2日目 27 話せないもどかしさと切りだしてくれないもどかしさ
少し間が空いてしまいました。
お待たせしました!
深い暗闇の底に落ちてしまった意識。そのはるか上、表皮で、ぎぃ、と軋んだ音が鳴ったのが感じられた。
「おーい、でていいよ」
そう呼ばれたような気がして、まだ閉じていたいまぶたを仕方なくゆっくり開ける。
納屋の入り口が開けられ闇の中に人影が薄く照らしだされている。
「あれ、ローシェンさん……」
暗がりの中に浮かぶぼんやりした光を頼りに声の主の姿を認める。髪を後ろで一つにまとめたポニーテールに小柄で細身だけど華奢ではない引き締まった体格。
間違いなく納屋に私たちを閉じ込めた本人だった。
「あたしいつの間にか眠って……って……、ああ……みんな寝てたの……」
どれほど時間が経ったのか、さっきはただ一つある小窓から照っていた西日はすっかり沈んでいる。納屋の中は真っ暗。ローシェンさんの持つランタンが唯一の光だ。
少し頭が重い。軽い頭痛のような感覚があり手のひらを右目に当て頭を支える。
みんながほぼ同時に目覚めたみたいで、目をこすったり伸びをしたりするのがうっすら気配で伝わってくる。
「急に閉じ込めて悪かったね。事情を説明するからそのまま食堂でいいかい?」
「「「「「はーい」」」」」
その声は納屋に入る前の緊張したような刺々しさが抜けて、いつものように包み込んでくれそうな穏やかなものに戻っていた。
揃って返事をする、その様子がおかしかったのかローシェンさんが噴き出し、子供みたいだね、とこぼすけど、すぐ背を向けて納屋から出ていってしまう。
ただでさえ視界が不明瞭なのに唯一の灯りを失い狭い建物の中は闇に包まれる。目を凝らして辛うじて見える程度の暗闇を入り口からこぼれるかすかな光を頼りに外へ向かう。
灯したまま待っててくれたらいいのに、と思いながらもそうしない、過保護にしないのがローシェンさんらしいと思った。
「あれ……?」
「アヤちゃん?どうしたの??」
アヤメが上げた声にジーナが反応する。あたしも気になって足を止めてアヤメのほうを見る。暗いから見えないんだけどついそうしてしまった。前にいた男性陣二人は振り返りながらも歩みを止めずに外へ出ていく。アサギはまたあたしを置いて行ったと少し心がチクリと痛む。
「おっかしーなー。魔力が少し戻ってる。ゴハン食べてないのに……」
不思議そうに頭を掻きながら首をかしげている気配。どうして両方やるかな、どっちかじゃないの。言ってしまいたい気持ちを抑える。今は遊んでる時間じゃないんだ。
淫魔であるアヤメが魔力を補給するためには人間のように睡眠や食事ではなく、人の生気を吸う必要があるという。もっぱら供給源はジーナなんだけど、やらしい、いかがわしい気持ちが強ければ強いほど回復力が高いみたいで。たまに街に出て歓楽街の男共を食べ漁ってるらしいの。悪趣味なことね。
睡眠が必要ないのに同じように寝てたり、寝ている間に回復ができたってことは変なので、何かが起きていたってことなのかな。5人全員が一斉に眠りにつくのも不自然なことだし。
「おーい、閉めるから早くしなー」
「はーい!今行きます!」
ローシェンさんに催促されて慌てて外に向かう。外に出てということをもう忘れて考えに没頭していたのを現実に引き戻される。
「アヤちゃんも行きましょう?」
「そだねー」
3人ぞろぞろと出ていく。入り口をくぐった途端に体が冷たい風にさらされ体がこわばる。
陽が落ちたために昼間よりさらに冷えこんでいる。乾燥気味で済んだ空気は刺すような痛みを頬に与えてくる。
「う~、さむ~」
アサギに借りた上着を羽織った上から二の腕をさする。マントを貸したアヤメは平気そうにしているので防寒仕様になっているマントとはやっぱり違うんだ。早く返してほしい、かも。
「あ。ちいねーちゃん。マント返そうか?」
「いいよ、アヤメも寒いでしょ」
思わず強がってしまった。はーい、と返事があり、それ以上言ってこない。
どうしてこう素直に言えないんだろ。
ローシェンさんを先頭に宿の中に入ると暖炉を焚いているのか暖かい。話の前にせめて着替えたいと思ってたけど、これなら平気かも。
そのまま促されてあたしたち5人は食堂へ入る。
ローシェンさんは後は任せたと厨房に入っていく。結局話しそびれちゃうわけだ。
厨房からはかぐわしい磯の香りが漂っている。今夜は焼き魚かな、そう考えるとぎゅるぎゅるとお腹が鳴り、誰かに聞こえたんじゃないかと恥ずかしくなって俯いてしまう。
「お、来たか。お疲れさん」
その声に顔を上げる。食堂の奥にいたのは宿の主のラストさん。いつも通りに振舞っているが、何やら浮かない顔をしているように見える。納屋に閉じ込められたのとやっぱり関係あるのかな。
「……まぁ座ってくれ」
神妙な感じであたしたちに着席を促すが深刻さを出すのが得意でないのか声色はいつも通り。両肘をテーブルに付き手を組んで口元を隠しているのは、あまり表情を見せたくないからなのかな。よほど言いにくいことなの?
「おいおいアヤメの服がぼろぼろじゃないか。ヒナもずいぶん寒そうな格好してるし、一回着替えに部屋に行くか?」
「あ、部屋が暖まっていて平気なのでこのまま続けてください」
「そうか……」
――あたしたちが席についても話始める様子が無い。話をはぐらかされそうになったので無理やりに戻す。着替えてる場合じゃないよね。
「話って……?」
なかなかおじさんが話し出さないから、アサギが切り出す。
「んー。ああ。それなんだがな……。さて……、どう話したものか」
それでも引き延ばそうとする。もったいぶっているわけではなさそうで、よほど話しづらいみたい。
「どうもこうもないでしょう」
すっとぼけた言い方は即座に切り捨てられた。誰もいないように見えていたおじさんの後ろから声が飛んできた。おじさんの背後、窓の隣に人影があった。
「「チトセさん!?」」
気配を消していたのか全然気づかなかったけど。おじさんにツッコミを入れたのは今朝納屋に荷物を運びこんでいたチトセさんだった。荷物を運ぶだけと言っていたからとっくに帰ったものだと思っていたけど、おじさんのそばで壁に寄りかかって腕組みしている。
アサギとあたしがとっさに上げた声は完全にハモってて恥ずかしい。
「教会の追手が来たのよ。宿場街に。いえ、ここ野ウサギと木漏れ日亭にまで」
「「……っ!!!」」
あたしたちは誰もが目を丸くする。ジーナは両手で顔を隠すが表情がゆがんでいるのは隠してもわかる。恐れていたもの、平穏に影を落とす者……追手がついにきてしまったのか。
平穏な日々というよりあたしの話をする機会がまた遠のいてしまったことが悔しくてたまらない。なんで寄ってたかって邪魔するのかなぁ。
誰にも気づかれないように、あたしはそっとため息をこぼした。
自分のことばかり考えるヒナ。
聴いてもらいたいと思うだけでは誰にも聞いてもらえないですね。