2日目 34 女子力高めの隊長と誘惑に負ける副隊長
書き終わらなくて泣く泣く分割です。
行方不明の修道女を探せ
名家の娘であり知らぬ存ぜぬでは許されない
滅びた廃村の慰霊中に一行から逃亡した
悪魔に魅入られた、という言葉を残して
崖から投身を図ったようだが
落下地点には血痕のみで遺体は無し
立ち入った形跡のある教会に複数の変死体あり
行方不明の修道女が何か知っているのではないか
―――とまぁ、手がかりらしい手掛かりが無いまま、教会のメンツを保つためだけに我々遊撃騎士隊は駆り出された。収穫祭――休暇の迫るこの時期に。
休暇目前のこの時期に!!
全く好き勝手にこき使ってくれやがる。
隊長である俺が忠誠を欠くような言動などすれば部隊の士気に関わるためできるはずも無く心の中で悪態をついていた。
いや、全く言っていないと言えば嘘になる。ちょっと言ってる。いや、日に何度かだからまぁまぁか。多くはないと思うぞ。たぶん。
教会の対応には不満しかないが従う外なく。旅先で調査をすすめるうちどうも厄介そうな案件でありいよいよ簡単には帰れそうにないと諦めた時に妙案を思いついた。
いっそ帰還せずに峠の先で休暇時期に入り、峠が雪に閉ざされるのを口実に雪融けまで休暇を続けてしまおうというものだ。
帰りたくても雪深く帰れないのだ。我ながら天才じゃないか。
戻ったらそれこそ余計な書類仕事や王族貴族の面白くも無い会食に駆り出されて休暇の半分は潰されるに決まっている。
だったら好き勝手やってあとでしぼられるほうがいい。
聖都の影響範囲外になんてでたくても普段は出られない。部下も独り身ばかりだから家族を気遣う必要も無い。
それに峠の先へ行きたい理由はもう一つあった。足を延ばせば懐かしい顔にも会えそうだったからだ。10年ぶり。元気にやってるだろうか。楽しみで仕方なかった。
気付いたら土産をたんまり用意していた。本当に居るかどうかも分からないのに滑稽なもんだな。
街道を進み峠を越えた先にある宿場街。
実際にあいつがいることを確認すると心が踊ってしまい、出来合いの手土産だけでは物足りなく急遽ノリのいい部下の一部を巻き込んで手作りのスコーンを焼いた。
あいつの好物。男なんて胃袋を掴んでしまえばイチコロなんだよ!
……結果は上々。喜んでくれた。うまいと言って食べまくってくれた。
素っ気ない態度は昔からだから気にしない。言葉より行動だ。行動に嘘はつけない。お前の胃袋、ゲットだぜ!
収穫祭まであと8日。このままこの街で収穫祭を迎えてしまおう。
幸いなことに追っている件と関わりの深そうな事件が起きている。ここにいれば何か掴めるかもしれない。
それまで聞き込みを部下に続けてもらいつつ俺は毎日焼き菓子を焼いて「野ウサギと木漏れ日亭」に入り浸るのがいい。そうしよう。
迷惑そうなことを言いながら赤錆色の髪をした後頭部を掻き頬を赤く染める奴の姿が浮かぶ。
よし、これで当面の楽しみができたな。
旧友――ラストとの旧交を温め、宿へと戻る。陽がすっかり落ちてしまった。
そろそろ皆が戻っている頃だろう。10人ほどの大所帯では「野ウサギと木漏れ日亭」の定員を超えるため仕方なく宿場街で宿を取った。収穫祭で込み合う時期だが金にものを言わせて確保した。宿の離れ、2階建ての簡素な小屋にすし詰め状態ではあるが屋根があるだけありがたい。どうせ請求書は教会宛だ。
なに、寄付だと言って信者から巻き上げた金だろう。市民に還元するほうがいいに決まっている。
「戻ったぞ」
「あ、隊長お帰りなさい」
部屋の扉を開けると、リビングで進捗報告をしあっていたであろう隊員が気付いて立ち上がり俺に一礼するので片手を挙げて返事をする。
思ったより少ない。いたのはスコーンを一緒に焼いた若手の隊員3人だけだった。
「おい……、どういうことだ?」
「えっと……、それがですね……」
それは副隊長――ギョロ目男がアッシュに払われ「野ウサギと木漏れ日亭」をあとにした頃。
「クソっ!あいつめ!なぜ僕の手柄を横取りするんだ!!いつもそうだ!!もうちょっとのところで出しゃばってきては成果を奪う!いつもいつもいつもいつも!!そのせいで私はいつまでたってもこんな遊撃部隊なんかに配属されたままなんだ!!クソクソクソクソ!!」
野ウサギと木漏れ日亭と宿場街を結ぶ道の途中で私はいら立ちを道端の岩にぶつけていた。
物言わず微動だにしない岩に白く塗った銅製のブーツで執拗に蹴りを入れ続けているが何の反応が無いのにまたむしゃくしゃしてくる。岩と銅のぶつかる甲高い音だけが響く。
通りがかる人がこっちを見ているような気がする、いや、間違いなく見ている。
ある者は目を逸らしているふりをしながら、あるものは凝視しながら、またある者は不快な音に耳を塞ぎながら。二人以上連れ立っている奴らはひそひそと何かを話しながら通り過ぎていく。
どいつもこいつも!言いたいことがあるならはっきり言えってんだよ!!
