ヒューマンの少年がエルフの少女と恋人になりましたとさ
「――僕と付き合って下さい!」
「……は?」
とある辺境の町の酒場。
少年の叫びに少女が呆けた顔をする。
周囲は町人や冒険者達が昼間から酒を呷り、騒いでいる為にその二人を気にする者は居なかった。
エールを呷り少女は訝しげに、
「アンタ、歳は?」
「十五です!」
「種族は?」
「人間種です!」
少女の気怠い問いに、少年はハキハキと答える。
彼女の深い溜息が漏れた。
「あのね。私はエルフなの、この耳見れば分かるでしょ?」
種族の特徴である長く尖った耳を指さす。
「はい! 素敵な耳ですね!」
「ありがとう。アナタ、バカだって言われるでしょ?」
「はい! よく言われます! その自覚もあります!」
「清々しいわね。ちょっと気に入ったわ」
「じゃあ、付き合ってくれますか!?」
「くれないわよ、このバカ」
もう一度、少女は大きな溜息を溢す。
「分かってない様だから教えてあげるけど、私達エルフとアンタ達ヒューマンじゃ時間の流れ方が全く違うの。アンタの一年は私にとっては百年位なのよ」
「お得ですね!」
「おっと、初めて会うタイプのバカだったわ」
何度目かの溜息。
「いやね? 具体的に言うと、アンタが歳くうでしょ? 二十になって大人になって三十になって老いてくのね?」
「はい! そうですね!」
「うん。それでね、私はこのままなのよ。見た目、十五位の同い年に見えるかもしれないけど、普通に千歳超えてる訳。……どう思う?」
「綺麗で可愛い姿のままで素敵だと思います!」
「あ、どうしよう。本格的にどうしょう……」
少女は頭を抱えた。
「どうしました!? 頭が痛いんですか!?」
「うん。アンタのせいでね……」
彼女の溜息が止まらない。
「それで……アンタは私と付き合いたいのね。そんなに付き合いたいのね?」
「はい! 付き合いたいです!」
「それは何で? アンタとは顔見知りでも何でもないわよね?」
「今日初めて会いました! 一目惚れです! 結婚して下さい!」
「何気にハードル上げてんじゃないわよ。一目惚れで求愛するとか“盛りのついた猿”なのかしら?」
「……貴女には僕が猿に見えるんですか?」
「見えてるんだけど、なーんかバカにされてる気がするなー」
眉間にシワを寄せ、飲みかけのエールを喉に流し込む。少し温くなっていた。
――エルフである彼女は、この手の経験は初めてではない。
種族的に数が多いヒューマンからすれば、希少種族であるエルフは平均的に美しく見えるらしい。
その中でも彼女は、取り分けて美しい部類の様だ。
武勇や資産を自慢に求愛された事など数知れない。
ヒューマンの男にはエルフの女を侍らす事が『勝ち組』の証とする風潮もあるようだ。
だが、この少年は初めてのタイプだ。
自分に性を求める欲望とか、周囲に見せつける見栄の為とかそんな下心はまるで感じない。
本当に本気で、純粋に惚れているらしい。
千年を超える人生経験故に、この短くも頭の悪いやり取りの中で彼の人となりは何となく理解出来た。
この少年は、恐ろしくバカだ。バカの中のバカなのだが……ただ、バカなだけなのだ。
「あぁもう、分かったわ……」
「結婚してくれるんですね! ありがとうございます!」
「しないわよ!? だから何で、恋人から夫婦に要望が上がってるのよ!?」
眉を顰めながら、
「アンタも冒険者なら、少しの間だけパーティは組んであげる。取り合えず、それで満足してなさい」
「やった! ありがとうございます!!」
人目を憚らずに小躍りしながら喜ぶ彼に少女は呆れた様に肩を竦ませる。
「あ、そうだ。名前を言ってませんでした!」
「うん。自己紹介も無しで求愛してる所が発情期なのよね」
「魔物や動物と違い、成熟したヒューマンは通年で発情期なんですよ。それに、エルフやドワーフ達と比べると種族的に寿命が短いので子孫を積極的に残そうとするのは本能なんです――知らないんですか? エルフなのに」
「このガキ一回本気で蹴り倒したい」
「――ありがとうございます……」
「マジか、コイツそういう趣味か……」
近くを通りかかった店員に追加のエールを注文して、
「……一応言っておくけど私を抱きたいとか思っても無駄だからね。猿相手に股を開くつもりはないの」
「――女性が股を開くとか言わない方が良いですよ。品性を疑われてもしょうがないです」
