3日目 4 留守番オークルオードと塞ぎ込んだヒナ
前回の続きを書く時間が無かったので、ストックのあった一方その頃的な奴を先に上げます!
雨降りの朝、屋根で踊る雨音にあたしは目を覚ます。
そろそろ日が出てもいい時間なのかな。
体を起こしカーテンを開けても、分厚い昏い雲に遮られて陽が差さないためいつまでも暗い。
快晴だったら勢いに任せて飛び起きるきっかけにできるのに、こんな天気では憂鬱さに拍車がかかって動かない言い訳にしかできない。
だって頭が痛い気がしてくるのよね。
夜中も早朝もバタバタ騒がしかったけど、どうしたの?と聞けなかった。
アヤメが出て行ったのも知っていたわ。
でも、関わるのが面倒だったから寝たふりを続けてしまったの。
そういえば途中寝ていたみたいで、夢の中で誰かがそばにいてくれてるみたいに感じたんだけど。
あれは誰だったんだろう……。
周りがみんな動いているのにあたしだけ何もしていない。
具合が悪いって寝込んだからそっとしておこうと思われたのか気を遣われ余計に関わりづらくなっている。
状況の理解が追いつかず取り残されている。
あたしなんていなくていい。そんな気持ちにさえ襲われる。
いっそ雨に打たれて流されてしまいたい。
ベッドの上で上半身を起こした状態のまま、とりとめのないことを考えている。
コンコンコン
ドアに響くノック音。
突然の音に心臓が跳ねる。
「ど、どうぞ」
一拍どころか二拍三拍遅れて答えると扉が開く。
入ってきたのは肩まであるゆるく波打つような黄土色のくせ毛がかわいい物静かな少女。
両手でおぼんをもっていて、載せられた器から湯気が立っている。
チトセさんの弟子、名前は確か……。
「朝食です」
そう、朝食ちゃん。じゃなくって。
「ありがとう、……オークルオードちゃん、だっけ」
「オーツーで結構です」
「あ……、そっか。オーツー……ちゃん。ありがと」
「オーツーで結構です」
「え……、あ、ごめん、……オーツー」
差しだされた丸いおぼんを受け取る。
すぐに立ち去ると思ったらそこにいる。それも直立したまま。
何ならドアも開いたまま。
沈黙。気まずい。
こういう時何喋ったらいいんだろ……。
ひとまず運ばれてきた食事を膝に乗せる。
具だくさんのスープだ。緑のものがやたらいっぱい入ってるのは体にいい野草をふんだんに入れたのだろう。作ったのは薬草バカのアサギに違いない。
食欲が無くて具が食べられなくてもスープだけ飲めば栄養が摂れるというやつだ。
いただきます、とつぶやいて口に運ぶ。
食べていればとりあえず間が持つはず……。
「って、あっつ!?」
「熱いのでお気を付けください」
いやいや先に言ってよ。
スープめちゃくちゃ熱くて舌を火傷した。
舌を伸ばして空気で熱を取る。
それでもヒリヒリするから添えられた水を一気に飲むとやっと痛みが落ち着く。
「そういえば、みんなは?」
「……夜も明けない早朝に出て行きました。ローシェンさんのお姉さんのところにジーナさんとアヤメさんを匿ってもらうのだそうです」
「そうなんだ。みんなで行ったの?」
「アサギさんと詩人さんは宿の仕事を任されていて、先ほど買い出しに出ました。今この宿にいるのは私たち二人だけです。」
「そっか……」
「私は時々部屋を覗いては食べ物飲み物、暑くないか寒くないかといろいろあなたのことを気にするようにと仰せつかりました。他にも客室の掃除と常に結界を張って侵入者がいないように監視続けることも。人間の世話など興味ありませんが、ちーさまからのお願いですので修行と思いやっています。それで、寒くありませんか?」
「え……?えっと……大丈夫、ありがとう」
いっぺんに言われてよく分からなかったけど返事しないのも悪いので聞き取れた最後の部分だけで返事をする。
多分嫌われてるんだろうな……。
機械的ではあるけど世話を焼いてくれていることに感謝かな。
「何か言うことは?」
「え?……あたし、なにしてんだろね……」
「言っている意味がよくわかりませんが。風邪をひいて寝込んでるのでは?」
眉を吊り上げ呆れたように言われる。
「ん-。そうじゃなくって。みんなが動いてるのに何もしてないなって」
「体調不良なのですから仕方ないのでは?」
突き放すような言葉尻が怖い。怖いんだけど……、
