒロインよ!ヒロインは絶対的に幸せになるじゃない!おかしいわ、こんなの!」
「…ヒロイン?ふーん、君、転生者か何かなの?最近多いんだよね、自分がヒロインだとか何とか騒いで人の人生ぶち壊しにかかる輩。自分さえ良ければ周りの人生なんてどうでもいいと思ってるのか、本気でこの世界がゲームとやらの世界だと思い込んでるのか知らないけどさ、僕らはこの世界で生きてるし、自我もある人間なんだよ。そんな訳も分からないヒロインとか自称する存在に人生壊されて笑ってられる程めでたく生きてないんだよ。ヒロインなら何しても許されると思ってない?ヒロインなら無条件で愛してもらえると本気で思ってる?有り得ないからね、そんな事。そんな事すら分からないから馬鹿なんじゃん、君」
「だって…」
「愛される努力も、人に好かれる努力も、自分を磨く努力も何もしないやつが本気で人に好きになってもらえると思ってる?誰がそんなやつの事本気で好きになるのかな?少なくとも僕は絶対に好きにならないよ、そんな薄気味悪いやつ」
そこまで言っちゃう?
まぁ確かにこの所「私はヒロインよ!」と言う、前世の記憶を持って生まれたとか転生したとか言う変な人がチラホラ出現して、色んな所で色んな騒動を起こしているとは耳にしている。
あろう事か王子を攻略対象者と言って本来の婚約者との婚約破棄を目論む女性が出て来たり、色んな男性を侍らせて女王の様に振舞おうと画策する女性が出て来たり何かと物騒なのだ。
でもまさかエリスがそのヒロインを自称する人間だったとは思ってもみなかった。
そっか、自称ヒロインと言い張る人間はこんなに頭がおかしいのか…。
自分は無条件で愛されると思い込んでいるのだと分かると空恐ろしい。
「…だったらフェリーチェはどうなのよ!」
「フェリが何?逆に聞くけど、君がフェリに勝ってる要素ってどこ?ヒロインだから?はっ!ないね、本当にない!」
「私の方が可愛いわ!」
「僕の目には君は全く可愛く映らないけど?君の内面の醜さが見えて汚泥以下だけど」
「汚泥?!」
「ドブの方がまだ綺麗かもね」
その言葉にエリスは絶句して何も言わなくなった。
そしてそんなエリスを満足気にニックは見下ろしていた。
*
「ニックってあんな性格だったのね」
エリスが去っていき、ニックも帰って行ったので自室に戻ってボーッとしながらそう呟くとニーナがクスクスと笑いながら答えた。
「やっとお気付きになったのですね?」
「知ってたの?」
「お嬢様以外は皆知っていると思いますよ。ああ、あの女は今日知ったんでしょうがね」
「そうなの?!」
「ニック様はお嬢様の事に関したら徹底的に敵を潰しにかかる事で有名ですよ?何故お嬢様が気付かないのかとこちらの方が不思議でしたわ」
「潰しにかかる?え?何それ?」
「有名な所ですとペリス伯爵令嬢でしょうか?お嬢様に恥をかかせた」
ペリス伯爵令嬢とはデビュタントの時に私に果実水を掛けてきたご令嬢で、ニックに想いを寄せていた人だった。
「あなたにニック様はもったいないわ!」
といきなり声を掛けられたと思ったらビシャッと果実水を掛けられて呆然としたものだ。
私はすぐに控え室に連れて行かれて着替えをしたのだが、戻るとそこにはペリス伯爵令嬢の姿はなく、良い笑顔のニックと何だか微妙な空気だけが流れていたのを覚えている。
それ以降ペリス伯爵令嬢をお見掛けする機会も無くなってしまい、知らぬ間にペリス伯爵令嬢は隣国へと嫁いでいた。
「ペリス伯爵令嬢に何かしたの?」
「それはお嬢様が知らなくていい事だと思いますよ?知らぬが仏と言いますでしょう?」
「何だか怖いんだけど」
「それだけニック様がお嬢様を愛していると言う事ですから」
「そういうもの?」
「そういうものでございましょう」
「何だか納得いかない気がするわ」
「さぁさぁ、お嬢様、難しい事は置いておいてお茶にしましょう」
ふわりと甘い香りがしてフルーツティーが運ばれてきた。
「ニーナは私の好みを分かってるわね」
「何を仰います。このお茶もお菓子も選んでいるのはニック様ですよ」
「え?!」
「ニック様からいつも言われてますからね」
「な、何を?」
「難しい顔をしている時はベリー系のフルーツティーを、落ち込んでいる時は少しだけミントを香らせたアップルティーを、気分が良さそうな時はオレンジティーをと」
「えぇっ!」
「まだまだ細かい事はございますが、どれも的確ですのでとても助かっていますよ」
「知りたくなかったわ、そんな事」
「それもこれも愛のなせる技でございますよ、お嬢様」
「その愛が重い気がするのは気のせい?」
「愛とは重たい物なのですよ、お嬢様」
ニックから私へ注がれる愛の深さ?を知り、これは知りたくなかったかもと思いつつも、嬉しいような恥ずかしいような、でもとてつもなく疲れるような複雑な気持ちになりながらフルーツティーを口に含んだ。
励みになりますので、レビュー、いいね、評価、感想等頂けると有難いです。
でもあまり辛辣な感想をもらうととても凹みますのでお手柔らかにお願いします。