3日目 13 敏腕給仕と食堂繁盛記
ピンクのワンピースのせいで町娘にしか見えなくなったドルイド僧オーツーと、赤毛の破壊魔とオレが内心で二つ名を与えたヒナが中心になって食堂に輪を作り一通り状況説明を終える頃、今日は昼の食堂を開けるのかと馴染みの客が扉の無い入口から顔を覗かせる。
気付けばそろそろお昼時、こうしちゃいられないと動き出す料理人ローシェン。
トレードマークの赤土色したポニーテールを揺らし「あんたたちも手伝いなよ!」と檄を飛ばすと若者たちは跳ねるように立ち総出で準備を始める。
「野ウサギと木漏れ日亭」に限らず、宿屋は食堂を兼ねることが多い。
その営業時間はまちまちだが、うちでは都合の付く限り昼と夜の二回営業にしている。
と言っても人手や仕入れの問題や宿泊客の少なさから夜は休みがちだが、その分昼の客入りはこの宿場街の中でもかなり多いほうだ。
それはひとえにローシェンの作る料理のうまさのおかげだろう。
ただ赤字ではないものの利益率は多くないため宿の経営安定にはなかなか届きそうもない。
飯がウマいのに宿泊に結びつかないのは不満を通り越して不思議でしかないな。
などと考えつつオレはあくびを噛み殺しながらのっそり立ち上がっていると名指しで呼ばれた。
「ラスト! あんたもぼさっとしてんじゃないよ!」
「へいへい。だりぃな……」
錆色の後頭部を人差し指で掻きながら厨房へ向かう。
人使い荒いな……、給金出してるのオレなんだけどな……。
とぼやいていても仕方ないのでオレはアサギと厨房に入り、調理の心得が無いヒナとオーツー、それに詩人の三人が給仕側に回るが仕事に慣れておらず心許ない。
準備の時点で同じことをやり出して連携が全くなっていないし指示が出せるやつもいない。
何より全体が見えてない。
かといって厨房の仕込みも手が足りないから助けに向かえない。
「……なあ、おい」
「……あれじゃまずいですよね、俺表出ますか?」
アサギも同じことを考えていたようだ。
ローシェンはしばらく食堂の様子を小窓から眺めて、首を引っ込める。
「いや、大丈夫そう」
何か確証のある言い方、食堂では彼女の判断がすべてのためそれ以上何も言えず。
そろそろ営業開始、どうしたもんかと気を揉んでいると「おはよー!」と宿を震わせるような威勢のいい声が飛び込んできた。
「遅かったね!今日は休みかと思ったよ!」
「悪いね!雨上がりでつい布団干してきちまった!」
現れたのはローシェンと同じくらいの年の恰幅のいい女性。
ローシェンより色味の強い鮮やかな黄赤のショートカットから覗く耳に輝くピアスが目を引く、うちのベテラン給仕オレンだ。
「おーおー新人が二人に暴走娘かい!こりゃ働き甲斐があるね!」
「お手柔らかに頼むよ!」
言いながら腕まくりをするとそこらの男よりよほど鍛えられているであろう筋肉質の腕が現れる。
厨房から食堂へ料理を渡す小窓を通してローシェンとオレンがやりとりすると、まだ十分でない給仕の準備を進める。
オレン一人で給仕を担当できるくらい頼もしいことこの上なく、彼女がいるならとこちらも厨房に専念できる。
客の量にもよるが準備さえ整っていればローシェンとオレンだけで食堂は切り盛りできる技量の持ち主だった。
収穫祭前で街に滞在者が増えている上に雨降りで出立を延期した旅人も多かったのか開店と同時に4人掛け10席ある食堂はすぐに満席、外には順番待ちの列までできている。
「はい君これ2番持ってって!その足で4番下げて!」
「ごめーん!ウサギのグリル落とした!一つ回して!ヒナすぐモップ!」
「ごめんなさぁい!」
「どうもありがとうございましたー!お嬢ちゃん笑顔!声小さい!」
「あ、ありがとうございましたっ……!」
洗い物専門にポジション変わったオレが合間にわずかに見えるのと声を聴くだけでも5人分くらいの動きをしているオレン。
あいつ絶対後ろにも目がついてるだろ……。
でもって怪物はここにもいるわけで、次々料理を仕上げていくローシェン。
「はいよー!ウサギのグリルすぐ出る!]
焼時間さえ早まってないか? どんなからくりだ?
