5日目 3 待ち時間と服飾雑貨店
俺は一体……何をしているんだろう。
収穫祭を六日後に控えた街道沿い、峠の麓の宿場街。その中央通りに所狭しと前後左右立体的にも敷き詰めるように広げられている無数の露店。今はまだ昼前の人通りがそこまで多くない時間帯に、俺は女性ものの服飾雑貨の露店の前でさっきからあれやこれやと商品を見回っている。
ヒナとデート。
なかなか煮え切らない俺たちを見て大人たちの計らいでこんな流れになったらしいが……。
恥ずかしいし落ち着かない。正直ほっといてくれとも思うがヒナの不安定さを心配してのことなのはなんとなくわかるし、このところ特にすぐ言い合いみたいになりがちで状況を打開できない感じが確かにあったから、関係改善できればいいな、とも思う。
ただ……こんなことをしていてアヤメとジーナは大丈夫なんだろうか。昨日も今日もそんな話題を出す間もなかった。
昨日は粘りに粘って何とか魚を釣り、帰ってからはひたすら掃除をさせられくたびれたところをさっさと風呂に入らされ、日が暮れたかどうかくらいでバタンキュー。そのまま眠り続け、出会って以来初めて別行動だった詩人君がその時には部屋にいなかったと思うが朝になって耳に息を吹きかけて起こしてきた。ふふふふふってやけに嬉しそうな顔をしてたけど変な気持ちになるから勘弁してほしい。
そんな俺の手を引き食堂に連れ出したかと思えば普段早朝にいないはずのローシェンさんが朝食準備済ませて待ち構えていて急かされて食べ終えれば今度はオレンさんに引っ張られ(物理)街に一軒しかない仕立て屋に連れ込まれてあれやこれやの着せ替え人形。そこまでやって初めて「今日はヒナとデートするんだよ!いい加減男を見せな!」なんて言われて……。
待ち合わせまでまだ時間があるからプレゼントのひとつでも買いなと放り出されたのがさっき。結局着せられたのは糊を利かせパリッとした襟付き白シャツに黒のネクタイとズボン。防寒に外套と襟巻。いつも被ってる帽子が無いから頭が少し寒いかな。
よく晴れて、風も穏やか。寒かったら出かけるどころじゃないもんな。
思えば成り行きでヒナと旅をし始めそのままパーティーを組み続けたけれど、落ち着いて話をしたり二人だけでゆっくり時間を共有するなんてことがほとんどなかった。
旅を始めたころは二人とも不慣れでいっぱいいっぱいでそれどころじゃなかったし。
ヒナの叔母である(会ったことないけど)アカネさんの紹介で“野ウサギと木漏れ日亭”にお世話になってからも働くか森で修行するかで常に誰かしら一緒にいた。ジーナとアヤメに会ってからは常に四人で騒ぎっぱなし。
意識していないわけじゃなかったが、二人っきりのデートなんて初めて。
今更何を話したらいいのだろうか
どんな時間を過ごしたらいいのだろうか。
身なりを整えてもらったけれど落ち着かない。
うまい具合に服飾雑貨屋があったけど、こーゆーのプレゼントするどころか選ぶことすらしたことないし、あいつが興味あるかもどんな趣味かも分かんないのにハードル高すぎないか?
まぁ二年も一緒にいるのに趣味のひとつも知らないほうが悪いのかもしれないけどさ。
花でも買っていったらいいのか。いや、ヒナに花なんて想像つかないな……。枯らすんじゃないか。
でも……、この間のワンピースだってびっくりしたし。ヒナあんな女の子っぽいの着るんだよなぁ。
ただどうせあげるなら特別なやつじゃなくて普段使いのほうがいいか? なんか仕舞っておくとか言って失くしそうだしな、あいつ。
ずっと着けてられる物のほうがいいんじゃないか?
あと、できるだけ落ちそうにないもの。なんたって落ち着きないやつだし、舞剣士だから飛び回るし。戦闘中に落っことしたなんて目も当てられない。
だから、できるだけ落ちそうにない、着けてても邪魔にならない、ぶらぶらしてると危ないから密着する感じのがいいな。
……指輪?
ないないないない! ダメだろそんなの勘違いされて引っ叩かれる!