思いっきり蹴り上げる。が、打ち所が悪く足がジーンと痺れた。思わずうずくまる。
岩までもが私を嘲笑うかのようだ。
「クソクソクソクソクソ……!!」
腹の虫がおさまらない。いら立ちがいつまでも解消しない自分にもまた腹が立つ。
「あー副隊長サンー。おつかれっすー」
聞き覚えのある声。振り返ると5人の男たち、と同数の女性。
男は我が遊撃騎士隊の隊員だ。が、女性はみたことのない顔だ。全員が顔に化粧をしっかり施し色とりどりのドレスワンピースを身に纏っている。
一方の男どもは身に着けているはずの鎧はどこへやら、非番のような私服を身に着けている。
「お前たち!何をしてるんだ!?」
「いやですねぇ、聞き込みですよ。き・き・こ・み。行方不明のお嬢さんの」
「うっ!?酒臭い!酔っぱらってるじゃないか!!」
「はいー?酔っぱらっちゃ、だめですかー?」
「戒律違反ではないか!!」
「えー?もしかして副隊長あんなクソみたいな戒律守ってんですかー?」
「えーかわいそー!」
「お酒を飲んだほうが饒舌になるってもんですよ。ねー、お嬢さん。ぼくちん、もーっとお嬢さんについて知りたいことあるんだー」
言いながら唇を女性に近づけるが女性に軽くあしらわれる。
「やだーもー、騎士サマ。まだ早いですよぉ?お楽しみは夜に取っておきましょ?」
「騎士たるものが何たる醜態!そこに直れ!」
「チッ……。ふくたいちょーサンは頭が固いなぁ。いーじゃないですか、こんなところじゃ誰にも見つかりっこありませんよー」
「さーさー、いきましょ~」
男たちの中で一番大柄な奴が私の背後に回り羽交い絞めにする。
く、苦しい。
絞められたままもう一人の男が私の両足を持ち上げ、担架を運ぶような恰好で運ばれていく。
「お、おい!貴様ら!!」
それから私は飲み屋に連れ込まれエールやら果実酒やらを次々と飲まされていった。
思っていたより気分がいい。なぜ我らが主はこれらを禁じたのか……。
「戒律を守っていたとは思えない、いい飲みっぷりですね~!ほんとは隠れて飲んでたんじゃないですか?マジメだけが取り柄の副隊長さん?」
「うるさい!!僕だって好きでまじめにしてるわけじゃないんだ!」
勢いに任せて吐きだしてしまう。
「お前らが真面目にやらないから!隊長がボンクラだから!私ばかりがいつもいつも……!!そうだ、あいつが悪い、あの男が面倒ごとを全部私に押し付けて、いつも自分ばかり楽していいとこばかり持っていく、あの隊長が・・・!!!!!」
「へぇ~意外と言うじゃないですか。もっと飲んだらいいですよ。嫌なことは飲んで忘れましょう!」
そう乗せられ、いくら飲んだか記憶が定かではない。
気がついたら男どもと歩いていた。今度はしっかり自分の足で歩いている。
「ふくたいちょー?元気ですかー?」
「当たり前だ!私を誰だと思っている!聖教会所属騎士団遊撃部隊の副隊長だぞ!!」
「威勢がいいですね~!僕たちもう一軒行きたいんですけど、ふくたいちょーきますか~?」
「部下を放り出して一人おめおめと帰れるわけがなかろう!」
「さ~すが~!」
「それじゃ~いきましょ~」
男どもが何やら陽気に歌いだす。
「ふくたいちょー!ふくたいちょー!おっきなおめめのふくたいちょー!やせっぽちのふくたいちょー!ななひかりーのふくたいちょー!」
何を言っているのか、頭が働かなくてまるで理解できなかった。
が、自分が唄われているらしいということは汲み取れた。
「ふくたいちょー!ふくたいちょー!非力な非力なふくたいちょー!頑固者のふくたいちょー!世間知らずのふくたいちょー!」
心地よかった。こんなにももてはやされて。
今まで酒も女性との色恋もダメだと周りから言われ続け自分でもダメだと言い聞かせ続け我慢してきた。友人と出かけることも無いばかりか、友人と呼べるような者もいなかった。ひたすらに親の期待に応えるために騎士になるべく歩んできただけの人生だった。
我慢ばかりの自分を開放しとても気持ちよかった。実に晴れやかだ!