「アンタに品性がうんぬん言われたくないなぁー」
遠い目で呟いた彼女に、少年は楽しそうに笑う。
「それで、僕の名前なんですが――」
彼が名乗ろうとしたのを、少女が止める。
「別に良いでしょ、名前なんて。どうせそんなに長く居ないんだから、『エルフ』で良いわよ、『剣士君』」
丁度届いたエールをエルフの少女は喉に流し込んだ。
「え? でも、お互いの事は少しでも知っていた方が良いですよ。例え短い臨時的なパーティでも一緒に冒険する訳だし……」
「私の名前をそんなに知りたいなら教えてあげるけど、その代わりにパーティの話は無しで良いかしら?」
「これからしばらくの間よろしくお願いします、エルフさん!」
素直な少年に少女は満足そうに微笑んだ。
――そして、どこか自嘲気味に、
「……その方が後々楽なのよ。ほんの少しだけね」
◇
――そうして、エルフの少女とヒューマンの少年はしばらくの間、パーティを組んでいた。
「へぇ、剣士君、結構強いじゃない。私は後衛に徹して平気そうね」
「はい、この数か月は鍛錬を頑張りましたから! エルフさんは弓に集中して下さいね!」
「ところで、恋人作ったら?」
「エルフさんと付き合いたいです!」
◇
「あれ? 剣士君ってこんな背高かったっけ?」
「えぇ、もうアレから五年も経ちましたからね。僕ももう二十ですよ。今じゃエルフさんの頭が僕の肩位ですね」
「見上げるのも首がしんどいわ。……ところで、恋人出来た?」
「エルフさんと付き合って――あ、ごめんなさい、弓向けないで下さい!」
◇
「ねぇ、剣士君。最近疲れてない?」
「まぁ、僕も三十ですからね。昔程は無茶できませんよ。エルフさん、すみませんが少しだけ休憩良いですかね」
「そうね。この辺なら安全だし、見張りは私がするわ。……所で、そろそろ恋人作りなさいよ、行き遅れるわよ」
「僕にはエルフさんという女性が――あれ、エルフさん? 見張りにしても、わざわざ木の上に登らなくても!?」
◇
「新人冒険者を指導する事も、いつの間にか多くなってきたわね。剣士君も頼りにされてるのね」
「四十ともなれば、それなりに経験していますからね。もう高ランクの依頼を受けれない代わりに次世代の人材を育てるのは義務ですよ。それにエルフさんの経験や知識は僕も学ぶ事がまだまだありますから」
「エルフの長寿は伊達じゃないからねー。知識は自然と増えるものよ。それより、恋人……ってか、お嫁さん! いい加減に本気で探しなさいよ!」
「結婚して下さいエ――エルフさん? エルフさーん!?」
◇
「はいコレ、剣士君の剣も大分、痛んでいたでしょ? あんまり高価なモノじゃないけど、この剣を使って」
「コレは、良い剣じゃないですか! ありがとうございます! 五十ともなれば正直、長剣を振るうのも辛いですから、このサイズの短剣は扱い易そうです」
「実戦の機会は減ったと言っても、一応冒険者なんだから得物の用意はしておくものよ。――ねぇ、本当にさ……本気で結婚する気あるの?」
「ありますよ。冒険者としては、衰えても男としてはまだまだ現役――あ、違います、そういう意味じゃなくて――あ、凄い! 今までにない軽蔑な視線を感じる!」
◇
「剣士君、今日は……休息日にした方がよさそうね」
「……すみません、エルフさん。思う様に身体が動かなくて――。実は冒険者ギルドからもそろそろ、引退を進められています。流石に六十ではゴブリンを倒すのも苦労しますから潮時なんですかね」
「何事にも引き際ってものがあるものよ。特に冒険者なんて常に無理してる仕事なんだから。……それはそうと、花屋の店長さんね。歳の割に結構若々しい人なのよ。良い人だと私は思うんだけどなー?」
「ははは、この年で結婚はもう考えてませんよ。いや、エルフさんとなら別なんですがね? ――ねー?(チラチラ)」
◇
「今日の新人の指導は大変だったわね、剣士君」
「全くです。若い冒険者達の中には人の話を聞かない子も多いですから……。もっとも、剣しか取り柄の無い僕には、基本を教える指導者位しか出来る仕事も無いですし。――と、言っても今年までですかね。七十になると、ただ立って話しているだけでも無理がきますよ」
「剣だけで冒険者ギルドが認めた指導者になれるのも、十分だと思うけど。――あーと、うん。……やっぱり、いいやごめん」
◇
「剣士君――起きてる?」
