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野ウサギと木漏れ日亭 #ウサれび【電子書籍化作業中】  作者: 霜月サジ太
1日目 ~店主と詩人と四人の冒険者~
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1日目 8 アヤメとジーナ② ニンゲンとボク《後》

 光はすぐ小さくなり、それでも消えずに残って乾いた固いものが当たる静かな音とともに、少しずつ近づいてくる。


 ボクは開くのさえおっくうになってた瞼を目いっぱい押し上げ、光をみつめていた。

 目を奪われていた。


 光は小さく揺れながら躊躇いがちに近づいてくる。

 薄暗い中に輪郭が浮かんでくる。


 ……ニンゲンだった。


 ここにいたのより、小さくて、細かった。

 といってもボクよりはおっきい。



「……っ!!」



 ニンゲンの歩みが止まった。

 ここの景色……惨状と呼んだほうがいいのかな、見えたみたいだった。


 ボクだけ顔を上げてて、あとみんな倒れてたら引くよねー。

 色々撒き散らしてるわけだし。


 ニンゲンは片手で柔らかく青白い光を灯し、もう片方の手で口と鼻を隠してた。

 光に照らされて、触り心地よさそうな長い髪が揺れてた。


 ぼーっとする頭で、きれいだなーって眺めてた。


 ニンゲンが口と鼻を隠してたのは、ここが臭くて汚いからだよね。

 しばらく止まってたニンゲンと目が合ったような気がした。

 そしたら一気に駆けだし――足元の転がってるモノに足がひっかかってよろめいた。



「あ……」



 ちらかってるからあぶないよ、思ったけど声を出す力も残ってなかった。

 声にならない小虫の羽音にも満たない音を喉から漏らし見つめるしかなかった。


 ちいさなニンゲンはよろめきながら寄ってきて。

 祭壇のわずかな階段にまた躓き、そのまま倒れ込むようにボクの頭のすぐそばに膝をついて――。


 ぎゅっ……!


 え……?



 抱き締められた。


 ここにいた――今はもう枯れ果てたソレらと違った、痛くしない不快じゃない優しくて強い……あたたかさに包まれた。


 いいにおいする。

 やらかい。


 そのニンゲンはそこらに転がってる薄汚れたものたちと違って黒をまとってた。


 黒くて細く温かいニンゲンの目には涙が浮かんでいた。

 涙って悲しいときとか、痛いときとかにでるんだよね。

 どうして……? 


 ボクも気持ち悪くて辛くて出てたけど。

 どこか痛いの?

 臭いがきつくて苦しいの?



「辛かったでしょう……!怖かったでしょう……!」



 出てきた言葉は、ボクの考えには無いものだった。

 泣きながら、絞り出すように語りかけてくる。

 自分のためのものじゃなく、ボクに向けられた涙だった。



「ごめんなさい……助けてあげられなくて……!!」



 ぎゅーってされて冷え切った体の表面にほんの僅かだけど熱が伝えられる。


 嬉しいんだけど、ボクべたべただから、きっと汚れちゃってるよなぁ。

 せっかくキレイだったのに。


 寒かったから、抱かれてあったかくてほっとするんだけど、自分が弱ってるからかちょっと力が強い……。



「苦し……キモチワルイ……」



 しぼんだ風船から無理やり空気を押し出し何とか音にすると、ニンゲンははっと力を緩めてくれる。

 ボクは緩んだ拍子にできた隙間を転がるようになんとか、かけちゃわないように顔を背けて、おえーっと吐く。


 何も出てこない。動かされたはずみで体が反応したんだと思う。

 その様子に戸惑いながらも、いいにおいのニンゲンはほんのり温かい手でやさしく背中をさすってくれた。


 あんなに気持ち悪かったのに、それだけでずいぶん楽になった感じがした。

 吐き気が落ち着くと、きれいなニンゲンはボクをまたひっくり返し、べたべたのだらだらになった顔をあげてくれる。


 ぼんやりしていた視界も、少しはっきり見えるようになってた。

 そこにいたのは、透き通るような肌に硝子玉のような目をしたお人形さんみたいな顔だった。


 簡単に壊れてしまいそうなくらい白くて細い。

 涙がずっと流れてる。

 こーゆーニンゲンのことボクは知ってる気がする、なんていうんだっけ。

 えーと、たしか……。

 

 ボクが呆けた顔のまま回らない頭を使って考え込んでいると、お人形さんは着ている布の裾を裂き、取り出した筒から水を掛けて湿らせ、ボクのべたべたを、どろどろした顔を拭いてくれた。


