2日目 29 男どものお茶会① ふたりのオヤジとギョロ目騎士
新年明けましておめでとうございます。
新年一発目は男ばかり、おっさんばかりです。
お前たちが森のほうへ出発してからしばらくは平和だった。建具屋の仕事は順調で玄関の扉は無事に修繕され、仕事を終えた建具屋に茶を入れて二人で一息ついていたところだ。
直したばかりの扉が開いた。
「失礼する」
「ん?あ、いらっしゃ……」
宿泊客が来るには微妙な時間だったため油断していたオレは間抜けな声が出してしまった。さらに相手のいでたちを見て挨拶が途切れた。いや、最後まで言い切るのが嫌になったというほうが正しいか。歓迎したい相手ではなかったからだ。
白銀の甲冑に身を包んだ男。鎧で体格がはっきりしないが少しやせた頬にぎょろりとした目から神経質そうな男のようだ。できれば関わりたくない苦手なタイプだ。
その光を反射させるほど白い甲冑には見覚えがあった。自分たちはさも清廉潔白だと言いたげで気に入らない、聖都の教会所属の騎士団。その中でも白銀は割と上位の者が身に着けるものだ。
「騎士様、ですか?こんな辺鄙な宿に一体どんな御用でしょうか?」
「ふん、宿泊などせぬ。こんな陰気な場所すぐにでも立ち去りたい気分だ」
一目見て嫌気が差したために皮肉たっぷりに尋ねる。もちろん一服の席についたままだ。
帰ってきた言葉から案の定性格悪い。どうぞどうぞお帰りくださいませと言ってやりたかったが一応呑み込んだ。。
「だがここの主に用がある。貴様らのどちらかか?」
ギョロ目はそう続け建具屋とオレを順に指をさしてくる。この偉そうな感じがたまんないね。つまみ出してやりたいところだがもめごとは厄介だ。建具屋には先に退散してもらうほうがいいが、どう言い訳を付けるか……。だりいな。
「宿の主はオレだ。こっちは修繕に来ていた建具屋、もう帰るところだ」
仕方ないが建具屋を巻き込むわけにもいかないので腹を括って名乗り出る。
「ふん、どのみち主以外は席を外してもらうつもりだったわ」
いちいち引っかかる言い方をするが、まぁ、好都合か。
「それじゃ、私はこれで」と席を立つ建具屋。ふん、とまた鼻を鳴らす騎士サマ。鼻息の荒い奴だ。猫みたいに喉を鳴らしてくれたらまだ可愛げがあるんだけどな。
「あ」
オレはわざと間抜けな声を上げる。
「建具屋、今日の仕事料、今度でいいか?こんな状況では渡せそうにない」
「ああ、構いませんぜ」
「そしたら、今覚書を書くから待ってくれ」
「なにをしている!そんなことはいいから早く去りたまえ」
ペンを取り、その場にあった適当な紙に適当な紙ササっと書く。
「これは仕事の報酬についての話だ。よくないだろうが。勝手に割り込んできて随分勝手なことを言ってくれる。騎士サマを待たせちゃ悪いから気を遣って先延ばしにしてるのをわからないかね。『邪魔が入ったために修繕の支払いは後日改めて行う。忘れていたら催促してくれ』と。ほい、じゃ、よろしくな」
内容をわざと読み上げ、あえて半分に折って渡す。
「なんと無礼な奴め!」
ギョロ目のやつ、腰に携えている剣の柄に手をかけやがった。格式高い騎士サマなのに短気にもほどがある。
「事実じゃねーか。あ、せっかく直してもらったのに悪いが裏口からでてもらっていいか?」
「ああ分かった。それじゃ騎士様、どうもお待たせいたしやした」
本来なら見過ごせない行動だが軽くあしらうのは、建具屋が無事に外に出るほうが先決だからだ。外に罠が張られている可能性も考えられたがチトセが警戒しているはずだからあまり心配していなかった。
帽子を取りギョロ目に向かい恭しく礼をし、建具屋は裏口へ向かうために騎士に背を向ける。一歩踏み出すと同時に『ぷぅ』と気の抜けたラッパのような音がする。
「貴様ぁ!!」
「ああ、こりゃ失礼しました。昨夜仕事に備えてたらふくニンニク食べたものですから」
ギョロ目は顔を赤くして怒鳴り、白銀鎧のブーツで床を数度打ち鳴らす。おいおいやめてくれ、そんな固いもので打ち付けたら床が抜けるだろうが。あ、そうなったらたっぷり修繕費ふんだくってやればいいのか。
今度こそ剣を抜く勢いだったが建具屋も頬のこけた男なぞこれっぽっちも怖くないらしく、悪びれる様子もなく口だけの謝罪をして去っていった。ま、事実腕っぷしなら建具屋は負けないだろう。ひょろっちい騎士サマの2倍は腕の太さがある。
完全に剣を構えないだけマシだったってところか。命拾いしたねぇ。
覚書なんて本当に要ると思うか?あれは只の冗談。
買い出しに出ているローシェンに状況を伝えるために入ってくるな、誰も入れるなと書いたのさ。建具屋が渡すなり裏口に貼るなりしてくれる前提でね。それはうまいことやってくれたらしいのはお前たちが納屋に放り込まれたことからわかるだろう?
