2日目 32 男どものお茶会④ ソードブラウンと置き土産
おっさん同士のお茶会もいよいよ大詰めです。
「私たちが外で警戒している間にあなたたちそんなにイチャイチャしてたなんて」
「なんだよイチャイチャって。あいつが勝手に言い寄ってきただけだ」
「口では何とでも言えるわよね」
喋り疲れ一息つくオレに向かってチトセが頬を赤らめニヤつくのを抑えてむくれて言う。百合とやおいでできていると己を豪語するほどの好物の話が聞けて嬉しいのと、その場にいられなかった悔しさとが入り混じっているようだ。
だからいいたくなかったんだよなぁ。話し始めるのを渋っていた理由を察してほしい。
コイツの性癖に付き合うつもりは無いが話の流れ上言うしかなく、言ったら言ったでやはり後悔。
「それよりアヤちゃん……どういうこと……?」
「あはー。バレちゃったね」
「『あはー』じゃないですわ」
アヤメに詰め寄るジーナ。目が本気だ。他の奴らも何か言いたげだが――。
「ねぇ、いいから続きをお願い。ちょっと寒くなってきたからあたし暖炉のそばに行くわ。ちょっと頭痛い……」
ヒナが眉間にしわを寄せ少しいらだった口調で言う。ノースリーブのシャツに短パンと夏みたいな恰好してるもんな。そりゃ冷えるわ。
「おい、休んだほうがいいんじゃないか?」
「ちょっと熱っぽいですわよ?」
「寒いなら外套かえすよー」
「平気。聞かないわけにはいかないでしょ。かといってまた後であたしのためだけに話してもらうわけにもいかないもの」
口々に心配しヒナが席を立つと同時にその手をアサギが掴みジーナがおでこに手を当てアヤメが外套をかける。瞬き一つする間にやってのけるなんていいチームワークだな。何が起きたのか分からずぽかんとするヒナ。
「私が毛布を持ってきます」
「いいから!」
一拍遅れて詩人が申し出るが状況を把握したようで語気を強め断るヒナ。
「ま、お前らは座っててくれ。ローシェン?悪いんだが毛布2枚持ってこれるか?あと何かあったかいものを」
全員をなだめ、厨房に向かって声をかけると、はいよー!と返事が聞こえた。
「ありがとうございます……。みんなも……ごめん……ありがと……」
俯き少し震えた小声で礼を述べる。表情は見えないが一同やれやれと言った笑みを浮かべる。全く、素直じゃないな。
ローシェンが早速毛布を持ってきてヒナとアヤメに手渡す。それじゃ、続きをはじめようか。お前らも疲れてるようだし手短にしないとな――。
「それはまた物騒な事件だな。犯人は?」
昨夜衰弱したごろつきが発見されたことについて何も興味を持たないで流すのも不自然なことなのですっとぼけて聞く。
「まだ何も。被害者に接触したが怯えてしまってよくわからないことを口走っていてどうにもならない。お手上げだ」
「手掛かりらしい手掛かりはないのか。大変だな」
全くだ。と言いながらアッシュは空になったオレの磁器に2杯目の紅茶を注ぐ。
手つきはもはや専門のカフェさえ超えていると言っても過言でないだろう。目の前にカップが置かれると芳醇な香りが鼻をくすぐる。
「不思議なんだが……、ソードブラウンと言ったか?武芸の家系なのになんで修道女なんだ?騎士になるのが筋じゃないのか?女が騎士になれないわけではないろう?」
「ああ、やっかみが凄そうだが前例が無いわけではない。名家も名家だからな、実力があれば名前が後押しするだろう」
アッシュは一口紅茶をすする。
「俺もあまり詳しくないんだが、そこはお家の事情らしい。武術、法力、芸術の才能の中で一番長けているところへ養子に入れ合うのが一族の習わしだと聞いたことがある。ゆくゆくは司祭か司教かその嫁か、と聞いたことはあるがあくまで噂に過ぎず真偽は確かでないな」
「家の事情に己の人生が翻弄されるのを悲観しての自殺なんてのもあり得ることか」
「まぁ、無くはないだろうな」
今度は少し濃いめに入ったという紅茶に希少な砂糖をためらいなく3つ入れる。こんな時じゃなきゃできないことだ。咎められはしなかったが3つ目でさすがに眉が動いていた。銀製の匙でぐるぐるかき回しながらオレは話を続ける。
「聖都では監視の目がありすぎて逃げるに逃げられないから外に出られる機会を伺っていた、か。無理矢理に参加したのもまぁ納得できるか。」
「遺体は無く落下点から強い光が発せられたということだ。自殺を演出しながらも自力で回復しそのまま逃亡、雲隠れしている可能性も十分にある」
