2日目 36 ジーナとアヤメ① 偽装工作と荷車運送
「あ」
話し合いをする私たちの隣で宿に結界を張り警戒に当たっているオークルオードさんが小さく声を上げました。
「オーツー、どうしたの?」
「何か外に出て行きました」
「何かって……」
「猫とか?」
「ウサギとか?」
「……悪魔かも」
「……!」
アサギさんたちは厨房で片付け中、ヒナさんは調子が悪くすぐ休むと言っていました。
が、アヤちゃんはお風呂へ行ったものの取り立てて睡眠が必要ではない、むしろ不要でさえあるのです。
その割によく涎を垂らして寝ているし、朝はねぼすけさんだから悪戯したくなってしまうのですけどね。
アヤちゃん……?
休めと言われて大人しくしているとも思えない。昨夜のことだってあります。
嫌な予感がして私は思わず席を立ち宿泊部屋に駆けていきます。
階段を上がるのにロングスカートの裾がまとわりついて煩わしく、裾を両手でぐっと膝上まで持ち上げ1段飛ばしで上がっていきます。足が見えようが下着が見えようが些細なことです。
2階へ上がり切り部屋の扉を勢いよく開け放つ。
「アヤちゃん!!」
思わず叫んでしまいました。
ヒナさんが眠っていることに数瞬遅れて気付きしまったと思いましたが手遅れ。幸いなことにヒナさんの反応はありません。気付いていないようです。
落ち着くために深く深呼吸。窓は開け放たれカーテンがはためいています。やっぱり行ってしまったのか、とドキリとします。
アヤちゃんのベッドに目をやると膨らみがあります。こちらも熟睡しているのか私の声に無反応でした。
私の早とちりだったのでしょう。
ほっと溜息をつき、可愛らしい天使の寝顔を覗いてから戻ろうと掛け布団をそっとずらしますと――。
「え」
「あ……、ドウモ」
「ち、血沸肉男さん!?!?!?!?」
また大声を出してしまいます。
丸刈り頭の少年のようないでたち、ただし右半分は皮膚が無く内臓や筋繊維が丸出しの彼ですからいつ見ても驚いてしまいます。まして暗がりでは恐怖しかありません。
「ハイ、オ馴染ミノ血沸肉男人形デゴザイマス!コンバンハ!」
「こ、こんばんは……」
顔が引きつりますが、それでも今は優先すべきことがあり。
「ではなく!アヤちゃんは!!!どこいったの??」
見た目は気にしないように勢いで押し切ります。
「ア……、えーとデスネ。少々オ出掛ケニ……」
「どこへ行ったの!?」
「ソレハ……れぐほーん様ノ命ニヨリ、オ答エデキマセン……」
しどろもどろになって答える血沸肉男さん。
「私もレグホーンですわ!」
ここで引き下がるわけにはいきません。ハッタリをかますしかないのですわ。
「我が名はアヤメ・レグホーンの姉、ジーナ・レグホーン。アヤちゃんが主であるというのならば、姉の私もまた主であると言えますわ」
割れながら無茶苦茶な論理。
敵の敵は味方、昨日の敵は今日の友、お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの。どれか一つくらい当たっているでしょう。このくらい言いくるめなければ渡り合うことなど不可能ですわ。
「解析不能……」
「機能停止している暇はありませんわ!とっととアヤちゃんのところへ案内しやがれですわ!」
「ハ、ハィッ」
苛立ってついキレてしまいました。
私の気迫に血沸肉男さんは怯え、びくびくしながら部屋を出て階段を下りていきます。私は後を追うのですが――。
「きゃぁっ!!」
「ま、魔物!?」
玄関を目指せば当然見つかりますわね。
1階の皆さんが戦闘態勢に入るのを宥めなくてはいけません。
「アヤちゃんの召喚した魔法生物の血沸肉男さんですわ!危害は加えてきませんのでご安心ください。これからアヤちゃんのところへ案内してもらいます」
