プロローグ 2 歩みを止めた足と新しい扉
「ヨォ……、久しぶりだな」
「あ? ……んだよ、アンタか……。何か用なの……?」
照明はおろか、窓からも採光できないよう一切締め切った真っ暗な館の中で、そいつはうずくまっていた。
オレは左手にある角灯を胸の高さに掲げ、そいつがよく見えるように照らすが、迷惑そうに顔を逸らされた。
「用があるから来たんだが……。まぁ、姉さんが死んでから塞ぎ込んで腐ってるお前を見るに見かねたというのもある」
「姉さんは……死んでない……」
ため息交じりに言うと、両膝に顔を半分うずめてボソリと返事がある。
「いや、死んでるだろ……」
「死んでない……!!」
動かないまま形相変えて目線だけ睨みつけてくる。
「わーった、わーった。そう怒鳴りなさんな。なに、お前さんのその腕と刃が錆び付かないうちに次の獲物を提案しようと思ってだな……」
「興味ない……錆びてるのはアンタの頭だろ、昔からずっと……」
俺の赤錆色の髪を言ってるのか、はたまた頭の中か。
そんな皮肉が言えるなら心配は要らない、か……?
ぐ、ぐぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~
「…………」
「……………………」
話し声以外静寂に包まれていた暗闇に、緊張感の無い音がこだました。
目線は再度逸らされた。
ろくに食事も摂らずにいたであろう、角灯に照らしただけでもわかる血色悪い頬が仄かに色づいたように見える。
「少なくとも、お前は生きてるよな?」
「…………」
「なに、そうやってこんな真っ暗ン中で一日中膝抱えてても腹は減るだろ?」
「…………」
「今度の獲物は逃げも隠れもしないから、お前さんにとってツマンナイ奴かもしれない。そいつを上手に仕留めてほしいってわけだ。それがお前さんの為でもあるし、多くの人の為にもなる」
「……どういうことよ?」
そっぽ向いていた眼光が再びこちらに。
訝しげだが、死んだ魚の目から生気が戻ったように感じた。
「お節介な奴がいてな。『あたいは忙しいから、替わりにあの子引っ張り出してやんな!』だとさ。はた迷惑なもんだぜ。なんで俺にやらすかな……」
「ぁーぁ、何もかもお見通しってワケ、か……」
(そうでもしなきゃ、アンタはここに顔出さないもんな)
「あ?」
「なんでもねーよ……。さ、今のあたしには何の目的もない。煮るなり焼くなり好きにしな……」
「いーや。煮るなり焼くなりするのはお前さんにやってもらう仕事だ。刃を研ぐ以上に舌を磨けよ……?」
「……?」
「ひとつだけ注文。その黒づくめ禁止な? 正装は白だそうだぜ?」
「??」
オレが差し伸べた手を、戸惑った表情のままそいつは掴んだ。
◇
「って料理人の提案なんて誰が思うかよ! くっそ嵌めやがって! 期待するじゃねーか! あンの赤錆頭ぁぁぁ~~~~!!」
特別にあつらえた純白の料理人服を手作りソースのシミで汚しながら、私は今日も愛用の得物で待つだけの獲物を捌いていく。
「ウサギの丸焼きとレンズ豆スープ上がったよ! 冷めないうちに持っていきなっ!」
昼飯時。
それが私の新しい戦場になった――。