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野ウサギと木漏れ日亭 #ウサれび【電子書籍化作業中】  作者: 霜月サジ太
3日目 ~墓守の館と生ける死人《バンシィ》~
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3日目 9 お風呂の侵入者とお店の覗き

予約投稿にしたつもりが大失敗!笑


お待たせしましたお風呂回!

 濛々(もうもう)と沸き立つ湯気。

 野ウサギと木漏れ日亭より随分小さい、三人も入れば手狭になるような館の浴室。

 まるで私がずぶ濡れになる(こうなる)ことを見越していたかのようにお風呂が用意されていました。

 ご丁寧に着替えまで……。


 確かに急な出発でしたからほとんど手ぶらで来てしまいましたが、この用意周到さは訝しさを感じます。

 仕組まれているのかしら。


 でもアヤちゃんのモップ作戦は思い付きとしか言いようがないですし……。

 などと考えを巡らせるよりも、今はとにかく早く冷えてしまった体を温めたいですわ。


 頭にかぶったモップのせいで埃をたっぷり含んだ泥水が滴る柔らかい黄色(レグホーン)の髪。

 汚れが絡んでしまっているので念入りに洗わなくてはいけませんわ。


 わたくしは濡れたワンピースを脱ぎ、下着に手をかけたところで視線を感じました。



「誰です……!?」



 危険を感じとっさに浴後に身体を拭くための大判のタオルで身を包みます。



「ふふふ……」

「チトセさん?」



 浴室の影から静かな笑みと共に現れたのは薄い生成りの布でできた下着を纏い鼻血を垂らしたチトセさんでした。

 陶製人形のような長い手足は滑らかで透き通るような白い肌。

 その気が無いわたくしでも目を奪われ思わず赤面してしまうほどです。



「あぁ! 待っていたわこのときを!! あなたがお風呂に入るのをどれほど待ち望んでいたことか!」



 整った顔立ちから想像できないほど欲望のままを表情に表し、まるで獣。



「あぁ! 神よありがとう! 私今日死んでもいいわ! 願わくばジーナさん。あなたのその下着を私の手で外して生まれたままの姿を拝んでから! でももうその格好で我慢できなかったのよ‼ 刺激的すぎるわぁ」

「あなたは精霊信仰アニミズムですよねっ!?」



 興奮のあまり頓珍漢なことを口走り、浴室の床に赤い染みを散らすエルフに対しツッコミを入れるも聞き耳持たず、持ち上げた両手はワキワキと怪しい手つきをしています。


 揉もうと!?揉もうとしているのですかっ!?

 貞操の危機にわたくしはタオルで覆った胸元をさらに両腕で隠します。


 鼻血だけでは飽き足らずだらしなく開けた口からは涎が流れ、正気を失ったような据わった目……。

 これが彼の高貴なエルフ族なのでしょうか。

 目の前に広がる光景にわたくしは戸惑いを隠せません。


 敵は追手の騎士だけで十分だというのに……!



「おねーちゃーん!一緒に入ろーっっ!!」



 脱衣場と廊下を隔てる扉――年季の入った館にお似合いの古ぼけた扉――が外れてしまいそうな勢いで開け放たれアヤちゃんが飛びついてきました。

 ああ、救いの天使ですわ!



「お? なんでエルフがいるのー? あー!!さてはまたおねーちゃんをゆーわくしようとしたなぁ! こーのアバズレっ!」



 あっかんべーと舌を出すアヤちゃん。



「まぁ。口の悪い淫魔ですこと。淫魔にアバズレ呼ばわりされる筋合いはありませんわ。本当に下品ですね」

「なーにーをー‼ その汚い手といやらしい目線をおねーちゃんから離せっ!!」


「あら、まだ触れていませんもの、いやですわ。目線くらいいいではありませんか。減るもので無し。あなたこそ、埃まみれの汚い手で聖女様に触れないでくださるかしら? 雑用は雑用らしくお掃除を早くしてきなさいな。しっしっ」


「もう終わったよ!!手もちゃんと洗ったよ!」

「まぁ、偉いわアヤちゃん。手が洗えるなんて」



 私が離れてからあまり時間が経っていないというのにもう終えているなんて頼もしい。

 手までちゃんと洗って……。


 妹の成長に思わず嬉しくなってしまいます。

 当の妹が一瞬げんなりした表情をしたようですが、気のせいでしょう。


 にらみ合う淫魔アヤちゃんエルフ(チトセさん)

 先に仕掛けるか、応戦するか。

 激しく火花を散らす眼光のぶつかり合い。


 私を守るため前に躍り出たアヤちゃん。

 外套コートを羽織っていないためむき出しの背中が私の視界を塞ぎ、視線は釘付けです。


 敵に集中しているばかりに無防備な背中。

 その背筋を指でなぞってあげたいですわ……。


 わたくしが衝動をこらえきれずにアヤちゃんの背中に手を伸ばそうとしたその時、唐突に再びお風呂場の扉が開きました。



「ン? ナンダ、ミンナ入リタイノカ?」



 土色の肌にバスタオルを巻いたバンシェンさんがとぼけた表情で聞いてきます。

 これまた抜群のプロポーションをお持ちの墓守様。


 3人同時に相手……などと考えると気が遠くなるのでした……。





    ◇



 朝に比べていくらか弱まった雨の中、あたしは宿を飛び出し宿場街に向かって駆けていった。

 初めは濡れようが服や外套マントに泥が付こうがお構いなしだった。


 でも、ふと我に返って立ち止まる。

 どーしよ……。

 あたしにできること、荷物持ち。

 オーツーの言葉に触発され勢いに任せて宿から飛び出したものの、買い出しという言葉以外にアサギを探す手掛かりが無い。

 そんなに広くはない宿場街とはいえ特定の人を捜すとなると難しい。

 

