3日目 5 ジーナとアヤメ① 雷鳴響く暗闇とジーナの迷い
今回R15、百合NTR回です。苦手な方ご注意ください。
音が一切聞こえなくなるほどの轟音と共に突然閉ざされた玄関の重厚な扉。
窓という窓にも帳が下ろされていて真っ暗な空間が作られています。
私たちは薄気味悪い洋館に閉じ込められてしまいました。
何も見えませんが、ここが開けた空間なのか屋根に叩きつけられる雨粒の音と頻繁になる雷鳴が反響し大音量でこの身に降り注いでいます。
いくら耳を塞いでも、直接身体に響くのを感じるほどに。
「え、と……みなさん?平気でしょうか……」
何も見えない真っ暗闇に心がしぼんでいく中、すぐそばにいるはずの――ここまで一緒にきたアヤちゃんたちに向かって投げかけます。
「……」
が。おかしい。返事がありません。
「お、おじさま……?チトセさん……? アヤちゃん……?」
暗闇からかえってくるのは沈黙という名の返事。どうしてでしょうか。
「皆さん……!」
さっきより大きな声でもう一度呼びかけますが……、やはり、返事はありません。
「ど、どなたか……! いらっしゃるなら……返事を! 返事をしてください!!」
漆黒に塗りつぶされた室内、自分までもが闇に溺れてしまいそうな中、必死に叫びました……。
が、空しく響く自分の声だけでした……。
と、いきなり数十人規模の楽隊が一斉に楽器を鳴らしたかのような爆音!
「きゃあっ!!」
稲光は一切見えませんが付近に落雷があったのでしょう。
室内にいることができているのは幸いと言わざるを得ません。
思わず耳を塞いでうずくまりました。うずくまっている気でいますが、暗闇に閉ざされて何も見えないと自分がしている動作さえも自信が持てなくなります。
天井も、壁も、床も不確か。
私の体は本当にここに――寂れた洋館の床に両の足をついているのでしょうか。上下も左右もない世界に一人放りだされているのではないでしょうか。
「誰も……、誰もいらっしゃらないのですか……?」
心が折れかかり誰かに呼びかける気力もなく……力なく呟くしかありません。
返事は……大岩が山肌を転がるような音!!
またも雷の音でした。
外の光の一切が断絶されているため、稲妻は見えず雷音だけが踊るのでした。
「そんな……」
いなくなる?なぜ?先ほどの門番の仕業??
こんな無防備な私になら、一目散に襲い掛かってきてもよさそうなものを。
迫り来るのは暗闇ばかり、こんななぶり殺しにして楽しむのはよほどの悪趣味だと感じますが、それ以前に高度な知能を持った何かであると言わざるを得ません。
本能のままに襲い掛かる魔物ではない、知恵のある者……
己の存在までもが溶けて闇と一体になってしまいそうに感じ、寒さもあって体が震え歯がカチカチと勝手に打ち鳴らします。
さらに何者かに狙われている不安……。
この状況に対して何故か?という問いを立てる以前、一人真っ暗な中に取り残されたという事実だけが頭の中を支配します。
目に涙が浮かび、光ある所ならば視界が滲んでいることでしょう。
幸か不幸かこの世界では何の変化もありません。
「嗚呼……主よ、父なる神よ……どうか救いの手を……」
口からこぼれ出た言葉に自分自身で驚きました。
なんということでしょう。
修道女という立場を捨て教会を逃げ出した身でありながら、背を向けたはずの男神に救いを請うていました。
自力ではどうしようもない状況になるとすがってしまう己の心の弱さに愕然とします。
何と虫のいいことでしょう。
教えに背き、敵対すべき魔のものの命を救った。
教えに背き、同性同士でまぐわった。
教えに背き、快楽の園に酔いしれ、溺れた。
裁かれて当然、救われるはずなどありません。
今まさに、神からの罰を受けているのかもしれません。
怖さのあまり己の足で立つことがままなりません。
しゃがみこんだまま。涙をこぼし震えることしかできない。
主に全てを告白し懺悔すべきなのでしょうか。
しかし私は再び信仰を軸にした生活を送る気も、アヤちゃんを捨ておくことも出来そうにありません。
絶望の淵に立たされている感覚、いえ、既に淵から蹴落とされ深淵なる闇に落とされているのではないか。そう感じます。
誰からの救いも望めず、闇の中で独り。
「助けて……。アヤちゃん……」
私にとっての、私だけの天使。
貴女がいるなら、どんな暗闇だって怖くない――。
ふと、ぼぅっと揺らぐ仄かな光――光ほどはっきりとしていない、もっとぼんやりしたものが見えました。
よくよく目を凝らすと、それはヒトの形の様に広がるのです。
「アヤちゃん……?」
期待を込めて呟きました。
ジーナ……
私の名を呼ぶ声が聞こえます。
声の主は……チトセさん……?
