裁判を始めましょう
もしも……
もし貴方が変わってしまったのなら
変わらないでと縋ったらよかったのですか?
「私は本当にクラシンベールに苛められていたの」
もしも……
もし貴方が変わっていないのなら
信じて待っていたらよかったのですか?
いいえ、貴方は私に何も告げてくれませんでした。何一つ、嫌いになったとさえも。
今回は私が原告側に座り、貴方と可愛らしい彼女が被告側に座っていらっしゃいます。彼女は相変わらず目に優しくないドレスを着ていらっしゃいます。裁判官の方がたの心証はともかく印象はしっかり残ることでしょう。
その後ろにはリリアン王女が座っていらっしゃいます。リリアン王女はこの国の第三王女様でいらっしゃいますわ。私より五つ年上でいらっしゃいます。祖父の先王陛下にとても甘やかされ可愛がられているため言葉で表せないほど我儘娘にお育ちになられました。その傍若無人ぶりは残念なことに国内外にも知れ渡ってしまっています。適齢期も過ぎかけているのに嫁ぎ先が決まっておりませんのは自分が魅力的過ぎてと思っていらっしゃいますが全く違いますわ。諸外国の王族の方がたからは丁重すぎるお断りの親書が届き、一生王族であることを望み自分より身分の低い者を伴侶とすることを拒否されていらっしゃるからです。いつも沢山の男性を侍らせていらっしゃいますが、全員リリアン王女の信奉者で恋人でも愛人でもないということになっております。
貴方の可愛らしい彼女はリリアン王女のお気に入りの一人でしたね。前回の裁判があんなに早く行われたのは先王の指示だったそうです。分立のはずの裁判所にも長いものに巻かれろの人はいらっしゃったようです。国王と裁判長官に知られ、その方は地方の閑職に飛ばされたそうですが。
「では、それを証明することは出来ますか?」
裁判官の方の問いに彼女は答えられません。私の行動記録と彼女の証言とはほとんどが大きく違っており、第三者の証言もある私の方が信憑性が高いとされています。私が学園に登校していない日にも嫌がらせをされたと堂々と証言されていますから。それとも本当に私の偽者が暗躍されていたのでしょうか?
そうそう彼女を町の大広場に繋がる階段から落とした犯人ですがまだ捕まっておりません。医者の診断では彼女は本当に医者にかかるような怪我は一切しておらず階段で落ちたような打ち身さえもなかったそうです。朝が少し冷えるようになりましたから、物凄く厚着でもされていたのでしょうか? それでも石段ですから打ち身くらいはありそうなのですけど。可憐な容姿をされていらっしゃいますが実は鍛えられているのでしょうか?
一応警吏に届けて彼女を落とした犯人は捜索していただいておりますが、事件現場になった階段に問題があり難航されていらっしゃるようです。事件前日にぐらつく石が見つかり修理が完了するまで通行止めになっていたそうですわ。本当にその階段だったのか疑問視されているそうです。彼女はどのように説明されたのか、呆れた表情の弁護士の方からは下らなすぎて知る必要もないと教えていただけませんでした。
「自白剤の使用を認めますわ」
リリアン王女が形の良い唇をニィと吊り上げて発言されました。
ええ、使わせていただきますわ。私の方法で。
「用意してあるから使うといいわ」
法廷にざわめきが起こりましたわ。皆様忘れていらっしゃらないのね、もう三年も経ちましたのに。いえ、まだ三年でしょうか。
「薬を使用する場合は裁判所保管の物と決まっておりますので」
裁判官の方がやんわりと断りを入れていますがその方が引くはずがないでしょう。
「わたくしの薬が使えないと?」
「いえ、決まりは決まりですので」
「城から持ってきたものよ。疑うことなどないでしょう」
疑わしいから裁判官の方も決まりを理由に断っていらっしゃいます。
「裁判官、私はその薬でも構いません。私の方法を認めていただけるのなら」
「原告側、よろしいのですか?」
裁判官の方が驚愕の表情で声を裏返して聞いてくださいました。死ぬ気なのかと問いかけられたように聞こえましたわ。ええ、覚悟は出来ていますわ。それを狙っていたともいえます。
「はい、ですので方法を認めていただけますね」
裁判官の方は心配そうな表情を隠しもせずに頷いてくださいましたわ。
「あなたもわたくしが持ってきた薬を疑うの?」
リリアン王女が整えられた細い眉尻を上げて問いかけてきましたわ。
「違いますわ。私がいつもその方がたに疑われています。殿下の用意していただいた薬を服用いたしましても望む結果でなければ、また私を疑うでしょう」
私はにっこり笑って答えますわ。
「ですので、法廷にいる皆様に証人になっていただいて公平に薬を服用させていただくことをご了承ください」
あくまで私が疑われないためですわ。
怪訝そうな表情をしながらもリリアン王女は何も言わなくなりましたわ。
あら、何故貴方が心配そうに私を見ていらっしゃるの? 貴方が心配しなければいけないのは可愛らしい彼女のほうよ。
「裁判所の規定通り自白剤であることを確認する試験紙を数枚、それに使用する硝子棒と小皿、空の水差し、コップを数個、皆様の見える場所にそれらをお願いできますか?」
