5日目 11 大人たちの帰還と連れ込まれた少女
野ウサギと木漏れ日亭。
保護者の役目だ、と野次馬根性でデートを覗きに嬉々として出て行った、趣味の悪いお節介な大人たちを冷めた目で見送り。
ちーさまも行ってしまったために、侵入者対策に結界を張るのが私の役目。
同じく留守番となった吟遊詩人の彼と留守番、掃除、ちょっとだけおしゃべり。
決してサボっていたわけではありませんよ……?
そんなところに大人たちが血相変えて飛び込んできました。
「――というわけなんだが、どう思う?」
曰く、待ち合わせ時間になってもアサギさんは現れず。
待ちぼうけになっていたヒナさんの元へ、アヤメさんの使役するはずの魔法生物、血沸肉男人形だけが現れ、ヒナさんを連れ去ったとのこと。
「何故、私に聞くのですか?」
「お前、ヒナと仲いいじゃねーか」
宿の亭主であろうと、偉そうにお前、と言われるのは腹の虫が蠢きますね。
生贄にしてしまいましょうか。
「……。アヤメさんの召喚したと思われる魔法生物が、ヒナさんを連れ去った。そしてアサギさんは現れない。……私たちがあの二人をくっつけようと画策したのが気に入らなくて、自分たちで何らかの行動を起こした……とかですかね?」
私は推測を話します。
「行動って?」
給仕のオレンさんが割って入ります。
「それは分かりませんが……、アヤメさんもジーナさんも、二人の付かず離れずを楽しんでいたようですから……、いきなり外野がくっつけるのは違うと思ったのでは?」
「しかし、二人はその話をどうやって知ったんだろうな……」
「どっかで監視してるとか?」
憶測は憶測でしかありません。
不毛なことは止めましょう、と私が切り出そうとしたところ――
「ただいまー!」
「ローシェン、バンシェン! どうだった!?」
問題になっているどっかのインチキ姉妹ではなく、マトモな姉妹が帰ってきました。
そういえばいませんでしたね。気にしていませんでしたが。
彼女たちの住まい「墓守の館」へ、アヤメさんとジーナさんの足跡を求めて行ってきたそうです。
「全然ダメ!」
「モヌケノ殻ダッタナ」
これと言った手掛かりは見つからなかった、と。
「まさか本当に……」
誰かが唾を飲み込み、鳴らした喉がやけに大きく宿の中に響く。
訪れる沈黙、どうするべきか、考えあぐねる。
何より手がかりも何もない。
大の大人が首を揃えているのに、案のひとつも出てこない。
こんな情けない状況なんてあるでしょうか。
役に立たない大人など、生贄にしてしまえばトレント様がお喜びになるのではありませんか。
ふふふふ……。
私が一人妄想に耽っている間に、何か話し合われたかはわかりません。
ただ、相変わらず大人が揃いも揃って突っ立っている絵は、マヌケです。
不意に、応急処置されただけの壊れた玄関が少しだけ重き、ゆっくりと軋み音を立てました。
誰かが入りたいようですが、うまく開けられないのか。
「ねぇー! 誰かいる―⁉ 開けてくれなーい!?」
「ヒナさん‼」
声を聞き、私は誰よりも早く反応し玄関を開けました。
『ヒナ⁉』
「た、ただいま……」
いつもなら喚き散らすのに、えへへ、と疲れた表情で無理矢理笑顔を作る、その姿がかえって痛々しいです。
「これはいけないわ⁉ せっかくのドレスはボロボロでヒナも汗だく……手足どころか顔まで擦り傷があるじゃない!」
「運ぶときにちょっと、ね……」
人一人担いでどこからやってきたのか、この人は。
ちーさまが見兼ねて過保護の親状態に……。
手当のフリしていやらしくヒナさんを触るわが師の手を、私は無言で払いのけ睨みつける。
舌を出し「ごめん」の表情をするが無視。全く。空気を読まないこの女は。
大事な時にクズ行動する師を視界から外す。
詩人さんが宿に備え付けの救急箱を持ってきて手当を、とヒナさんに声を掛けている。
「あ、あたしはいいから、この子を……」
そのまま玄関にへたり込むヒナさん。
その右肩から、青緑色の頭が覗いている。
「女の子⁉」
ヒナさんの陰になって見えませんでしたが、髪の長い、私たちと同い年くらいの子をおぶっていました。
「誰だかわかんないんだけど……。でも、街の入り組んだ路地の先にあった廃屋の、一番奥に寝かされてたの……。服に乱れはないし、乱暴された形跡は無さそうけど……」
ヒナさんは落ち着かない気持ちのまま説明をする。
と、宿の亭主の挙動がおかしい。
さては私の念が呪いになって届いたかしら。
効きが早いですね。
「って、おい……、そいつの、その恰好!その髪色……もしかして……」
「服?誰か心当たりあるの……?」
「ああ……」
どうしてここで勿体ぶるのでしょうか、この男は。
ただでさえ忙しいのですから、分かっていることはさっさと白状してほしいものです。
「ヒナ!どうしたんだい⁉ 血沸肉男人形に攫われてどこへ連れていかれたのかと……」
お湯を沸かし厨房から出てきたローシェンさんが口を滑らせる。
「え?」
「え?」
空気が凍り付く。
ヒナさんは俯き、体を震わせながら絞り出すように言葉を紡ぐ。
「なんで……あたしが……血沸肉男に連れていかれたの……知ってるんですか?」
「バカ……」
亭主が思わず呟く。
「え? え~と~……それは~……そ、そう! 目撃情報! 見たって人がいて……」
「見張ってたんですね……? あたしのこと……」
「いやぁ~~ハハ……その、好奇心というか、親心というか……」
しどろもどろになるローシェンさん。
ちょっと、お湯の沸いた薬缶に意識が行ってません! 落とさないでください!
「ひどい! もう誰も信じられないですっ!!」
「さぁさぁ込み入った話は後でいいから! ほら、その娘、ヒナの部屋に運ぶよ!」
ローシェンさんに続いて厨房から出てきた給仕のオレンさんが取り乱すヒナさんを一喝で治め、背負っていた女の子を受け取る。
「あなたの手当ても……」
「同じ部屋で、話聞きながらやりますから!」
ちーさまがヒナさんの肩を抱き、移動を促す。
別方向に行こうとするのを私はすかさず牽制する。
「寝台の準備デキタゾ」
いつの間にか部屋の準備に回っていたバンシェンさんが、頭上から声を掛ける。
なに、この人たちの凄まじい連携。
「よし、オレが担ぐ」
「いいから! 女の子だよ! あんたに任せられるかい!」
替わろうとしたした亭主は遮られ、オレンさんが青緑髪の少女をお姫様抱っこで二階へ運んでいく。
ちーさまがヒナさんを支えて続き、その後を救急箱を持った詩人さん、薬缶を持ったローシェンさんが続く。
宿の亭主は、その姿を見送りながら後頭部を掻く。
あれ、私……何もしてない……。
ひとまず私も後ろについていく。