幕間~恵方巻~
節分なので!
ちょっと古ぼけた旅人の宿「野ウサギと木漏れ日亭」。
その一階にある食堂の一角で緋色の髪の少女――ヒナは黙々と太い海苔巻きを食べていた。
その年の吉方位を向いて静かに願い事を想いながら食べきると成就するという。
「(今年こそ、アサギと――)」
その手の迷信にはめっぽう弱いのがヒナだった。
そんなヒナに忍び寄る不穏な影。
「……(はむはむ)」
「あらヒナさん節分だから太巻き食べているのですの~?」
「美味しそーだねー」
柔らかな黄色の髪をした少女が二人、ヒナに話しかける。一人は腰まで届く長髪、もう一人は肩まで届くくらい。身長差のある二人はまるで姉妹だ。
食べ切るまで口のきけないヒナは思わず顔を背けようとするが、吉方位を向いていなければならないため、思いとどまる。
「……(無言で食べなきゃだから話しかけないでくれるっ!?)」
燃えるような緋色の瞳だけを二人に向け、訴えるように睨む。
当然、そんなことで空気を読んでくれる二人のはずがなく。
長髪のほう――ジーナは悪だくみを思いついたのかあくどい笑みを浮かべる。
「それよりももっと美味しいアサギさんの太巻き咥えたらどうですの~?」
「ぶっ!? げほっ!! げほっ……! ジーナ! あんた何考えてんのよっ!!」
予想だにしない発言に食べかけの恵方巻を吹き出しむせたヒナだが呼吸を整える間もなく即ジーナに抗議する。
「うえー。ちいねーちゃんばっちぃー」
髪の短いほうの黄色髪、アヤメがげんなりした表情で撒き散らされたご飯粒を眺める。
「あらら~? お顔が真っ赤ですけれどどうかされました~?」
ヒナの言葉もどこ吹く風、ジーナは不思議そうに問いかけてくる。
「どうもこうも無いわよ!変態修道女!」
「修道会は抜けましたからただの聖職者ですわ~」
「どっちでもいいわ!……あ」
喋ってしまった。今年も願いは叶わないのか。
我に返ったヒナは肩を落とす。
「あ! おにーちゃーん!! 太巻きちょうだーい」
「ん?もうみんな食べてんのか……ってコラ! アヤメ!! なんでズボン下ろそうとすんだよ!!」
ジーナと一緒になってニヤニヤしていたもう一人の黄色髪、アヤメがさっきジーナが口にした浅葱色の髪をした少年、アサギを見つけ勢いよく飛びつく。
そしてジーナの「太巻き」を察知し少年の服を剝いでいく。
「やーめーろー!」
全力の叫びも意に介さず脱がそうとするアヤメ。
「ふとまきふとまき~あれぇ? 細巻きー?」
「うるせーーーーー!!」
目にしたものが意外だったのか一瞬手が止まり目をぱちくりさせるアヤメ。
その隙にアサギはアヤメの手から服を奪い取る。
「ちょっと何してんのよヘンタイ!!」
脱がされかかってはだけた格好のままアヤメから離れたことでヒナに見られてしまった。
赤い頭が治まり切らぬうちにまたまた沸騰してしまうヒナ。
考えるより先に手が出る。
舞い踊りながら戦う舞剣士として鍛えられたしなやかな体から繰り出される鞭のようなビンタがアサギの頬に直撃する。
「俺のせいかよぉぉぉぉぉ!!」
防御する間もなく渾身の一撃を食らい派手に吹っ飛ぶアサギ。
「あらあら、大変ですわ~うふふふふ」
全ての元凶であるジーナはただ場を眺めては楽しそうに笑みを浮かべているのだった。