「もっと晴れやかになれますよ~」
「さ、着きましたぜ~副隊長ど・の」
路地を何度か曲がり入り組んだ奥にあるその建物はお世辞にも綺麗とは言えない、ガタのきた木造二階建てだった。
「いらっしゃいませ~!」
中から出てきたのは濃い化粧にほとんど下着のような際どい姿の女性だ。
絶句した。年頃の女性というものにほぼ縁が無いまま30年近く生きてきたのだ。それを突然こんな刺激的な女性を目の前にしてはドギマギしてしまう。向こうは恥ずかしがる素振りなく寄ってくる。
「この人オレらの上司なんですけど~、ちょっと男にしてやってくんねーかな?」
「中間管理職ってやつでいろいろ溜まってるみたいでサー」
「あら!初めてなの!?かーわいいー!それなら、とっておきの子を紹介してあげようかしら!」
「わ、和、私は別にそんな……」
逃れようとするが声が上ずってしまいうまく話せない。
「あら、緊張しちゃってるのねー。うふふ。かわいい。私が食べちゃおうかしら」
「え!ずるい!私がもらいたいわ!!」
あっという間に下着姿の女性に囲まれる。体中にまとわりつかれ柔らかい感触に包まれ頭がのぼせてまともな判断ができない。
「この鎧って、もしかして騎士サマなのー!?ウチお近づきになりたいわ!」
「騎士様には私のような黒髪ストレートロングの清楚な女性がきっとご希望ですわ」
「こんなトコに清楚なヤツなんておらへんやろ、ヘソが茶を沸かすでこのアバズレ」
「うっさいですわ黒焦げビッチ!」
「なんやてー!」
「なんですの!!」
サラサラの黒髪、色白ですらっとした女性と色黒で金髪くせ毛のやや小柄な女性が言い争いを始める。なにをいってるんだこいつらは……。
「まぁまぁ二人とも。あなたはどんな子がお好みなのかしら?お姉さん?妹?背の高い子?小さい子?お胸の大きさはどうかしら?」
う……ん?大きい?小さい?
「ふくたいちょー、モテモテじゃないですかー!」
「たっぷり楽しんでくださいね!」
バカ共がやいのやいのはやし立てるのが聞こえるがそれを一喝することもできずそのまま奥へ奥へと連れ込まれていく。
夢に見なかったわけではないが自分に縁が無いんだと必死に言い聞かせてきた世界。
あまりの密着に衝動が抑えられなくなり思わず手を伸ばしてしまう。
「あっ……騎士サマ意外と積極的なんですね」
「ずるーい!ウチも触ってや!」
「私のほうが柔らかいですわよ!!」
私は今聞き込み調査中だ。そうだ、これはあくまで聞き込みなのだ。やましいことをしに来たわけではない。こういうところのほうが案外情報を握っていたりするものだ。腹を割って話すには裸の付き合いも必要なのだ。そう、これは必要なことなのだ!!
我慢する人ほどタガが外れると簡単に狂ってしまうものですね。