かくれんぼした4匹の蝉
『かくれんぼ』
その言葉を聞くと、昔のことを思い出す。
20年以上前の8月。僕は大学3年生だった。今ほどでないが、インターネットが普及し始めた頃だったような気がする。
当時は東京の外れに住んでいて、そこは近くにお寺やお墓が多い古い住宅街だった。
夜の街は夜はしんと静まり、人の気配はほとんどなかった。木々が擦れる音と、二階の住人の生活音だけが聞こえるような場所だった。
僕は近所にあるコンビニで深夜アルバイトをしていた。
お客さんは少なく、よく漫画を読みながら時間を潰していた。
たまに「ジリジリ」と死にかけのセミが飛び込んでくる。苦しそうにフロアを這いつくばるセミを追いかけながら、ちり取りで拾い上げ、ごみ箱に捨てた。
その日はそんなセミが多い日だった。
1匹、2匹、3匹。
そして4匹目が飛び込んで来た時、4人組の、髪を染め上げた男達が入店してきた。
下品な笑い声と共に、セミを踏みつけると、更に下品に笑った。
しかも酔っていて、全員顔を真っ赤にし、アダルト雑誌を手にしては、下品な笑いと共にその辺に放り投げていく。どうやら飲酒運転のようでもあった。
僕は警報装置を確認した。質の悪い客の対応は何度か経験しているが、やはり怖いものは怖かった。心臓の鼓動が速くなる。恐怖心が高まっているのがハッキリとわかった。
怒鳴りつけるように煙草を注文され、投げつけるように酒と菓子が飛んでくる。
必死に拾い上げながらレジを打つ。男達の話してる声が聞こえる。
「かくれんぼする?」
男達の雰囲気に合わない単語だった。
何もされないことを祈りながら、祈る様な気持ちで金額を伝えた。
その瞬間。
バチンと電気が落ちた。一瞬目の前が真っ暗になった。
1,2秒後に電気が戻ると、
男達の姿はどこにもなかった。人一人いない。
万引きかと思ったが、店内に荒らされた形跡はなかった。
辺りを見回しても、店内には死にかけのセミが一匹、苦しそうに鳴いているだけだった。
狐か狸に化かされたのか。気持ち悪さを残しながら仕事を続けた。
翌日。
僕は店長に事情を話した。監視カメラを確認したが、やはりそのような集団はいなかった。
駐車場の監視カメラにも痕跡はなかった。
すいません、と僕は謝った。深夜なので寝ぼけていたのかもしれませんと言った。どうにも腑に落ちなかったが、証拠がなければそれが事実なのだと思った。
しかし、店長は不思議なほど優しかった。
「そうか。でも無事が一番だよ。何もなくて本当に良かった」
そう言った。少し悲しそうな表情をよく覚えている。
読んでいただきありがとうございます。怖い話は基本苦手です。
この物語はフィクションです。なーんにも関係ありません。