裁判所でお会いいたしましょう
短編『さあ、裁判所でお会いいたしましょう』とまったく同じです
もしも………。
もし私があの時こうしていたら……。
もし私があの時こう言っていたら……。
「クラシンベール、お前との婚約を破棄する」
もし私がこの時こうしていたら……。
もし私がこの時こう言ったら……。
貴方はどうされたのかしら?
考えても無駄ね。貴方の心はもう決まっていたのだから。
「クラシンベール?」
「承りました。それでは失礼させていただきます」
踵を返し出入り口に向かおうとすると……。
「クラシンベール、まだ終わっていない」
瞳に怒りの炎を宿らせて、私を睨み付ける貴方。そんな目で見られるようになったのはいつからだろう。
「では、裁判所でお会いいたしましょう」
もう私はこの茶番劇に付き合うつもりはないわ。
「裁判所、だと?」
「はい、名誉毀損と不貞行為で訴えてあります」
私ははっきりと告げた。貴方から離れるために。
「学園での事実無根な噂。可能な限り証拠を集め提出してありますわ」
あら、そんなに驚いた顔をなされてどうされたのかしら。私がそんな行動力はないと思っていたのかしら?
「学園で起こったことを裁判にだと、それに不貞など俺は……」
されていないと言われるのかしら? では、隣にいらっしゃる可愛らしい方は?
「ええ、こちらの言い分を何も聞かず一方的に責められるのは可笑しいですから。第三者の公平な目で判断してほしいのですわ。
不貞に関しては後は貴方がたの証言だけですわ」
怖いお顔。初めて見ましたわ。余計怒らせてしまったようですわ。もうどうでもよろしいですけど。
「貴方がたが正しいと思われていらっしゃるなら、裁判となってもよろしいのでは?」
「どうせ裁判所に圧力をかけるのだろう」
今度は裁判所を侮辱されますの? それにそんな力が私に有るわけがないでしょう。お金は有りましても私は貴方の婚約者という地位しかありませんでしたのに。
「あら。私は貴方と同じことはしませんわ」
「何! 俺を侮辱するのか!」
自覚ありませんのね。本当に残念な方になられて。
「今がそうではございません? 私の言葉は否定し、その方の言葉のみ正しい。私的裁判はお断りですの」
「そうだろう。お前が悪いに決まっている」
いつから人の言葉が通じなくなったのでしょう。こんな人ではなかったのに。吐きたくなるため息を押し殺す。
「判断がつかなければ自白剤の使用もサインしましたわ」
「じ、自白剤、だと」
ええ、徹底的にさせていただきますわ。
「ですので、貴方がたもサインしていただかないといけませんわ。私だけ自白剤を飲むとまた何か言われますでしょう?」
飲めるものなら、飲んでくださいませ。私は質問に答えられますわよ、提出した証拠と同じ内容を。さすがに一語一句全く同じようには無理かもしれませんが。
「クラシンベール、お、お前が飲むのか……?」
何を驚いてらっしゃるのでしょう? 私の無実を晴らしたいのですわ。私が飲むのが一番でしょう。
「ええ、飲みますわ。身の潔白の証明に必要ならば」
固まってしまいましたわね。そこまでするとは思ってもいなかったのでしょうね。それほどまで私は貴方に愛想が尽きてしまったのですわ。
「今回のことも追加で提出させていただきますわ。皆様が楽しんでいらっしゃるパーティーで婚約破棄を宣言された、と」
「ま、待ってくれ!」
何を慌てているのかしら?
「婚約者の義務も果たさず、私的な事で楽しまれている皆様を煩わせ、私に恥をかかせようとした。間違いありませんね」
あら、目が游いでいますわ。自覚はありましたのね。
「う、訴えを取り下げて……」
「何故、ですの? 身に覚えのないことで貴方に罵倒され罪人のように扱われていましたわ。
不貞に関しても、貴方が婚約者がいる者としての立場を守らなかったのに私が悪く言われていましたのに?」
婚約者に捨てられた女など、散々陰口を叩かれましたのよ。
「俺は不貞など……」
「婚約者がいる身でありながらその方と不適切な関係をとられるのなら、まず私との婚約を解消するべきでしたわ」
「さ、最初は友達として…」
そうならば思いに気が付いた時点で適切な手続きをされるべきでしたわ。そんなことはご家族に反対されて出来なかったでしょうが……。
「それから、不貞に関してはお二人に相応の慰謝料を請求させていただきます」
そちらの方も青い顔をしてぼんやりしている場合ではないわよ。
「な、なぜ、わたしも!」
「当たり前でしょう。婚約者がいると分かっているのに不適切な関係をしてらしたのですから。注意しても直されませんでしたし」
何故慰謝料を払わなくて良いと思われるのでしょう? 誘惑した方も誘惑されて乗った方も悪いと思いますわ。
「そうやって嫉妬して……」
「あら、何故嫉妬と言われるのですか? 私は常識的に見て不適切な関係であったから、不貞行為として訴えたのですわ。私から婚約を解消するなら裁判でしか出来ませんから」
貴方は何故ショックを受けたような顔をされていますの? 格下の私が貴方に婚約解消など裁判所を通してでしか言えないでしょう。
「それを嫉妬していると言うのよ!」
「あら、なら私が嫉妬するようにわざと行動されていた、ということかしら?」
それはそれで問題ですわ。最初から略奪目的になりますから。
それに嫉妬というか怒るのは当たり前でしょう。婚約者は未来の伴侶。誰も浮気者などと悪癖・悪評のある方と添い遂げたくありませんわ。家名にも傷がつきますし。
「ち、ちがう、す、好きになったから……」
「好きになったら何をしてもよいと?」
幼子のような答えに笑いそうになりましたわ。
「ご自分の思いだけでお相手の方のことを何も考えられないのね。どれだけお相手の立場を悪くされたのか分かっていらっしゃいます?」
貴方は慌てて周りを見ていますが、冷たい視線や面白がっている視線ばかりでしょう。このことを祝福されている方は見つけられました?
婚約は契約です。こんな形で契約を破棄しようとした貴方は人としての信用を失ってしまいましたわ。
「何故私と婚約しなければいけなかったのか、分かっておられますか?」
貴方の顔色も悪くなりました。今更、ですわ。私が受け取るはずの財産を当てにしてご家族で色々してらっしゃいますものね。だから、私が有責で婚約を破棄したかったのでしょうけど、おあいにく様。
「……、ベル、おれは……」
「不誠実な方は嫌いなの」
伸ばされた手を避けましたわ。何故、そんなに驚いた顔をなさるの? 私の気持ちが無くなってしまったのは貴方のせいなのに。
「ベル……」
「では、裁判所でお会いいたしましょう」
お願い、もうこれ以上幻滅させないで。
もしも……
もし毎回私が泣き縋っていたら……。
もし毎回私が思いを告げていたら……。
それでも貴方はきっと変わらなかったでしょう。
お読みいただきありがとうございます