2日目 26 帰還と幽閉
前回で屋外でのミッションを終えたので場面変わり宿へ戻ります。
コイズ親子を見送り、あたしたちは野ウサギと木漏れ日亭に向かう。
冬の陽は短い。すでにかなり傾いていて、照らされできた影は長く伸びている。
宿の建物に近づく。さっき建具屋さんに聞きそびれてしまったが玄関の扉はしっかり直っているようだった。こうやってきっちり直してもらえるから安心して壊せるのよね。あ、別にわざとじゃないんだけど。
今度はローシェンさんが珍しく出迎えに来ていた。今夜の仕込みを始めていてもよさそうな頃なのにあちこちきょろきょろしていて遠目にもわかるくらいソワソワしてる。あたしたちの姿を見つけると声は出さないで大きく手を挙げる。
ウサギが急ぎの用になったのかな。それだとマズいなぁ、と不安を持ちながらあたしは大きく手を振って応える。
「ローシェンさん!ただいま!」
そう発すると口に人差し指を当てて、しーっという。どうしたんだろ。
「みんな、無事だった!?」
ローシェンさんには珍しく、いつもの余裕のある落ち着いた雰囲気とは違う。なにか焦っているような口ぶり。ちょっと早口で小声。
「無事ですけど……ウサギには逃げられてしまって収穫は無しです……ごめんなさい」
「よかった。奴らに遭遇しなかったんだね。兎のことはいいから、早く、こっち!っつ、と。静かにね」
狩りの依頼報告はそっちのけ。気にしてたあたしは何だろう。
そして奴らって一体……。質問をしたいけど静かにと言われ足早に進む今、問うことは難しい。そいつらのせいであたしの抱えていたモヤモヤは無駄になったわけ?なんなの。悩んだ時間返せ。それとさ、ローシェンさんに相談に乗ってもらった後の話したいんだけどな、とても話せる雰囲気じゃないね。あたしっていつもそう。タイミングが悪いの。タイミングを見計らい過ぎて逃しちゃうの。
などと考えている間もみんな遅れないようにひと固まりで進む。土色のさらさらした髪に見とれながら付き従っていくと宿の正面玄関でなく厨房に繋がる裏口側に出るが、その裏口の扉さえも無視して進み、小さな建物の前でローシェンさんは足を止めた。
「おわっぷ」
「きゃっ」
停止したのが見えなかったようで最後尾で追突を起こしたか小さな悲鳴が聞こえる。
立ち止まった場所は、今朝エルフのチトセさんが冬支度で荷物を置きに来た納屋だった。
ローシェンさんは鍵を開けようとするが錆びかけた鍵は開けるのに滑りが悪く開くまで数秒を要した。
アサギにやらせますよと言おうとしたころに無事に開き強引に扉を引く。何も言わないけど焦っているように見える。と言うかなんで納屋?何か運ぶのかな?
「さ、入って!アタシかラストが迎えに来るまで中で静かにね!居ることを悟られるんじゃないよ!」
「え!?あ!ちょっと!!」
料理人だけあって腕っぷしの強いローシェンさんにあたしたち5人は戸惑って抵抗も質問もできないまま一人づつ順番に納屋に押し込まれる。押されたうえに背中にアサギがぶつかってバランスを崩しあたしはチトセさんのものであろう荷物の上に倒れこむ。何も壊れたりしてないよね……?
また強引に閉められる扉が軋んで耳障りな悲鳴をあげ、鳴りやむと施錠する音が聞こえる。開錠時と違い一瞬だった。
「どうしたんだ一体……」
「様子が変でしたわね」
「何かに追われてるとか焦ってるような」
いつもに無い雰囲気に口々に言う。みんな同じように感じてたんだ。
小窓から差し込む夕陽が唯一の灯りとなっている薄暗い室内。
「ね、アサギ、どいて。アンタどこに顔つけてるかわかってる?」
今日のあたしは冷静だ。今騒いじゃいけないことは重々承知で、さすがに忘れなく感情任せに騒がなかった。
アサギの顔がお尻に乗ってるなんていつもなら発狂レベル。恥ずかしくて顔は真っ赤だけど暗がりじゃわからなくて好都合。
「わ、悪ぃ……」
「いいから、重いからどいて」
素直にすぐに退く。状況が状況だけにジーナもアヤメも茶化してこない。
これだけ揃って空気が読めるのも珍しいこと。それだけローシェンさんの様子が異様だったってことよね。
体を起こし、座っても平気そうな柔らかめの荷物や干し草を探しその上に各々腰を下ろし、その配置は自然と輪を描くようになっていた。
しばらくの沈黙。
「おねーさんとオヤジさん大丈夫かなー」
静寂を破るアヤメ。
「大丈夫だと信じましょう」
「だな。あれ……、疲れが出たのかな、なんだか意識が……」
「頭がくらくらしますわ……」
あたしもだ。気のせいかと思ったけど、眩暈のような感覚がある。眠気……?
「だ……め……」
目を開けていられない。
何度か開閉を繰り返した末にあたしの瞼は閉じてしまう。
揃いも揃って同じ症状とは眠気とは考えにくい。例えばアヤメの使う幻術のような、何らかの力が働いている可能性が考えられる。けれど、そこまでだった。
他のみんながどうなったかは分からない。もしかしてローシェンさんに化けた何者かの罠だったのか。奴らと言いながら自分たちのことを言っていたのか……。
薄れゆく意識の中で油断しきって無抵抗のまま捕まってしまった自分のふがいなさを呪いながら、あたしの意識は途絶えた。
執筆始めて半年が経過しました。こんなに続けられるとは思っていませんでした。
いつも読んでくださるみなさんのおかげです。どうもありがとうございます!
欲を言えばこれからもお付き合い続けていただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします!!