1日目 6 吟遊詩人と記憶石
4話です。
吟遊詩人さんがようやく喋り始めました。
傍観者に徹する役目にしようかと考えていましたが、話に加わることにしました。
2022.5
やっぱり喋らない方向に戻しました。引き続きオヤジ視点です。
小さなボロ宿が揺れるほどの四人の大声。
ドアノブが外れるかと思った……。
アンタが記憶喪失だと言うと、四人は驚いて一斉に叫んでいた。
まぁ信じられないだろうな……。
アンタはいったい何者なのか――。
アンタは記憶を辿るようにゆっくりと話してゆく。
話を要約すると――。
気がついたときは、荒野にある洞窟に住むドワーフの一家に助けられていたのだという。
ドワーフは洞窟の遥か奥にある地精霊の祠の守り人をしていて、一家八人で暮らしていると。
彼らの話では、アンタは荒野に倒れていて。
その地を守護する大地の精霊が発見し、精霊の住まう祠を守るドワーフに託したということらしい。
皆が良くしてくれたのもあり、アンタの回復は早く、数日で元気になった。
辛うじて持ち物から吟遊詩人という職であることは分かったが、あとはさっぱり。
どうして人の寄り付かない荒野に倒れていたのか、どこへ向かっていたのかわからないまま。
これからどうしようかと考えていたところ、地精霊に呼ばれた。
地精霊――地の白蛇は、アンタの元気な姿を見て喜んだと。
アンタは礼を言い、これからどうすればよいかを尋ねた。
すると地の白蛇は、祠にあったあるものをアンタに渡し、各地を旅して人々の記憶を求めること、それで記憶も呼び戻されるかもしれないと話したという。
それが――
「へぇ、きれいな石だな」
「宝石みたいね」
仄かに明滅しているそれを見て、アサギ、ヒナがまず反応する。
アンタが取り出したのは深い緑色の、片手でつかめるほどの石――平らな三角を重ね菱形のような形に加工された鉱石。
「それは……! もしかして記憶石ですか⁉」
「めもりーすとーん?」
ジーナがテーブルに両手を叩きつけるようにして立ち上がり、目を見開きながら尋ねるが答えるものはいない。
隣でアヤメさんが首を傾げている。
「教会の機密なのに、どうして……⁉」
「おねーちゃん……?」
ジーナの表情が強張り、語気を強めて言う。
さっきまでがおっとりした口調だけに、明らかに動揺しているのが見てとれる。
アヤメが心配そうに見上げる。
ヒナとアサギも目を丸くしてジーナに視線を集める。
教会が近年教えを急速に広め、信者を増やせていられたのも記憶石のおかげなのです、とジーナは続ける。
まだ日の浅い宗教家が、神の教えを覚えずとも記憶石があれば付け焼刃で布教ができてしまう。
読み書きができない貧しいものたちでも、記憶石の記憶されたものを聴くだけでいい。
魔力を少し注ぐだけで、何度も繰り返し聴けてしまうからお手軽。
教会にとっても信者にとっても非常に都合のいいものだと、少し早口で語るジーナ。
言葉は静かだが口調の端々に怒りが混ざっているように感じる。
「ろくに教えを学びもしないで布教をして、はたして信仰が伝わりますでしょうか。表面的なものに惑わされて教えの本質など伝えられない。だから信者の方も勘違いをしていくのですわ……。」
拳をテーブルに叩きつける。
テーブルの上の食器が一瞬踊る。
怒り、というより悔しさ、なのか……。
「おねーちゃん、こわい……」
ジーナの見慣ぬ姿にアヤメは困惑している。
その声に、はっと我に返るジーナ。
「アヤちゃん……、ごめんなさいね、教会のことになるとつい……」
「大丈夫か、ジーナ……?」
「ええ……」
力なく椅子に腰かけ、目を伏せるジーナに声をかけるアサギ。
ヒナは話が呑み込めていないようで、目をぱちくりさせている。
しばらくの沈黙――。
「鉱石の類は地の精霊の加護を受けるから、その地精霊か……その上の精霊が作ったのかもな」