それはさておき。
建具屋が裏から出ていき、バタン、と戸が閉まる音を確認する。
「それでは騎士サマお待たせいたしました」
ふん、とまた鼻を鳴らす。他に言うことないのかよ。
「今厨房の者は買い出し、客人は全て出払っておりこの宿の中は私一人です。ご安心ください。他人に聞かれたくない話のようですが何でしょうか?」
「ふん、顔のわりに物分かりのいいやつだ。こいつを見てもらおう。見覚えはないか?」
一枚の小さな肖像画を出す。まだ少し幼さがあるが整った容姿、長い髪をした少女、見覚えどころかこれは……。
「顔とはまた失礼なものいいですね。さぁ……宿屋ですから人の出入りが多くて。私自身人の顔を覚える気もさらさらないものですから、よくわかりませんねぇ。これほどの美人でしたら記憶に残ると思いますが……」
「しらばっくれるでないぞ、この辺りで目撃情報があるのだ。それに商売するものが人の顔も覚えないなどあるか」
「そういわれてもねぇ。商売もしたことない奴に言われたくありませんねぇ」
簡単に頭に血が上るような感情的な男だのらりくらりとやっていれば業を煮やして勝手に出ていくだろう。
「宿泊者記録を見せてもらおうか?」
「その前にそれがどこの誰なのか教えてもらえませんか?大陸宿泊宿協会に照会すれば宿泊記録はとれるものを手続き踏まないでわざわざ押しかけてくるなんて穏やかじゃありません。こちらも協力したくないわけではありませんが善意でやるにはそれなりの理由や情報が必要で……」
「ふん、仕方ない、教えてやろう、このお方は我らが聖都の誇る、とある良家のご息女なのだ!」
だからなんでお前が偉そうなんだ。とツッコミを入れたいところだが、できるだけ驚いたふりをする。オレもなかなかの演技派だな。
「へぇ~、それはまた大層立派な方ですね。どうりで美しい見た目をしていらっしゃる」
「そうだ、高貴な方なのだ。この宿に出入りしたのではないのか!?」
うるさ。思わず両人差し指で耳の穴を押さえる。
「すいませんねぇ、お役に立てそうもない。貴方がそうであるように敬虔な男神教徒が異教の息のかかった宿に好んで泊まるとお思いですか?ご自身に照らし合わせて考えれば答えは明白ではありませんか?」
「ぐぬぬぬ。口の減らぬ男だ!そこへ直れ!この剣の一滴にしてくれる!」
耳を塞ぎながら話しているといつもと違った声に聞こえて面白いと思っていたのも束の間。ギョロ目のやつ、ついに剣を抜きやがった。剣だけにつかの間。なんつって。
顔はさらに赤くなっているがその肉付きではタコのほうがよほどおいしそうだ。
こんなに挑発しているのには訳がある。自分たちの影響力が少ない土地で事件――傷害どころか器物破損を起こしただけでも身動きはとりづらくなる。それで諦めてとっとと宿から、町から退散してもらうためだ。
「男神様は寛大な心をお持ちとお聞きしております。信徒の方々もまた同様であると。それが抜剣なさるとは。噂も大したことはありませんなぁ」
「き、貴様ぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!!」
よし、キレたキレた。今にも切りかかろうとしているギョロ目相手にどう立ち回るかと考えていると、またも玄関の戸が静かに開いた。
「おいおいなにやってんだ」
現れたのはこれまた白銀の全身鎧を身に着けた男――だがギョロ目に比べ明らかに体格が良く風格を感じさせる。
「た、隊長!!」
さ、お偉いさんのお出ましだ。これでやっと話が進むな。
本年もどうぞよろしくお願いします!
おっさんばかりなのは一時的なものですので
引き続きお付き合いお願いいたします!
可愛い子たちはちゃんと戻ってきます。笑