3日目 11 ヒナとオーツー ゴロツキと舞剣士
初めてのヒナ活躍回!
扉が大きく開け放たれ、赤い髪が揺れる。
「ヒナさん‼」
今にも中身が零れ落ちてきそうな大きな紙袋を抱えながら、そこにはヒナさんが片足で立っていた。
こちらに向けられている左の足裏。
あ、この人手が塞がってるからって蹴って玄関開けたな。
いますよね、こういう行儀の悪い人。
こういう場面に出くわした時にカッコつかないのでやめたほうがいい。
恥ずかしいから他人の振りしたいですがもう名前呼んでしまいましたしね。
あーあ、残念。
法衣を切り裂かれて囚われている危険な状態なのに私はなんだか拍子抜けしてしまった。
「その子から手を離しなさい!」
「おーおーこりゃまたかわいこちゃんじゃねーか」
「気が強そうなのがまたいいねぇ。俺はこっちのほうが好みだぜ。どんな声で哭いてくれるのかなぁ~?」
デブハゲがペラペラ喋りながらヒナさんに近づいていく。
ヒナさんは玄関脇に紙袋を下ろす。
よっこいしょって声聞こえるし恥ずかしい人ですね全く。
「お嬢ちゃん、黄色い髪の子はどこ行ったか知らないよなぁ~」
「知ってたらどうだっていうの!?」
横に二人分はありそうな大男を前に睨み返す。
え、言うの……あほなの……。
「けっけっけ! こいつは傑作だ! 正直に話しちゃうなんてバカ正直なのかなぁ~? お嬢ちゃんも味わった後にゆっくり居場所教えてもらうよぉ~って、あれぇ? お嬢ちゃん目が赤いよぉ? さては男にフラれたのかなぁ~? 俺たちが慰めてあげるぜぇ~」
「お断りよ!」
一閃。腰に携えた短剣を鞘から抜きざまに振っただけでデブハゲが倒れる。
切っ先は触れていない。
そんな距離じゃない。
なに?
何が起きたの?
「このアマぁ!!」
怒ったひょろっちいのが私に突き付けていた刃物をそのままヒナさんに投げつける。
ヒナさんが腕を振るうとナイフは落ち、ヒョロは倒れる。
何が起こってるのかわからない。
ヒナさんはただ短剣で空を切っているだけ。
「とっとと手を離しなさい!」
「るせっ! それ以上近づくとこいつの首へし折るぞ!」
あっけなく仲間を倒されて動揺したツンツンが私の口元を押さえていた手を首へずらし、鷲掴みにして圧迫する。
「ぐっ! ぐうううう……!」
口が自由になったのに唸り声くらいしか出せない。
ちょっとシャレにならない。く、苦しいんだけど……
「そう? 近づかなきゃいいのね」
少しは焦ってくれるかなぁ。
この状況下でのマイペースさに嫌気がさす。
「ああ⁇」
「オーツー、ごめんね。あたしが留守にしなきゃこんなことには……」
あ、そこ悪いって自覚あったんですね。
よかった、ほんの少しだけ見直しました。
ツンツン頭の腕に一層力が入り、絞められすぎて口角から唾液が漏れる。
すぐ助けてくれるのかと思ったら今度は目を閉じ腕をだらんと脱力した姿勢をとっているのが辛うじて開けた私の目に滲んで映る。
ちょっと早くしてほしいですけど……
「炎、焔、円、園、堰、縁、延、遠、宴、演……」
耳に聞こえるは詠唱らしき言葉。
ヒナさんの背後に炎のようなものが浮かんで見える。
絞められて錯覚が見えてるのかな……。
床や壁に燃え移ってもおかしくないほどに激しく緋く揺らぐ。
私からはずいぶん離れているのに顔や露出した脚に熱を感じる。
錯覚じゃない……?