大皿に盛りつけられた料理をテーブルに運びながら、オレは重い空気を打ち破る。
「ほぅ、これは見たことないな。……それで、人の記憶を求めるってのはどうするんだ?」
オレの問いに、世界を知るために長く生きている者と会うのがいいと、地の白蛇がおっしゃっていました、とアンタ。
この宿のすぐそば――樹人が住む、精霊の森を目指すという。
「樹人……。まぁ、長生きで色々知っているのは間違いないだろうな」
「でも、冬になるからもうすぐ閉鎖されるよね」
この辺りは峠の麓。
冬は雪深く、山に入れば間違いなく遭難する。
麓に広がる森も同じく危険なため、冬の間は人が入れないように結界を敷くのだ。
下手をすると森に入っているうちに結界を張られて森から出られない――なんてことも。
アンタはそれを承知の上で、詳しい話が聞きたく、それならとウチを紹介されてきたという。
ったく……誰だそんなこと言うやつ……、と思ったが数人の顔見知りが思い浮かぶ。
あいつらの誰かだろ……余計なお節介しやがって。物好きだな……。
呆れ半分にため息をつきながらも、此処へ寄越してきたやつらを想うと自然と笑みがこぼれる。
「まぁ、そんなに慌てて森に飛び込まなくても向こうからやってくるぜ」
オレはエールの入った木樽製ジョッキをゆっくり傾けてから話す。
向こうから? とアンタが首をかしげる。
そう、向こうから――。
「森が閉鎖される間、森に暮らすエルフさんがこの宿に滞在するのよ。だから冬の間はお話し聞き放題なの」
ヒナは嬉しそうに言う。
そうか、オマエら収穫祭だけじゃなく、春まで居座るつもりなのか……。
働き手が増えるのは結構なことだが、うるさくなりそうだな……。
「えー、エルフってあの変態あばずれエルフのことー? あいつ来るの……やだぁー」
対照的に口を尖らせるアヤメ。
「アヤちゃん。そんな風に言っちゃだめですよ~?」
ジーナがアヤメを窘める。
「だってあいつ、おねーちゃんのこと……」
指摘されたために目線を落とし言葉も尻すぼむ。
長命種とでもいうべきか。
自然――特に森を愛し、森と共に生きる種族。
木々のように長命であり、精霊に最も近いという。
その性質故に生殖能力が低く、種族の人口が極めて少ないらしい。
オレも見たことあるのは数人。
旅をしている時代にも、どこかにあるという集落に出くわすことはなかった。
それほど稀少な種族――。
と言えば神秘的かもしれないが、そこの森に棲むのは趣味趣向に難ありのおかしな奴だ。
「なぁジーナ。話が飛んじまってたが……、その記憶石は使っても平気なのか?」
会話が途切れかけたところにアサギが口を開く。
「ええ……ただ記録を入れる分には問題ありませんわ」
「話って、なんでもいいの?」
ジーナの返事に、ヒナが疑問を投げかける。
深い記憶……大切なこと、感情が大きく動いたことから、何気ない日常まで。
幅が広ければ広いほどいい、と地の白蛇さまから聞いたとアンタは答える。
「じゃあ……ボクとおねーちゃんの出会った話をするよー。ウキウキ感動巨編!」
無邪気な顔でアヤメが言う。
「アヤちゃん!?」
さっきとは違い、顔を赤らめ驚くジーナ。
「へーきだよー、ボクの話は短いから、手始めに、ね」
心配そうに見つめるジーナにアヤメはにっと笑い、頭をよしよしとなでる。
ジーナはなぜか瞳がうるんでいる。
それからこちらを向き直り。
「それじゃあ、ボクのはなしはねー」
エールをきゅっと小さく飲み、アヤメが話し始める。
口をあけると覗く大きな犬歯。
どことなく無邪気な子供の笑顔のそれよりも妖しく、大人びてみえた――。
やっと序章の序章が終わりました。
次回はジーナとアヤメのなれそめです!!
25日満月の投稿予定です。
引き続きご覧いただけたら幸いです。