混乱した様子の皆さん。手短にアヤちゃんの布団の中には彼がいたこと、アヤちゃんの姿が見えないことを伝えますと、状況を理解されたようです。
「待て待てジーナ」
「止めないでください!」
「止めたって行くんだろ、無理やりにでも。そんな無駄なことしないよ」
「せめて顔を隠して行けってこと。騎士共がウロウロしてるんだ。そんな恰好じゃ捕まえてくださいって言ってるようなもんだ。ほら」
渡されたのはすっぽりかぶる形のお馬さんのお面。そのまま頭に被せます。
「ひゃはははははは!!」
「これはやばい!はははははっはははは!!」
「ひー!!お腹痛い!!」
被り物の中からは視野が非常に狭くよく見えませんが皆さんがお腹を抱えて笑っているのは声ではっきりと分かりました。笑い転げたりテーブルを叩いたり。
私は勢いよくお面を外して床に叩きつけます。
「なんですの!こんなことしている場合ではありませんわ!ふざけるのでしたら後にしてくださいませ!!」
「ほんの冗談だ、ほら」
白い布。広げると顔の鼻から下を覆う覆面になっていました。
「あと、これとこれ」
真っ赤な頭巾。に赤白、紫、黄色など色とりどりの造花が入った花かご。
「これでどう見ても覆面怪しい花売りの少女だ!」
「なんですかさっきから!!」
「頭に血が上りすぎだ、冷静になれってこと」
あ……。
「駆けつけて、もしも騎士共に囲まれていたらどうするんだ?二人仲良くお縄を頂戴か?」
「……」
「なにがなんでも、二人とも無事で絶対戻ってくること。絶対顔を見られないこと」
「はい……」
「あと、急ぐならこれ」
いつの間にか外に出ていたオーツーさんが持ってきたのは人が引く形の荷車。今朝チトセさんとオーツーさんが荷物を積んできたものですわ。
「いいの……ですか?」
「遠慮なく使いなさい」
優しく微笑むチトセさん。
宿のおじさまもローシェンさんも。力強く頷きます。
「ありがとうございます……!」
「御主人様、ドウゾオ乗リクダサイ」
何処から取り出したのか頭にねじり鉢巻き、体には「祭」と大きく書かれた青い法被を身に着けた血沸肉男さん。
私は荷車の荷台に飛び乗り、血沸肉男さんは人力車の如く荷台を引きながら走りはじめました。
「デハ、血沸肉男人形運送、出発進行ゥー。喋ルト舌ヲ噛ミマス、ドウゾオ静カニ」
動き出すとグッと圧を感じます。風を切るどころか風を追い抜くような勢い。緩衝材の無い木枠のみの粗末な荷車ですので揺れが酷く、座っているとお尻が痛いどころか振動で荷車の外に放り出されそうです。
口を覆う覆面で息苦しくありますが顔を見られるわけにもいかず付けたまま耐えます。
アヤちゃん、どうか無事でいて――。
出て行ってしまったのは、おそらく魔力の回復のため。昨日のように私から生気を与えられていればわざわざ出て行くことはなかったでしょう。
私が自分のことで頭がいっぱいだったためにアヤちゃんがお腹を空かせていること、言いだせなくて我慢していることに気が付けなかったのですわ。
騎士部隊の中には退魔師の力を持つものがいるかもしれません。そうなったらアヤちゃんにはとても勝ち目がありません。
よぎる不安。石ころを踏んだのか大きく揺れたのを荷台の枠にしがみついて何とかたえる。しばらくすると車が止まり
そこで見たのは――。
馬マスクはラストが客から宿代代わりに受け取ったガラクタのひとつ。
また出したいと言っていた血沸肉男が登場で来てちょっと嬉しい。またでてきますw
2022.9.4
遠@aminowashさまより血沸肉男人形のイラストを描いていただきました!
めちゃくちゃイケメン!!
遠様ありがとうございます!!!