「えぇ――エルフさん。少し、うたた寝を。今日は良い天気ですからね。仕事を辞めて、のんびりとする事が多くなりましたよ。こういうのも、なんだか良いものですね。八十になってみると、子供の頃おじいちゃんがこうしていた理由が分かります」
「確かに、良い気持ちね。私も森に居た頃は丸一年、空を見上げていた事もあったっけ……」
◇
「何か欲しいものはある? 剣士君」
「――いえ……。大丈夫です……エルフさん。僕は……もう十分、幸せですから。ただ――少しだけ、昔の話を良いですか。僕がエルフさんと出会った頃の」
「うん、勿論よ。――覚えてる? アンタ、酒場で飲んでた私にいきなり『僕と付き合って下さい!』って求愛してきたのよ。十五の時だったわね」
「あぁ、あはは……。すみません、あの時の僕は本当にバカでした。でも、どうしても貴女と付き合いたかった……から」
「一目惚れ、だっけ?」
「だって、こんなに綺麗な人……見た事が無い、ですし」
「今でも付き合いたい?」
「そりゃ勿論――結婚したい、です」
「要求が上がってるっての。盛りのついた猿なんだから」
「貴女には……僕が猿に、見えるんですか?」
「ごめん、見える」
「確かに、最近は自分でも……そう思います」
少女の小さい笑い声に老人の苦笑が重なった。
白く幼さが残る少女の手が、老いた――少年の手に触れる。
「結局……アレからずっと、一緒に居て、くれましたね」
「そう大した時間じゃなかったわ。言ったでしょ? アンタの一年は私の百年位だって。――一瞬だったわ。だって、気づいたら剣士君、こんなヨボヨボなおじいちゃんになってるんだもの」
「あはは……もう、一人で起き上がれません」
「ホントよ。あの時、私が渋った理由が分かった?」
「はい……。本当に、あの頃の僕は――バカ、でした」
「そうよ。バカの中のバカ。あの頃と変わらない私を見て、どう思う?」
「……綺麗で、可愛い姿のままで――素敵だと、思います」
ただ、と少年は、頬に涙を伝わせた。
「エルフさんを――貴女を残して……逝く事が――申し訳、なくて……」
「ホント、バカね剣士君は。そう思うなら、最初からエルフの尻なんて追いかけるんじゃないわよ。それに、申し訳ないのは私の方よ」
少女は、無理に笑みを作りながら、
「ごめんね、アンタの時間を無駄にさせちゃったわ。結局、恋人になってあげなかったし――それっぽい事も何もしてあげなかった。だって――」
それでも、やはり無理で――、
「こうなるんだもの。貰うものが大きくなる程、多くなる程――この瞬間が辛くなる。だけど、私はアンタとパーティを組み続けた。この短い時間は、とても楽しかった。……エルフはいつも退屈してるから剣士君に甘えてたのよ」
酷い女ね、と唇を噛む彼女に少年は弱弱しく首を横に振るう。
「――それを、嬉しく思っていたのは、僕です。だって、貴女は、恋人を作る様に薦めていたのに……。でも、僕はそれでも、貴女が好き……なんです。長い間、傍に居てくれた貴女を心から――」
「あぁ、やっぱり……私は酷い女よ」
そんな事は無い、と優しい眼差しで少女に伝える。
少年は己の終わりを――自覚した。
「――最後に、貴女にどうしても、伝えたい事が……あるんです」
「何?」
「僕と――付き合って……ください」
擦れたか細い声。
「ホントにしょうがないわね。剣士君は――」
「バカ、なので――」
「そうね。そうだった」
少女は泣きながら笑った。
「良いわ。その真っ直ぐなバカさ加減に免じて、付き合ってあげる。だから、剣士君の名前を教えてくれる?」
「――く、の名――は、――、――」
「そう。良い名ね。私は――」
彼女の名を聞いた、少年は満足そうに微笑みながら涙を流した。
「――おやすみなさい、私の恋人」
◇
「――俺と付き合って下さい!」
「……は?」
とある辺境の町の酒場。
少年の叫びに少女が呆けた顔をする。
周囲は町人や冒険者達が昼間から酒を呷り、騒いでいる為にその二人を気にする者は居なかった。
エールを呷り少女は自慢気に、
「――ごめんなさい、私には恋人が居るの。他をあたってくれるかしら?」
お読み頂く方がいらっしゃいましたら、ありがとうございました。
この二人の結末が、良いものなのか悪いものなのかは、見る人によって分かれるかもしれません。
不快感を感じる事があれば、申し訳ございません。
ですが、彼と彼女にとっては後悔は無いと思います。