「私はここですわ!」
闇の中で映える――少しでも光が差せば消え失せてしまいそうな、真っ暗闇の中でしか映えない薄ぼんやりした白い靄が音をたてず揺れもせずスッと近づき、はっきりとチトセさんの姿を映し出します。
「ああ……、ジーナ。私の可愛い子猫ちゃん」
チトセさんはさらに近づき、深く濃い緑の瞳で見つめながらゆっくりと屈み、細く消え失せてしまいそうな白い指で私の頬をなぞります。
「アヤちゃんは……おじさまはどうされました……?」
「ここには二人きりよ……。ジーナ。私は貴女のことを、一目見たときからずっと狙っていたの。あの淫魔さえいなければもっと早く手を出したかったのよ。さぁ、ここなら誰にも邪魔されないわ。貴女を……頂戴……」
頬に添えられた指によって顎を上向きに傾けられ、拍子にわずかに緩んだ口元に彫刻のように美しく整った唇が重ねられました。
「……!!」
驚きのあまりチトセさんの体を突き飛ばすように引きはがし、私も不格好に四つん這いで後ずさって離れます。
「ち、チトセさん……!?い、一体何を……」
少しひんやりしたなめらかな感触にもっと触れたい気持ちが湧きながらも、無意識に手の甲で唇を拭っていました。
「あら、ご挨拶ね。朝は受け入れたのに。あなたも望んでいるのでしょう?こういうことを……」
凍るような冷たい微笑みを浮かべ服を少しずつはだけさせながら一歩、また一歩と迫ってくるチトセさん。
「い、いえ、わたくしは決してそんな……」
「素直じゃないのね」
目の前に着いた時には上品なレースをあしらった下着姿の艶めかしいエルフとなっていました。
腰まで届きそうな長い、緑みがかった白い髪は絹を思わせます。
細い首、撫でまわしたい鎖骨、程よく膨らんだ胸、細くくびれた腰と小さく引き締まったお尻、無駄な肉の無い太もも、小鹿のような細いふくらはぎ。
それは生きた芸術。どんな優れた芸術家も生み出すことができない自然が賜った本物。
間近で見る美しさに目を奪われ、上から下まで舐めまわすように見てしまうものの視線を逸らすことはできず見惚れ、顔がどんどん熱くなります。
「さっきまでの威勢はどうしたのかしら?」
目が離せないまま、操り人形になった私は導かれるように立ち上がりました。
あれほど震えて立てずにいたというのに――。
繊細な指が今度は私のワンピースに手をかける。
「いけません、こんなところで……」
「こんなところでなければいいのかしら?」
「それは……」
抵抗することができず滑らかな手つきで留め具が外され、ワンピースが肩を滑り鎖骨が露わになったところでどうにか両手で抑えずり落ちを防ぎます。
「うふふ……さぁ、委ねなさい……」
チトセさんが抱きついてきて……わたしをまさぐり始めます。
「今は……こんなことをしている場合では……」
「今は?ならほかのときだったらいいということね?あなたは本当に正直。欲望に弱いわね……」
こんなところで。今は。
はっきりと拒絶しない、言い訳がましい。
私は本当は望んでいる?
「ふふ、かわいいわね……」
触れられて反応してしまう自分の体が憎らしい。
このまま快楽に任せてしまったら楽だろうか。
罪深きこの身、今更罪を重ねたところで……。
二度と離さない、大切に守ると誓った人さえ裏切ってしまおうかと頭によぎる。
ぼう、と――
チトセさんしか見えなかった暗闇の中にまた一つ白い靄が浮かびます。
何より愛おしい小柄な少女の姿が――。
「おねーちゃん……」
「アヤちゃん!いたのね!!」
「何、してるの……?」
アヤちゃんが現れてもチトセさんはお構いなしに私に絡みついています。
「あ、あの、これは……。チトセさん離れてください!」
「……」
無言で首筋を舌でなぞられ、体中をしなやかな指で這い回られる感触に快感を感じながら、最愛の妹に見られている背徳感が理性を奮い立たせるが……体は言うことを聞かず華奢なエルフを振りほどくことができない。
「ずるいよね……、ボクにはほかのやつらとエッチなことしちゃダメって言いながら、おねーちゃんエルフのおねーさんといちゃついてる」
いつもは拗ねたりふくれっ面になったりいたずらな笑みを浮かべて問いただしてくるのに、春の日差しを思わせる柔らかな黄色の瞳は悲しみの色を湛えていた。
「これは、チトセさんが……」
「ふぅーん。言い訳するんだ?聖職者のくせに。修道女のくせに。淫魔よりよっぽどド淫乱じゃんか」
淫魔より淫乱……
「よかったわね。淫魔にお墨付きもらえたわよ」
耳元でチトセさんが囁き、そのまま耳を甘噛みしてきました……。
「ぁぁ……」
「我慢しないで声を出してしまいなさい?」
必死に耐えようとする私の心を砕く囁き。
「おねーちゃんは僕が大事なわけじゃなくて、誰でもいいんだね」
見損なった、と言わんばかりに言い放つアヤちゃん。
違うわ!
喉に膜が張り付いたかのようにそう叫びたくても声が出ません。
柔らかな黄色の瞳でじっと私を見つめたあと目を伏せると、瞳と同じ色の髪が垂れて視線を隠し、何も言わず踵を返し歩いていきます。
「待って!アヤちゃん……!行かないで!!」
精一杯の声が届いているのかいないのか。
振り返ることなくその背中から蝙蝠を思わせる黒い翼が出現し、静かに羽ばたくとみるみる離れていきます。
手を伸ばしても届かない、踏み出そうにも足が動かない。
見捨てられた絶望に視線を落としました。
アヤちゃんが遠くへ行っても、チトセさんは執拗に絡みついてきます。
知らぬうちに服の下へと手を滑り込ませており、より敏感なところを直に触ってきています。
「や、やめて……」
美しい彫刻のような顔が再び私の顔の前に現れ、唇を重ねてきました。
固く閉ざした唇を舌でほぐすようにこじ開けて私の中に入ってこようとします。
これは……私の望み……?
いえ……私の望むものは……
このままアヤちゃんと離れていいのか。
このままチトセさんと溺れていいのか。
いえ、それだけは……。
なすがままになっていたのを、顔を上げ、震える体に鞭打って立ち上がると、あれだけ振りほどけなかったチトセさんがいとも簡単に離れました。
はだけた服を両手で押さえたまま、アヤちゃんの飛んで行ったほうを目がけて駆け出します。
何も見えないけれど、そこには必ず彼女がいるはず。
私は、わたしは――。