5日目 10 野次馬集団と拉致現場
時は少し遡る――。
宿場町の広場。
気合の入ったおめかしに身を包み、ほんのり薄化粧を施され、道行く人のほとんどが振り返る美少女へと変貌したものの、その可憐さに影を落とす表情と雰囲気で俯いて佇む赤髪少女――ヒナ。
太陽の位置が明らかに変わって見えるほどの時間を――待ちぼうけ。
瞳に移る光も、心なしか昏い。
肝心のデートのお相手はやってこない。
「……アサギ、来ないけど?」
「ほんとだね……」
植込みに体を隠し頭だけ覗かせ、様子を窺うのはエルフのチトセと「野ウサギと木漏れ日亭」料理人のローシェン。
「ラスト! あんた、なんで最後まで見張っておかなかったんだい⁉」
「知るかよ……。いつまでも一緒にいるとボロが出るからって、さっさと立ち去るように言ったのはお前らだろうが……」
予定外の状況に声を荒げてしまう給仕オレンと、責任転嫁されて小声で抗議する宿の亭主。
オレたち二人はは立ったまま、並んで生えているどっしり太い常緑樹の陰に隠れている。
「アンマリ騒グトばれルゾ」
屍人のバンシェンが冷静に諫める。……なめし皮でできた闇色の雨衣を纏い、頭巾を目深に被って変装しているつもりらしいが、白昼堂々悪目立ちだ。
なんだが、本人に伝えたところで
「ばれナケレバイイノダロウ? 何カ問題アルノカ?」
と、異様さをまるで理解できないようだったので、説得は諦めた。
日光が苦手だとか、そういうわけではないらしい。
幸い、ヒナは気が気じゃないようで周りのことなどまるで目に入っていないため、この変質者が近づいてもまるで反応を示さなかった。
むしろ道行く人々が頭巾の中の顔を目にしては、悲鳴を上げそうになっていた。
その度にバンシェンは沈黙の魔術をかけ、事なきを得ている。
どう考えてもおかしいだろ。自警団に職質されても文句言えねーぞ
ともあれ大人たちはアサギの登場を今か今かと落ち着きなく待っている。
焦らされるのは好きじゃねーんだがな。
物陰に隠れたり変装したり、時には匍匐前進。
またある者は額と両手に茂った枝を括りつけて紛れるように。
しかし……
さっきから全然顔を上げないが、ヒナはもう泣きそうなんじゃないか。
こちらからは逆光の位置になるため、表情は見えない。
半袖の薄手ワンピースドレスの裾が、柔らかく吹く北風に揺られる。
「それにしても、今日ちょっと寒いわ」
「ねー、ホント。ヒナ、あんな薄着で突っ立って……。いくら日なたとはいえ、また風邪ひくんじゃない」
普段からヘソ出し袖なし短パンの肌見せスタイルだが、防寒の外套でしのいでいる。
今日はそれが無いから、冬の冷えた空気が肌に刺さる感覚だろう。
そういえばあいつ、一日おきくらいに具合悪くなってないか……?
「ねぇ、なんだか騒がしくないかしら?」
チトセが何かを感じ取ったようで、耳を澄ませている。
エルフの聴力は人間より優れてるからな、オレらには聞こえないだろ……と、露店の並ぶ大通りの方から砂煙が立ち昇るのが見え、大衆の悲鳴が聞こえる。
あれか……?
「何か……来る!?」
「魔物か!?」
「あれって……」
視線は外さず、各々口々に呟きながら身構える。
武器は無くとも歴戦の手練れだ。
並みの魔物程度なら余裕で戦える。
久しぶりの荒事に、腕が鳴る、昂る、と言わんばかりの一同。
熟練の戦士たちが緊張しながら見つめる先、馬よりも速く駆ける――二足歩行。
見覚えのある影。
それは――
「ち、血沸肉男⁉」
「どうしてこんなところに……」
「ひなノ前デ立チ止マッタゾ」
「何か話してる……」
「あ! ヒナが拉致られた!」
血沸肉男人形。アヤメの使役する魔法生物。
人型をした異形だが、人間味があり気さくなヤツだ。
その姿を認めてから、ほんの数瞬。
知った存在、危害を加えるものではないと分かっているから、油断があったのは認める。
ヒナが血沸肉男の牽く荷車に乗せられると、
半身が内臓むき出しの人型魔法生物は回れ右、をし、来た道を同じ速度で走り出した。
「追いかける!?」
いや、あの速さじゃ追いつかないだろ……、一度戻ろう。
面子の中で一番の脚を持つオレンが走り出そうとするが、オレは冷静に止める。
血沸肉男ならアヤメが呼んだはず。
悪意はない、と信じたい。
アヤメは墓守の館から逃げだしたのか?
だとするとジーナも一緒だろう。
奔放な二人だから抜け出すのは想定内だ。
ただそうであれば、野ウサギと木漏れ日亭に真っ先に戻ってくるだろうに。
この不自然さは何だ?
あーー、だりぃな……。
考えが煮詰まると後頭部を無意識に掻く。
「館、見てくる!」
あ、おい‼
止める間もなく料理人ローシェンと、屍人のバンシェン。
まったく、走り出したら止まらねぇなぁ……。
「まぁいい、とりあえず引き上げるぞ……」