そんな煌びやかなものじゃなくて、もっと地味でいいんだ。冷やかされるのも嫌だから着けてても不自然じゃないやつ。
あと金属って着けてると痒くなったりする体質の人もいるよな……。木製品だと割れやすいよな。
考えがまとまらずうーんと唸りながら腕を組む。
「あー、アサギおにーちゃーん!」
耳馴染みある声に振り向けば薬草店のベージュさんと俺に懐いてくれている娘のエクリュちゃんだった。
お揃いのほんのり赤みがかった薄黄色の髪はふたりともふんわりした髪質で絹糸のようだ。
「おにーちゃんいつもとおふくがちがーう。かっこいーね」
「アサギさん、こんにちは。エクリュ、こういうときは“今日も”かっこいいねって言うのよー」
「そっかー! おにーちゃん、きょうもかっこいいね!」
「ちょっとベージュさん! 恥ずかしいですって! ……あ、こんにちは。エクリュちゃん、ありがとね」
まだ幼いのに服のよさに気付くなんてセンスがいいけど、こういうときは参るなぁ。ベージュさんまでからかってきて人が悪い。
「えくる、しってるよー。きょうはヒナおねーちゃんと“でえと”なんだよね! いーなー。えくるもおにーちゃんとおでかけしたーい」
「な、、なんで知ってるの!?」
不意打ちで言われ素っ頓狂な声が出てしまったし、自覚していても人から言われるのはまた別物で、デートと直球で言われて顔が熱くなる。
「ふふ、まぁいいじゃない。私もあと五年若かったらなー」
「え、全然現役ですよね?」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。でも今日はダメよー。ヒナちゃんに怒られちゃう♪」
冗談めかすベージュさん。このくらいの余裕をヒナも持ってほしいところだけど、あいつ全部真に受けるからなぁ。
「ねー。こんどえくるとおでかけしてー。やくそくー」
「もー、またエクリュのやくそくーが始まったわ」
「はは、そうだね。おでかけしよう。……じゃあ、ゆびきり!」
腰をかがめエクリュちゃんと目線を合わせて小指を立てた右手を差し出すと、エクリュちゃんも同じように右手を出す。
「ゆーびきーりげーんまーんうそついたらぞーんびぱうだーのーますっ! ゆびきったー!」
は?? ゾンビパウダー?? あどけない口から出てきた不穏すぎる単語に固まる。
「エクリュ、それは禁忌よー? 気にしないでね、アサギさん。それじゃ、素敵なデートになりますように!」
ばいばーい。と手を振るエクリュちゃんに手を振り返しベージュさんの笑顔につられて微笑み返す。いやでもめっちゃ気になる。ただの薬草屋……だよな。
母娘を見送っていると背後からけたたましい蹄鉄の音が石畳を激しく打ち付けていくのが聞こえる。
「うわっ! あぶねぇ!!」
とっさに避ける。猛スピードで馬車と2頭の騎馬兵が大通りを駆け抜けていった。
体格のいい馬に装飾のたっぷりついた軍用馬車だ。
「ったく、こんな時期に何考えてんだ。誰か轢かれるぞありゃ」
走り去っていったほうを睨みつける。見える範囲で被害者はいなさそうだが……。
「……お?」
馬車を避けた拍子に手をついた脇にあったもの。うん、これなら邪魔にならないし、こーゆーの着けてるの見たことない割にあってもよさそうだな。これはいいぞ。
やっと決まったかい、と温かい目で見守っていてくれた店番のおばちゃんに代金を渡す。
ふと、周りがざわつくのが聞こえた。
「お、おい……!」
「なんだありゃ……!」
「なんか飛んでるぞ!」
「おい! こっちに落ちてきてないか!?」
「危ないぞ!」
「なんだよっ!?」
慌てて振り返り見上げると
「おにーちゃーん!!」
「アヤメっ!?」
急降下というかむしろ落下してきたのは二日ぶりに顔を見た少女。容赦なく俺の薄い胸元に飛び込んでくる。落ちてきた理由は飛んでたからなんだろうけど勢いを殺しきれずそのまま石畳に打ち付けられる。肋骨折れるっつーの!
「いってぇ……! ったく何すんだよっ……っておい! 大丈夫か!?」
「はぁっ……はぁっ……」
いつも無邪気で奔放なアヤメの顔は腫れ、腕には痣があり服も汚れている。身なりの世話はジーナがするから乱れていることなんて旅に出ている時くらいのものなのに。
それに呼吸も荒い。よほどの事態か。
「お、おい! アヤメ! なにがあった!?」
と問いただしたが乱れた呼吸で返事もままならないようで。周りに人だかりができ目立ってまずい。こいつお尋ね者なんだしどうにかこの場から離れないと、と自分の体の痛みなど気にする余裕もない。
「あっ!また何か落ちてきそうだぞ!」
誰かがそう叫び、人々の視線が空に向く。チャンスだ!
アヤメの脇と膝に腕を入れて抱きかかえ走る。腕っぷしに自信は無いが、アヤメくらいなら運べる。視界の端に見覚えのある小さな人影。自分の髪色に似た明るい緑みの青。
あれは……生意気なクソガキ……コイズ?
拳を突き出し親指を立てている。やるじゃねーか、助かったぜ、ありがとな。
視線でそういい頷き合う。
「いっけね! ただの鳥だった!」
俺が人込みを抜けたくらいにそう言った声がかすかに聞こえた。
大通りから脇道へはいる。ひとまずは、できるだけ人気の無いところへ……!