 顔を拭うなんてこと思いつかなかったなぁ。

 よごれの落ちたボクの顔をじっと見て、微笑む。


 ボクも釣られて笑った。


 ――そうだ、この優しさ、この笑顔。こういうヒトを……。



「おねー……ちゃん……、あり……がと……」



 絞りだした声に、うん、ってゆっくり頷いてくれる。


 おねーちゃんは片手でボクを抱き起こしたまま、空いた方の手で手際よく水の入った筒を取り出してそっと差し出してくれた。

 ボクは震える両手でそれを掴む。


 勢いよく傾けようとして零れそうになったけど、おねーちゃんがずっと手を離さないで添え続けてくれていたから難を逃れた。



 「気をつけて、ゆっくり、ね……」



 おねーちゃんに手を添えてもらったまま、今度は慎重に傾けて飲む。



 ごく……っ!?


 がはっ!?



 強張った喉に流すには多すぎ、入るべきでないところに水が流れて咳込む。



「ごはっ……! げはっ! がはっ! がほっがほっごほごほごほっ……」



 ボクは顔を背けられず、そのまま水を吐きだしたためにおねーちゃんの袖を濡らす。

 むせ込みは強く、出すもの何も無いのに何度も何度も気道を絞めつけてくる。



「あらあら」



 焦り一つ見せず、おねーちゃんは背中をさすってくれる。


 むせ込みは止まり、段々と呼吸も落ち着く。


 気を取り直してもう一度水筒に口をつける。 

 ごく……ごく……。

 ぷはっ。


 水筒の中のお水はただのお水なんだけど口当たりも温度もやさしくて、内臓の焼けるような痛みを、気持ち悪さを、洗い流してくれた。


 ボクは水を飲んだあと、おねーちゃんのことぼーっと見つめてた。

 途切れ途切れ、涙が零れてる。


 少しの間見つめ合ってたら、おねーちゃんは思い詰めたように唇をかんで。

 もう一度、ぎゅっとしてくれた。


 力はさっきより弱めてくれてたけど、もっと近くに寄せるようにぎゅっーーとした。


 ごめんね、もっとべたべたついちゃってるね。

 せっかくきれいなのに汚れちゃったね。

 思っても口が動いてくれない。


 でも、何か言いたがってるのを察したのか、もう大丈夫だからね……と優しく言ってくれた。


 そしたら温かい光に包まれた。

 そんな感覚じゃなくて、目に見えて明るかった。体がすーっと軽くなる。

 おなか痛いのも気持ち悪いのも和らいでいく。


 楽になって、眠くなってきた。大きく欠伸をする。



「疲れたでしょう、ゆっくりお休みなさい」

 


 やさしい、心地いい声が耳から入って体全体に届く。

 今にも眠りに落ちてしまいそうだったけど、その前にやっておきたいことがあった。


 トクベツな誰かにあったとき、気持ちを伝える――。

 誰にそう習ったか思い出せないけど。


 今がその時だって思った。



「おねーちゃん……」



 飛んじゃいそうな意識をなんとか保って、ボクはおねーちゃんの顔を正面からみる。



「……どうしたの?」



 抱きしめられてるからとっても近くて。

 ますますきれいなのが分かった。


 やっぱりトクベツだ。

 そう思ったボクは気持ちを抑えられなくておねーちゃんの柔らかそうな唇に自分のものを重ねた。



「……!」



 おねーちゃんが大きな瞳をさらに見開いた。

 そりゃ驚くよね。 


 顔をきれいにしてもらっててよかった。

 ベタベタだったら遠慮してできなかったもん。

 ……そんなことないか、お構いなしにやったかな。


 唇はあまくて、ほんのすこしすっぱい。


 おいし……。なんて思いながら、そっと顔を離し、もう一度見つめる。

 おねーちゃんは目を逸らした。


 頬がちょっと赤くなってる。

 かわいいなー。


 涙を流しながら、もう一度顔を向けてくれて笑顔を作るおねーちゃん。

 服だけじゃなくきれいな顔にまでべとべとついちゃってるよ。


……そっか、顔は拭いてもらったけど、髪の毛が汚れてたから付いちゃったんだ。

 ごめんね。


 汚れていくのを気にも留めないで、おねーちゃんがもう一度ぎゅっと抱き寄せてくれる。

 

 おねーちゃんのいいにおい。やらかい。

 なんだか心が落ち着く。


 涙がほっぺをつたって首に流れていく。

 どっちのものかはわからない。


 心地よさに抱かれて、ボクは眠りについた――。


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