裁判所の方がバタバタと動かれて、証言台の前の空いた場所に机を置き、試験紙と硝子棒と小皿、空の水差しとたっぷりと水の入った水差し、コップを数個を用意してくださいました。水の入った水差しは口直し用と中和剤用で自白剤使用の時は必ず準備される物だそうです。
リリアン王女の信奉者とされる男性が二本の瓶を机に置かれました。コップ一杯分くらいの量しか入っていない小さな瓶です。即効性の強い薬なので数口飲めば数分で効き目が出るそうですが、希に効かない者がいるためこの量が準備されるそうです。
これで準備は完了です。
後は誰にしていただくか、です。
「試験紙は必要ないわ。わたくしが持ってきた薬ですもの。一応わたくしの可愛い子用はリボンをつけて区別したけど、特別に貴女が飲むことを許してあげるわ」
ええ、試験紙は使えないと思っていましたわ。目印もついていることも、リリアン王女に薦められた方を飲まなければいけないことも分かっています。
「恩情いたみいります。より公平とするために自白剤を空の水差しに二本とも入れ、混ぜ合わせてから服用させていただきます。コップに入れ交互に服用させていただく。それなら、誤って中身をこぼしても水差しに薬が残っていますから同じ物を飲んでいないことにはなりません」
「わたくしの薬を疑っているじゃない」
リリアン王女が鋭い目で睨んできますが違いますわ。
「いいえ、殿下のお持ちになった薬さえ私の証言が気にいらなければ私が何かしたと疑われるのですわ。私の身の潔白を証明したいだけです。同じ物が入っていても二つに分けられているから疑われます。皆様の前で一つにすることで私が疑われずにすみますわ」
あくまで私のためですわ。誰にしていただくのがよろしいでしょうか? どちらとも関係のない中立の方、リリアン王女に目をつけられても大丈夫な方はこの場にいらっしゃるでしょうか?
「では私がそれをしよう。被告が行うよりより公平となる」
裁判官の方が名乗りを上げて下さいました。この方なら大丈夫でしょう。
「いや、私がその役目を引き受けよう。それが一番いい」
傍聴席からトーナイト王子、リリアン王女より半年早くお生まれになった兄王子が現れて机の前に立たれましたわ。いつからいらっしゃったのでしょう? 傍聴席を確認した時にはいらっしゃらなかったのに。
「おにいさま! どうしてここに? それにわたくしを疑うの?」
「当たり前だ。お前は疑われることしかしない」
リリアン王女はわなわなと震えていらっしゃいますわ。兄王子に即答で肯定されたのですから恥をかかされたと思われたのかもしれませんね。
トーナイト王子はリリアン王女が準備した自白剤の蓋を開け、二枚の小皿に各少量ずつ入れられましたわ。白色の試験紙を皆様に見せてから、自白剤を付けた硝子棒を順番に試験紙に当てられました。
「被告側がリボンの付いた瓶、原告側がリボンの無い瓶の物だ」
傍聴席に向けて試験紙を掲げて下さいました。トーナイト王子の後ろの裁判官席にいらっしゃった裁判官の方々も傍聴席の前に来ていらっしゃいます。
「リボンの方にしか反応がない。だが、色が」
「ああ、自白剤だけでは無いな。何か混ぜてある」
「三年前も……」
「そうだろう。ただの自白剤であんなことになるわけがない……」
試験紙を見慣れていらっしゃる裁判官の方々が色々呟いていらっしゃいますわ。
「う、うそよ。わたくしは自白剤を持ってきたわ」
トーナイト王子は黙れとでも言いたげにジロリとリリアン王女を一睨みしました。
「私以外誰もこの机に近づいていない。私を疑う者は挙手しろ」
誰も挙手する者はいませんわ。トーナイト王子に不審な動きはありませんでしたから。
「裁判所にある自白剤を用意しろ。これは後でしっかり調べさせる」
裁判所の方が自白剤を取りに走っていきます。トーナイト王子はリリアン王女の自白剤はしっかり蓋をして見える場所に置いています。
「わ、わたくしは知りませんわ。持ってきた者がすり替えたのですわ」
「リリアン、お前がこの自白剤は信用出来ると言った。そして試験紙での確認も不要だと。お前が公言した以上、この二本についてはお前に責任がある」
トーナイト王子の冷たい声が法廷に響きます。リリアン王女はご自身の主張が通らず顔をしかめていらっしゃいますわ。けれど、王族の言葉はそれほど重い責任あるものですわ。王族が自白剤と認めれば、本当は自白剤ではなくても自白剤となってしまうのです。三年前のように。
「そ、それに色が変わった方は可愛い子に飲ませる分でしたわ。その女の分ではありませんわ」
「お前はリボンが付いた方をエスタ嬢に飲むように命じていた。エスタ嬢が選ばなければ不敬と言い、もしそっちの女が飲むことになったらわざと溢させ、予備があると言ってそっちの女には無害な物を飲ませるつもりだったのだろう」
リリアン王女は違うと叫ばれていますが、それを擁護する方はリリアン王女のお気に入りの女性たちと一部の信奉者の男性だけです。信奉者とされているほとんどの男性たちはリリアン王女やお気に入りの女性から何か言われても口を固く閉じたまま俯いていらっしゃいます。
警備兵が現れてリリアン王女の信奉者の方から新たに二本の瓶を受け取っていらっしゃいます。一本にはもちろんリボンが付いているのが見えました。
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