 寄りそうなところも多すぎて分かんないよ……。

 手当たり次第に聞こうものなら夫婦喧嘩か?とか迷子かい?とか言われるに決まってる。

 変に顔が割れている分みんな言うことに遠慮がない。

 それは親しみを込めてるってことなのかもしれないけど、言われるの恥ずかしいしうまく答えられないしでやっぱり聞けない。


 途方に暮れとぼとぼ歩く。

 見つけたいような、見つかったら恥ずかしいような。

 何と言っていいやら気持ちもまとまらないまま征く当ても定まらず人目を避けるように細い路地を選んで歩く。

 暫く彷徨っていると、見覚えのある建物が視界に入った。



「あれ……、ここは……」



 こじんまりとした一軒のお店。

 露店ではなく小さいながらも木造の店構えで住居を兼ねた二階建ての造り。

 アサギにくっついて何度か来たことがある薬草店だった。


 旅人の往来が激しい街道沿いの宿場街にとって欠かせないお店。

 最近はギルドお抱えの大手薬草店が出店したため以前ほどの賑わいがなくなったけど、こじんまりしたお店ならではの痒い所に手が届く品揃えと独自レシピで調合する丹精込めた薬は熟練の冒険者になればなるほど需要が高まる……って宿のおじさんが言ってたっけ。

 若くして家業を継いだ店主のベージュさんは腕がよく、まだ幼い子を抱えてのお仕事。

 ご主人は娘のエクリュちゃんが生まれてすぐになくなったために店を切り盛りしながら森へ薬草摘みに行くのが難しいそうで、薬草師セージ見習いのアサギが宿にいるときは仕入れ代行を買って出てる。

 昨日あたしたちがジーナたちと別行動したのもここに持っていく薬草を摘むためだったわけで。


 ここにはきっと立ち寄るはずだわ。

 摘んだ薬草を納品しなくちゃいけないもの。

 ここでならアサギが来たかだけでも聞けそう。

 店舗の中なら目立たないし、探し回っている話も外には漏れにくいはず。


 店内に入る前に、気づかれないようそっと窓に近づく。

 軒下になって雨をしのげるのはありがたいわ。

 お客さんいないといいな、と願いながら中の様子を探ると、そこに見えたのは、アサギ……!?


 あたしは目を大きく見開く。

 エクリュちゃんを抱っこしたままベージュさんと楽しそうに笑ってる。

 あたしの前であんな顔見せたことない。

 え、肩をポンポン叩かれて、なんなの馴れ馴れしい。

 アサギの奴、顔赤いし。

 やっぱり子持ちの人ってスキンシップ慣れてるのかな。大胆。

 エクリュちゃんもあんなに懐いて。


 もしかしてアサギってベージュさんのこと……。

 確証はないけど、そう思えてきて。

 窓にそっと触れていた指に無意識に力が入り握りこむ。


 だからわざわざ薬草摘みなんてことも引き受けたんだ……。

 年上の女の魅力ってやつ……。

 もしそうなら、あたしが隣にいることって迷惑なんじゃ……。

 ここまで追いかけてきた意味って何なんだろ。

 

 悔しさと動揺から震えてくる。

 心臓の音が鮮明に聞こえる。

 声を出すか押し入ってしまいそうな衝動を感じた頃、アサギがエクリュちゃんを下ろした。

 視線を外せないでいると二人は二、三言葉を交わしお店の玄関に向けて進む。

 やば……! 見つかっちゃう。


 建物に背を向け急ぎ足で離れる。

 それにしてもあれだけ覗いていて見つからなかったのは運がよかったのかも。

 気付けば雨は止んでいた。


 ……あれ?あたしなんで逃げてるんだろ?

 覗き見ちゃったことがやましいから?

 それはそうだけど、本来の目的はアサギと合流することで、とりあえず荷物持ちにってことにすれば不自然じゃない。

 さらりと言えばいいのよ、手伝いに来たよって。

 動揺するようなことじゃないわ。


 何もしないで帰ったらオーツーに気まずいし、ベッドに臥せってるより質の悪いサボリじゃない。

 だから、やっぱり合流しなきゃ。


 くるり、と向き直る。

 道のど真ん中で立ち止まっていたあたしの脇を人々は怪訝な表情で抜けていく。

 でも、今はそんなこと気にしてられなかった。

 俯いていた顔を上げ、地面ばかり見ていた視線をまっすぐ持っていく。


 と、もうすぐそこにいた。


 先手必勝!

 あたしは声をかける。


「アサギっ!!」



「ヒナ……!?」





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