きっと手が10本くらいついてるぞ。
空いた席も次々に埋まり目の回るような忙しさだったがオレンが給仕の三人を仕切ってくれたおかげで非常に流れ良く客を捌いていくことができた。
「ありがとうございました!」
最後の客を見送り、「準備中」の札を玄関脇に掲げる。
「ふー、おつかれー!」
「おつかれさまでーす」
「おつかれさま、でした……」
食堂側はとりあえず一息ついたようだ。オレはまだ洗い物から手が離れない。
「オーツーだっけ?あんた慣れないにしてはよく頑張ったね。そっちの詩人君も。まぁヒナは別としてさ」
「あ、ありがとうございます……」
照れた表情になるオーツー。
詩人もさわやかな笑顔で謙遜と礼を述べる。
納得いかないもう一人は抗議の声を上げる。
「なんであたし別なんですかっ!?」
「すぐ落とす、すぐぶつかる、すぐこぼす」
「うっ……」
「お前のおかげで十皿は余分に作ったぜ。俺の担当したのばっかり落とすの嫌がらせだろ」
言葉に詰まるヒナに解放されたアサギがわざわざダメだしすると、我慢できず反論が出る。
「だからごめんって言ったじゃない!」
「はいはい落ち着いて。お腹が空くと怒りっぽくなってダメだねー。さ、少年少女たーんとお食べ!」
いつの間にやらローシェンが賄い料理を用意し運んで行った。
手際よすぎるぜ、全く。
「私は墓守の館にお昼届けるよ。欠食幼児たちがめぇめぇ泣いてるだろうしさ」
人数分の弁当を背負い鞄と手持ち袋に詰めて上着を羽織り今にも出発できる装いだ。
数十人ぶんの料理を捌いて尚休憩なしとは恐れ入った。
「欠食幼児?」
「あの四人誰も料理できないからね」
誰ともなく「あぁ……」と声を出し納得する。
「あ、あたしも! 荷物持ちについていっていいですか!?」
「え? 構わないけど……食事はいいのかい?」
「帰ってきてから食べますから!」
「やめとけー。あとでドカ食いしてみっともない腹を晒すだけだぞ」
アサギがむき出しのヒナの脇腹を人差し指でつつくとヒナは悲鳴を上げて飛びあがる。
「ひゃっ!? な、なにすんのよ!!」
当然反射的に手が出るのがヒナ。
止める間もなく振り返りざまに拳をアサギの脳天に叩きつける。
「痛って!なんで叩くんだよこの暴力女!」
「デリカシーなさすぎんのよ!」
「ふん!」
「ふんっ!」
お互いにそっぽを向く。
やれやれ。これは別々にする方が無難だな。
墓守の館に食事を届けるのにローシェンとヒナ。
手伝いに来たオレンも帰り道が同じだと同行する。
アサギ、詩人の彼、オーツーにオレの四人で終わっていない客室の清掃を片付ける分担だ。
やれやれ、ケンカされないだけマシだがまた午後もこりゃ忙しいな。
◇
そして日がとっぷり暮れた夕方。
「オーツー!無事なのっ!?」
食堂で休憩していた私の下に、普段はお人形さんのような顔立ちを崩さないちーさまがほとんど白に近い淡い緑色の長髪を乱し顔色を変えて飛び込んできました。
「ちーさま?」
「ああ……!よかった!私のオークルオードちゃん!」
私は師匠である美しいエルフに抱きしめられ頭を撫でられる。
「ちーさま、苦しい。そして恥ずかしいです」
「何を言ってるの、アナタの身にもしものことがあったら、私……」
「ちーさま……」
心配されている、大切にされている。
そう感じさせてもらえるのは親に干渉してもらえず寂しく育った私には贅沢なものだった。
心にも体にもぬくもりをいっぱい感じられる。
……と思ったら服の上からまさぐってきた。
「公衆の面前でおやめください」
「あら、私は気にしないわよ?」
「私が気にします!」
「ほーんと、固いわねオーツーってば。それで、何があったの?」
珍しくあっさり解放された私はこの日何度目かとなる事情説明をする。
「――まぁ!法衣だけでなくそのまま男たちに嬲られ辱められて牝としての悦びに目覚めてしまえばよかったのに」
何故か目を輝かせながら素晴らしい機会を逸したと言わんばかりのわずかに残念そうな表情で感想を述べる。
この人のこういうところは本当に残念で、心の底から心配してくれていたと思ったのが裏切られた気持ちになり私は思わず暴言を吐いてしまう。
「ふざけんなこの腐れエルフ」
言い放った言葉に対し、頬に手を当て恍惚の表情を見せられたのには絶句する以外ありませんでした。