3日目 12 状況報告と責任の所在
で、なんだこれ。
なんだか嫌な予感がして急いで帰ってきてみれば、あるべきもの……昨日新たに鎮座したはずの玄関の扉(木製、蝶番は鉄製)が無残な形跡を残して無くなっている。
一昨日俺自身とともに吹っ飛んだ時と同じような「もぎ取られ方」をしている。
果物の収穫じゃないんだぞ。
宿の前の道を挟んだ向こうのぬかるみには見覚えのある色の木片が散らばっている。
建物の中は……床に焦げたような黒い跡がある。……げ、天井にもあるぞ。
「おかしいだろ色々……」
思わず声が出る。
「あ、おかえり~……」
俺らが玄関で立ち尽くしているのに気付き声をかけてくる赤髪の少女。
食堂の一角で吞気にお茶なんぞしやがって。張本人であろうヒナと……あれ?
全身黄土色だったはずのオーツーが着ているのはヒナが一昨日買って夜に騒いだ際にビールこぼして染み作った淡いピンクのワンピース。
なんで着てんの?
「ちょっと、色々ありまして……」
だろうよ、予想付くよ。
それにしても色々ありすぎだろ。
「と、とりあえずさ、疲れたでしょ、座って。説明するからさ……あ、お茶淹れるね」
ヒナがそわそわして柄にもなく気を利かせている。イスを引いて着席を促したと思えば台所へお茶を淹れるためのお湯を取りに行った。
さっき怒ったばかりだから余計にか。
目は全く合わせてこない。
惨状を見て俺も顔が引きつっていたのかもしれない。
「はぁ~重かった~!」
大きなため息をつきたいのを誤魔化すように大声で息を吐く。
二人の居る食堂へと進み、詩人君と二人両手いっぱいと背中に背負った荷物をテーブルの上に置く。
雨が上がったため予定より多く買い込んできたのだった。
「お疲れさま、重くなっちまって悪かったな」
俺は君をそう労う。
いえいえ、と涼しい顔をしていて吟遊詩人のわりにタフだよなぁと俺は思う。
もっとこう、ひょろひょろ~って感じでもおかしくない。
などと考えながらテーブルに着くと、ちょうどヒナの淹れたブレンドハーブティーが湯気を立てて運ばれてきた。
零れることなく無事に到着、ただしちょっと薄い。
焦って淹れたな、と思いつつもやってくれたことに水を差すことになるので我慢。
少しづつすすりながら出来事を聴く。
「間一髪間に合ったってとこか……」
「はい……」
しょげたオーツーが俯きがちに返事をする。
それだけ怖い思いをしたのだから仕方ない。
もっと取り乱していてもおかしくないがそこはチトセさんの弟子だけあってそれなりに鍛えられているみたいだ。
詩人君も落ち着くことができるようにと穏やかな旋律を竪琴で奏でてくれている。
「でね……、アサギにお願いがあるんだけど」
「なんだよ」
ヒナもまた話すうちに落ち着きを取り戻しいつもの図々しさが戻ってきた。
いつまでもビクビクされるのも鬱陶しいが終わったことにされるのもなんだかな。
「そんな嫌な顔しないでよ……オーツーの法衣縫ってあげてくれない?チトセさんからもらった大事なものなんだって」
「なんで俺が……」
「アンタ手先器用でしょ? それともあたしが必殺ガタガタ縫いしてもいいっていうの?」
意味の分からない脅しをされるが、それをやられたら目も当てられない事態――おそらく二度と着れない法衣だったボロキレとして認定されるだろう。
「ガタガタ……不器用さを自慢げに言うな。わかった、わかったよ。今日の夜にやってやる。今はまず店のことやんなきゃ無理だ。このままの状態を親父さんに見せられねぇ」
言って俺は気持ちを落ち着けるには香りの不十分なハーブティーに口をつける。
「誰に何を見せられないって?」
「ぶっ!」
「きゃっ!」
――瞬間。全員の背筋が凍る。
背後から唐突にかかった声に驚き口に含んだお茶を吹き出した。
「ちょっとぉー!!汚ーい‼」
正面にいたため思いっきり吹きかけられたヒナが抗議の声を上げるも俺は詫びの言葉を続けられなかった。
いや、出せなかった。
普段の声より三段階は低い地鳴りのような声には困惑と怒りがひしめく。
現役時の二つ名「血濡れの赤錆」を彷彿とさせる凄みを纏ったオヤジさんの姿がそこにあった。
肩がわなわなと震えている。
「なぁ、昨日ここに扉付けたよな? 夢じゃないよな? オレ確かに請求書もらったんだ……ほら、ここに……なんで請求書だけあって直したはずの扉が無いんだよっっ‼ あ、あれか? 魔物に騙されたのか? 幻視なのかっ? なぁ! なんとか言ってくれぇぇぇ‼」
「あちゃー思ったよりダメージ大きいねこれ」
その声は建物にあてたものか、その宿主にあてたものか。
頭を抱えている親父さんの後ろで淡々と扉と生き別れになった柱の傷痕を調べていたローシェンさんがこちらに向き直り、軽い口調で問いかける。
「で、何があったのかな?」
「わ、私のせいなんです!私があいつらを追い払えなかったから……!」
真っ先にオーツーが少し震えながら声を上げる。
「違うの!あたしがこの子をほったらかして出ちゃったから、あたしの責任なの!扉を壊したのも宿の中を焦がしたのも、全部あたしがやったの……。」
オーツーをかばってヒナが立ち上がる。
またちょっと涙声になっていないか?
というか、そんなこと言い出されたら……
「いや、俺がヒナにはっきりと留守番頼むって言わなかったからだ。過信した。だから悪いのは俺なんだ」
だんまり決め込むわけにもいかなくて。
もうどうにでもなれ、という思いで自分の非を述べる。
「んー。まぁとりあえず。それを言うならあんたたちに留守番を押し付けたラストのせいかな」
「おいおいそれはあんまりだろっっ……」
次々に謝り倒す光景にローシェンさんは困った顔をしながら感想を述べ、親父さんが困惑した表情でツッコむ。
「それぞれ自分が悪いって言うなら修繕費はみんなで割り勘ってことで。なにがあったのか順を追ってはなしてもらっていいかなー? あ、忙しくなりそうだから手短にお願いねー」
言いながらローシェンさんは空いている椅子に背もたれを前に抱きかかえるように座る。
割り勘には自分も含まれるであろう提案を聞いて崩れ落ちる親父さんが気になりながらも俺たちはさっき話したばかりのことをお互いの事実確認を交えもう一度繰り返すのだった。
3日目AM一区切り!
話は午後に移っていきます~~