「そうなんだけど、ね。なんだか負い目に感じちゃって。あたしいる意味あるのかなって」
「意味があるかどうかは知りません。意味が無いとご自身でお思いならそうなのでは。それが嫌なら自分で意味のあるように変えるしかないのでは?」
「……」
その通りだ。正論を言われて言葉に詰まる。
「もし、変える気が無く意味がない今の自分が嫌なのでしたらぜひ森への生贄にしたいので遠慮なく申し出てください。いなくていい、死にたいなどと命を粗末にされるのでしたら私が有効活用させていただきます」
懐から黒曜石のナイフを取り出し、その鏡面のように磨き上げられた刃を無表情で眺めている。
「ドルイドは金属を身に着けることを禁止されているため石の刃物を使用しています。切れ味確かめますか?」
こちらに刃を向けてきたので本当に切られるのではないかと心配になる。冗談なのか本気で言っているのかは判別できない。
「残念です」
言葉の割に抑揚無い淡々とした返事。
深い闇のような……夜の森を思わせる刃物を黄土色の法衣の懐に片付ける。
「死にたくなったらいつでもどうぞ」
「そうね……そのときはお世話になるわ」
「あなたに余計な心配がかかるからと、みなさんが不在のことは口止めされていましたが……言ってしまいましたので忘れてください。私は何も言っていなく下へ降りてみたら気付いたということにしてください」
「ひどいわね、それ」
「アヤメさんとジーナさんに、宿のご主人とちーさまも同行しています。この意味が分かりますか?」
「……」
なんだろう、みんな大変だなぁ、くらいしか浮かばない。
「動く元気がもし出たらあなたのできること、やってください。みんなそれぞれ動いています。ぼやぼやしていると本当に置いて行かれますよ?」
「あたしにできること……」
こんな雨の日に。
「食器は後で下げます。忙しいので失礼します。どうぞごゆっくり」
「え、あ……」
いそいそと出て行ってしまう。
なんだ、話し相手になってくれるわけじゃないのね。そりゃそうか。
呼び止める間もなく、ぱたん。と扉が閉まる。
できることって、なんだろう……
ぱたん。
ドアを閉め、その場で背中を預けながらしゃがみ込む。
「はぁ……。ちーさまもどうして私にこんなこと頼んだのでしょう……」
木の板きれ一枚挟んだ反対側に決して聞こえないようかすれるような声で呟く。
それは今朝のこと――
「ヒナさんの看病?私が?」
「そうよ」
「私とラストはジーナとあの淫魔を連れてローシェンの姉のところへ行ってくるの。アサギたちに宿のことを頼んでいるのだけど、看病までは手が回らないでしょうし。それに――」
「それに?」
「ヒナはアサギに対して素直になれないからな。女の子同士のほうが気楽に居られるんじゃないかと思って。ちょっと発破かけてみてほしい」
宿の主人からも告げられる。女子同士だからうまくいくとは限らないでしょうに。どうしてこう安易な発想をしてくるのでしょう。
「ほぼ初対面あいてに情愛見せろと?」
「できたら、ね。機械的に世話を焼くだけでいいのよ――」
あまりにくだらないことで落ち込んでいて状況が全くみえていない。
それに少し腹が立ち思わず言ってしまったがあれでよかったのだろうか。
言い訳になるが、燃えるような鮮やかな緋色の髪をしているのも気に入らない理由の一つだ。
「ちーさま……早く帰ってきてください……。森に……帰りたい……」
雪が積もれば森から出なくてはならない。少しでも長く、森で、トレントさまの傍で過ごしたい。
はぁ。
ため息を一つ。
座り込んでいても仕事は減らない。
動かないと。
暫くした後、
モップがけをしていると何かが結界をくぐった感覚にぴく、と反応する。
具体的には誰かが出て行った気配。
誰か、というかここには私以外には一人しかいない。
こんな雨の中を?
できることを考えたら?とは言った。
炊事掃除洗濯などいくらでもある仕事を連想してのことだった。が――――。
こんな雨の中をなぜかあの人は出て行ってしまった。
逃げたのか?
「ばかなのですか、あの人は……」
こんな役割引き受けるんじゃなかった。
早く片づけば今日中には……と小指を絡ませて契った約束に立ち眩みがした。
不快な頭痛はきっと雨のせいだけではない。
癖の強いもの同士のかみ合わないやり取り。