2日目 28 躊躇う男と暴露する少女
珍しく連投です。
ラストおじさんが話を始めないものだから、チトセさんは壁にもたれ腕組みをしたまま話を続ける。
「納屋に荷物を下ろした後、街に買い出しに行ったの。そしたら途中でこの辺りには似つかわしくない白銀の鎧を身に着けた人物――協会所属の騎士を見かけたの。それも一人じゃなく複数。聞き込みをして回っている様だったわ」
その口調は少しイラついているようにも感じられる。いつもはもっと優雅だったような。
「このあたりは私たちのような精霊信仰が主で、いてもせいぜい女神を筆頭にした多神教徒じゃない。まして一年で一番賑わうこの収穫祭の時期に男神の一神教徒なんて白い目で見られるのがオチ。教会もそんなこと分かり切っているはずなのに堂々と騎士を派遣するなんて頭がおかしいとしか思えない。重鎮がお忍びで来るのとは意味合いが違うわ。恐らく騎士がいることを見せつけて焦らせあぶりだそうとしているのよ」
「精霊?多神教?一神教?」
聞きなれない単語に一層混乱する様子の詩人君。そうよね。あたしもわかるまで時間かかったもの。
「この国では大きく3つの宗教が存在しているの。一番古くからあるのが万物に精霊が宿るとする精霊信仰。今は下火ね。次に精霊信仰から派生し今一番主流なのが太陽の女神を筆頭に13の神々が世界を創世したとする多神教、女神信仰。そして一番新しいのが他を邪教ととらえ異端と排除してのし上がってきている男神の一神教。教義が少し過激で厳しいけど、そのぶん熱心な教徒がいるの。その力は強く、王都があるのに聖都なんて都を持つまでになったの」
「へぇ、そうなんですね」
「王都の中央広場に女神さまの像が立ってなかった?」
「そういえば、ありましたね。西日に照らされてキラキラと輝いていました」
「それが太陽の女神なの。……話が逸れたわ。それで私はO2と騎士の様子を探っているうちにここに向かい始めた奴がいたから先回りしてラストに伝えて、私は宿の外から他に怪しい動きが無いか警戒していたわ。幸い大勢で押しかけてくることはなかったけど。中で何を聞かれ何を話したか、詳しくはラストから」
「……、まぁそういうことだ」
まだ口の重いおじさん。
「私がここまで話してお膳立てしたんだから、あとしっかり話しなさいよ」
「……わかってる」
チトセさんがくぎを刺し返事をするも、言いながら気が進まないおじさんがため息をつく。それを見てチトセさんもため息をつく。
「……ちーさま。私はどうしたらよいでしょうか?」
突然聞こえた静かな澄んだ声にまたぎょっとする。抑揚の少ない、冬の空気のような凛とした声。ラストおじさんとは反対側のチトセさんの隣に、床にぺたんこ座りしている少女がいた。どこかで見た、と思ったら今朝チトセさんと一緒に荷物を運んできた子だ。
黄土色で毛先が内巻きに癖のあり柔らかそうなセミロングの髪、髪と同じ色の法衣を纏っている彼女は遠目では分からなかったけど見た感じアヤメと同い年かもう少し幼い顔立ちをしている。
もっともアヤメは外見年齢が15だと本人が言っているだけで実際の年齢はあたしたちよりはるかに上なのかもしれないけど。よく覚えてないみたいだしそこは気にしてもしょうがない。
「退屈でしょうが一緒に話を聞いていてもらっていいかしら。あと、念のため外の警戒をお願い」
「承知しました」
チトセさんが指示を出すと少女は静かに目を閉じる。すると、ほんの少し空気の中に圧が増した感じがする。
「あ、その子は……」
「私のお気に入りのカワイ子ちゃ「人前でやめてください」……もとい弟子で私と同じトレントさまのお世話役でドルイド僧、O2ことオークルオードよ」
「……どうも」
さっきと打って変わってちょっと嬉しそうに話すチトセさん。一方オークルオードと呼ばれた少女は不愛想、感情をまるで見せずに声を出しわずかに頭を傾け、形だけの挨拶をする。
愛想はないけど可愛い子だな、と思っていたら不意に目が合う。
あれ?なんだか睨まれた?気のせい?あたし何かした??