「その名の通り自殺行為か。とんでもない芸当だが箱入りの令嬢をずいぶん高く評価してるんだな」
さらっと言ってるが19歳の若造にそんな芸当ができるとはとても思えなかった。
ストロベリーのジャムを一口大に割ったスコーンに乗せて口へ入れる。
「幼少より剣術はじめあらゆる分野を叩きこまれているんだ。悪魔に魅入られたなんて狂言までして簡単にくたばるようなタマじゃないだろう」
「なるほど、な……。ここまで話してもらって悪いが全然分かんねぇわ。何か引っかかることがあるかと聞いてはみたが意味無かったわ。ごちそーさん」
形ばかりの礼を言いスコーンの最後のひとかけを口に入れ両手を叩いてカスを払う。
さて、腹ごしらえも済んだし早いところお引き取り願うかな。
「宿泊簿が見たいんなら気の済むまで見ていきな」
席を立ち、宿の受付カウンターの内側から紙束を取り出す。戻り際窓に目をやると日がだいぶ傾いて薄暗くなり始めている。最初から見せるつもりだった。ただ勿体ぶったわけじゃない。できるかぎり引き付けておけば他を回られる心配が減るからだ。
「ほらよ。3か月分だ」
「悪いな。これを見ないことには帰れないからな」
「そろそろ客が帰ってくる頃だ。騒ぎになってもだりぃからとっとと見て帰れ」
「貸し出しは?」
「するかアホ」
「3ヵ月でこの量か……少なくて助かるぜ」
「返してもらおうか」
「待て待て。誰も閑古鳥だとバカにしていない」
「今言ったじゃねーか」
気分を害したふりをして席に座らず窓の横に壁にもたれ掛かる。距離を取っておかないと視線や表情でバレかねない。
「ん?この頃はやけに聖都出身者が多いな」
「たまたま、だ。貧乏人を受け入れてるからな。出身なんて選べねえよ」
「ソードブラウンの名前は確かになさそうだが……。このジーナとかいう女が聖職者?」
「聖職者ならゴロゴロしてるだろ。そいつらは姉妹で旅をしているからお前らの追っている修道女ではないだろう。あと髪色は茶色じゃない。レグホーンなんだ」
「職業聖職者、か。気になる……が、確かに姉妹ではないな。髪色も情報と違う」
ふむ、と息をつくと紙束を閉じて手を離す。
「わかった。長居して悪かったな。お前の顔を久しぶりに観られただけでも来た甲斐があったぜ」
情報を掴めなかったにも関わらず声のトーンが上がるアッシュ。
なぜそうなのかはオレにもさっぱり分からない。
「社交辞令など要らん」
「本心だ。所帯を持ってなくて安心したぜ。」
「安心?……どういう意味だ?」
「そのままの意味だが?」
ニヤニヤしながらテーブルの上のティーセットを片付ける。ずっと重い鎧を付けたままでこんだけ動けるんだ、騎士様の鍛錬は相当なものなんだろう。
片付ける様子を見ながら一つひらめく。
「なぁ」
「ん?」
「お土産にスコーンを置いていく気はないか??」
大笑いされた。
「はっはっはっ。全くお前ってやつは。いいだろう、未開封のアプリコットジャムもつけてやろう」
「よくわかってるな。ありがとよ」
どこから取り出したか不明の――入ってきたときには持っていなかったはずの――網かご《バスケット》から残っていたスコーン3つ、杏のジャムをテーブルに置く。使い終えた茶器が綺麗に重ねて入れられている。
「しかし、お前少し変わったか?」
「知らねぇよ。オレはオレだ。お前が離れたのは過去を忘れるため。オレがここにいるのは過去から逃れられないため。どっちも同じだ」
「――。そうかもな。楽しかったぜ。聖都に顔出してくれたらもっとゆっくりティータイムを開いてやれるんだがな」
「一生行かねぇよ」
つっけんどんなオレの対応に苦笑するアッシュ。
「それで、いつまでこっちにいるんだ?収穫祭当日まで聞き込みする気ならやめておけと忠告しといてやる。碌な目に合わない」
「おーおー、それは怖いな。雪の降らないうちに帰りたいからな、明日、遅くとも明後日には発つさ。どうだ、恋しくなってきたか?」
「それはお前だろ」
「最後までラストらしいな。また会おう、我が愛しの……最愛の友人よ」
含みのあることを言い残し、アッシュは玄関から出て行く。
その背中を無言で見送りしばらくは「ああそういえば」と戻ってくる可能性に対する警戒だ。
それは取り越し苦労にすぎなかったわけだ。
しかし参ったね、こりゃ。
ローシェンのやつが帰ってこないところを見ると伝言はうまくいったか。
頼むからアッシュと鉢合わせんじゃねーぞ……。
お茶会の話をもとに、いざ作戦会議!