何この人こんな力持ってたの……。
「焔神全開!」
背中の炎が一瞬、煌めいた。
ヒナさんがその場で舞うように螺旋を描きながら真上に高く飛んだと思うと焔は閃光となってこちらに向かってきたものだから私は目を閉じ体を強張らせる。
来ると思った衝撃は無く、一瞬遅れて背中を押された感触。
首の圧迫が外れ、ツンツン男は倒れた。
私は解放されたものの何が起こったのか理解できず、倒れ込みそうなのを咄嗟に伸ばした両手と両膝で支える。
ヒナさんはその場に着地し短剣を鞘に納めると、四つん這いで咳込んでいる私の元へ駆け寄ってきた。
「オーツー! ごめん、大丈夫??」
むせながら目だけを動かし顔を見ると宝石みたいな透き通った緋色の瞳には今にも流れ出しそうな涙。
泣きそうになってる……?
泣きたいのはこっちなんだけど……。
そう言ったところでどうせ泣くんでしょうこの人は。
全く、泣き虫はずるい。
「大丈夫、なわけないじゃないですか……」
「そうね、……ごめんなさい……。ケガはない?」
「怪我はないです。でも、法衣が、ちーさまにもらったローブが……」
嫌味の一つも言わないと腹の虫がおさまらないので言ってやったけど、それより重大な事件が起きていたことを私は思い出す。
胸元と太ももが露わになるくらい裂かれてしまった法衣。
私があの方に弟子入りするのに特別にあつらえてもらった一品。
魔力耐性を備えた特別な布で作られているの。
こんな大事なことより赤髪のおまぬけさんのほうに気が行ってしまうなんて。
「ああ、ほんとね……」
真っ先に動転しそうなのにヒナさんはやけに落ち着いている。
「大丈夫、このくらいなら何とかなるわ。それよりオーツー、どういうこと? 法衣で分からなかったけどあたしより胸が大きいじゃない。助けるんじゃなかったわ」
「なんですかそれ!」
「っさいわね、そのままの意味よ。はー、やだやだ。まずは着替えて暖かいものでも飲んで。何があったか教えてくれる? あたしの服で着れるものあると思うから」
さっきまで病人面していたのがどこへやら。
すっかり形勢逆転していてなんだか納得いかないけど、今は言うとおりにするしかないか。
「はい……。――っ! ヒナさん、うしろ!!」
「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
油断しきっていた。
倒れていたはずのヒョロ男が一人、立ち上がりまだ予備があったらしいナイフを構え突撃してくる。
よろけた足取りだけど大して広くない宿の中ではあまり関係ない。もう目前だ。
「しつこいわね!!」
身動き一つできなかった私と違い男の声に反応したヒナさんの緋色の瞳が焔のように煌めくと彼女は振り向きざまに短剣を――抜かなかった。
しゃがんだ体勢から右足を軸に身体をひねり、すらりと長い左脚を斜め上方に目いっぱい伸ばし男の鳩尾にめり込ませた。
射程距離の差は歴然だった。
男はそのまま吹っ飛び、玄関の扉を巻き添えに外まで飛んで行った。雨をふんだんに含んだ泥が盛大に跳ねる音が聞こえた。
「あんたたち!これ以上痛い目見たくなかったらとっとと出ていきなさい!」
一喝。倒れたデブハゲが飛び起きたかと思うとツンツン男を担いであたふたと走り去っていく。
その様子を満足げに見ているヒナさんだったけど私は室内の惨状が気になった。
玄関の扉が無くなっているだけでなくさっきまでヒナさんが立っていたとこ、床と天井が焦げたように黒ずんでいる。
いえ、焦げたように、ではなく本当に焦げている。焦げ臭い。
「宿が……ボロボロ……?」
「ありゃあー……またやっちゃった。」
大暴れ娘が後頭部を掻く。
「また? そういえば昨日修理か何かされてましたよね……」
「あ、ううん気にしない気にしない! さ、お着替えお着換替え~」
私は誤魔化しきれていないヒナさんを不審に思いながらも背中を押されて二階へ上がっていった。