4日目 1 内緒話と砂遊び
小鳥のさえずりと窓から差し込んだ朝日であたしは目を覚ました。
眠い目をこすりながら毛布をはいで固いベッドを降り陽の差す窓へと数歩足を動かす。
日差しを遮るほどの厚みは無い申し訳程度についた色褪せた茶色いカーテンをそろそろと開けると一層眩しく一度瞼を二枚貝の様にきつく閉じ、それから恐る恐る開ける。
空が彼方まで青く広がっていた。
昨日の雨模様とは変わってすっきりとした晴れ。
外の空気を吸いたくて建付けの悪い窓を力ずくで開く。
パラパラと木くずが落ちたけど窓が外れたわけじゃないから気にしない。
まだお日様の角度は浅く空気はひんやりしていて、氷の精の息吹が寝ぼけ眼のあたしを覚まさせる。
伸びを一つ。
背筋がグッと伸びて体中に滞っていた流れが巡っていくようで気持ちがいい。
調子の悪かった昨日が嘘みたいに体が軽いから、伸びのついでに柔軟体操をする。
体幹や腕、脚など隅々まで縮こまった筋肉を引きはがすようにじっくり伸ばす。
舞剣士のあたしにとって身のこなしは何より重要な能力。
そのために体の柔軟性は欠かせないの。
なんて。ここ3日くらいサボってたから体がなまって伸ばしても伸び切らず気持ち悪い。
ジーナもアヤメもいないことだしゆっくり時間をかけてほぐしていく。
居たら間違いなく突っついたりくすぐったりして妨害してくるからね、あの二人は!
◇
柔軟が終わり、着替えて朝食を摂ろうと食堂のある一階へと向かったけれど、今日の野ウサギと木漏れ日亭はなんだかそわそわしている。
みんな何をそんなに忙しくしてるのか、聞いても教えてくれない。
おじさんはアサギを連れ出して居ないし
他のみんなはひそひそ話。オーツーまで!
一人で食べては味気ないでしょうとチトセさんが向かいであたしが食べるのをテーブルに両肘ついて組んだ両手の甲で顎を支え、何を話すでもなくニコニコと眺めてたのには少し辟易したけれど害はないからまぁいいや。
朝食を食べ終えるころにはどういうわけか薬草店のベージュさんが娘のエクリュちゃん連れてやってきて、何か話があるからと言ってあたしは流されるままエクリュちゃんを連れて野ウサギと木漏れ日亭の裏庭で砂場遊びなんてやってるわけ……。
「ねぇねぇおねえちゃん! みて! おしろ!」
さっきからせっせとこしらえているのはどう見てもただの山なんだけど彼女的にはお城らしい。
「わー! 素敵なお城だね!」
合わせてみるけど、辛い。すぐに言葉が途切れちゃう。
子供の相手って苦手なんだもの。
「エクルはねー! おひめさま! ここにいるの!」
そう言って砂でできた山の八合目あたりを指でずぶずぶ穴開ける。
ええ……。
「おねえちゃんはねー! まじゅう! どらごんかー、べひもす! どっちがいい!?」
何その二択……。微妙……。
「えーと……」
「おーそーいー! はやくしないとみにくいオーガにしちゃうよ!」
せっかちなの……でもって選択肢なんで増えてるの……。
子供相手に真剣に突っ込みするのも大人気ないから飲み込んでいると、あたしの背後から声が聞こえた。
「フハハハハハ!我こそは魔王なり!世界を滅ぼす手始めにこの城を攻め姫をもらい受けようぞ!」
「きゃぁぁぁぁ。まおうがせめてきたわーたすけてーゆうしゃさまー」
「は?」
「は?じゃなーいー。『そうはさせるか、まおう。このゆうしゃがあいてだ』だよ!」
状況が読めず停止するあたし。
辛うじて首を後ろに回すとそこにいたのは一昨日一緒に森へ出かけた建具屋の息子コイズだった。
「宿のオヤジさんに剣の稽古つけてもらおうと来たんだけど、オヤジさん留守してやんの。家に帰っても誰もいないからちょっと時間つぶそうと思ってたら声が聞こえたから来たんだよ。……フハハハハハ! 助けを求めても無駄である! 誰も来ぬわ! 姫よ! 大人しく我が手中に落ちるがいい!」
「いいえー。くるわー。ゆうしゃさまはきっとくるわー」
ノリノリに即興セリフを言う彼に対し、お姫様モードで対応するエクリュちゃん。
だけどセリフが棒読みすぎるわ。
っていうかあたしほんのついさっきまで魔獣役になりそうだったんだけど即興で勇者とかついていけないんだけど。
「そ、そうはさ、させるか、魔王! こ、この勇者があ、相手だ!」
とりあえず指示通りのセリフを吐く。だ、ダサい……。
「フン、勇者だと! 非力な人間風情に何ができるというのだ! 我が力を思い知るがいい!」
コイズはずかずかとガニ股で近づいたかと思うと砂山の端を踏み潰した。
「あー! エクリュちゃんが一生懸命作ったのに!」
こんなことをされては泣かれてしまうのではないか、そう心配してあたしは思わず叫んでしまったところ、思わぬ反論が返ってきた。
「おねーちゃん! いまはちがうの! こわしていいのー! きゃぁぁぁぁ。まおうにおしろがこわされてしまうわー。だれかー、だれかー」
コイズは両肘を肩の高さにあげ力こぶを作る腕の形にし口でずうん。ずうん、ハハハハハと言いながら引き続きガニ股で砂山の周囲を少しづつ踏んで崩していく。
エクリュちゃんはきゃーきゃーたすけてーと棒読みしながら笑顔で騒ぎまわっている。
「え、と……あんたたち、そんな仲良しだったの……?」
付いていけないあたしはそんな突っ込みを入れるので精いっぱいだったけど、案の定、魔王の進行を食い止めお姫様を救い出すのが勇者の使命よと幼子に指示され勇者様ごっこに付き合わされたのだった。