「この子のことは今はいいわ。それよりこっちの話のほうが大切よ。不審者が来たりしないかはO2が見張っててくれるから話に集中していて問題ないわ」
「不審者がいた場合は捕らえて儀式の生贄にしていいですか?」
「いきなり街中で生贄探すのやめてくれる?騒ぎになるわ。って、言ってるそばから黒曜石の短刀を準備しない。ほら、鞘に戻す。とりあえずは泳がせておきなさい」
チトセさんが何やら話してるけどあたしはドキッとして話どころじゃなくなってる。視点も定められず、話している人の顔を見ようと思ってもオークルオードちゃんのほうに目線が行ってしまう。黒光りしている小刀のようなものを取り出してはすぐ収めてる。なにかあったかな?なんでO2なんだろ。なんて今聞けないよね。
二人はやりとり続けていてオークルオードちゃんはもうあたしへの興味を失ったのかこっちを見てくる気配が無い。やっぱりあたしの気のせいなのかな。
「最初に確認したいんだが、ジーナ」
おじさんが後頭部を搔きながらようやく重い口を開いた。
一言ずつ、自分でも確認するように言う。
「ジーナ・レグホーンは、偽名だな?」
は?いきなり何言いだすの?
「……はい」
「おねーちゃん……」
おじさんの問いにゆっくり、力強くはっきり頷くジーナ。アヤメがその様子を心配そうに見ている。あたしは頭が付いて行かない。
「いいのアヤちゃん。隠し事は無しよ。ここにいるみなさんなら本当のことを話しても平気なのは分かるでしょう?皆様、改めて申します。レグホーンはアヤちゃんの名前ですわ。この子は紛れもなくアヤメ・レグホーン。そして私の本当の名前はクリスティーナ。……クリスティーナ・ソードブラウンです」
「え」
場が固まる。
学のあまりないあたしでも、異世界から来てスラムに住んでいたアサギさえも知っているが故に戸惑う。オークルちゃんのことが気になっていたのが薄らぐ。
おじさんとチトセさんはやっぱりか、と言わんばかりに大きくため息をつく。
「ソードブラウンって、あの……」
アサギが躊躇いがちに問う。あたしは聞けなかった。
「――?? みなさんどうしたんですか??」
詩人君が話について行けないようで困惑している。
「あ……。君は知らないのか……。聖都に行ったことはある?」
「記憶をなくしていますので……。ただ、ここに来る前は王都にいました」
「そっか、じゃあ知らないのも無理はないか」
「ソードブラウン家ってのは、聖都でも特に影響力のある家柄、ブラウン一族のうちの一つだ。聞くところによるとsword,load,rosenの三家でブラウン一族だと聞いている」
アサギと詩人君のやりとりにおじさんが説明をいれる。
「そうですわ。武に長けた剣、術に長けた法、芸に長けた薔薇。歴史は古く、いつからあるのか、いつから聖都に影響を与えているのか。かつての王族だという話もありますが真偽は私にもわかりません。家柄の存続、発展のために、生まれた子の才能を見極め三家で互いに養子に出し合うなど、より強い力を求めるために手段を選ばない狂った人たちです。そして私は――」
「ジーナ、いや、クリスティーナさん」
今度はジーナが堰を切ったように話し出すとおじさんが制するように腕を伸ばす。
「追手が誰かも含めてオレが話そう。何か説明の足りないところは後から補足をしてください」
「……分かりましたわ。ただ、おじさま。一つだけ。私は今は一人の冒険者であり一介の聖職者、そしてアヤちゃんの姉のジーナ・レグホーンですわ。家も肩書もこの場では関係ありません。今まで通りの話し方で、呼び名もジーナのままでお願いしたいですわ」
「そうか、余計な気遣いをしちまって悪かったな。じゃあ、改めてジーナ、よろしく頼む」
ジーナがこくりと頷く。
「それじゃ始めるぜ」
今夜もまた長くなりそうね。
今回で10万字に到達しました。
まだまだ序盤です。今後ともよろしくお願いいたします!!
2022.1.14 補足
Christmas→X'mas と表記するように
Christina→Xina としたためジーナと名乗っています