2日目 25 帰路と少年の決意《後》
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しばらく歩き、陽がだいぶ傾いてきた頃、野ウサギと木漏れ日亭の古ぼけた建物が見えてきた。
「おーい!」
「あ、父ちゃんだ!」
コイズの父親、建具屋のおやじさんが迎えにやってきていた。
「コイズ!! 無事だったか??」
少年は父親に駆け寄ってぎゅっと抱きつき、それから顔を見上げて話す。
「みんなが守ってくれたんだ、怪我してないよ!」
「そうか、よかったな……。みなさん、ご無理を言ってすいません。ありがとうございました。お世話になりました」
「いえ、私たちも好きでやったことですから。気になさらないでください。」
ジーナが謙遜するが、建具屋さんは深々と頭を下げる。
少年も隣に並んでぺこりとお辞儀をするが、すぐに頭を上げて父親に続きを話しだす。
「父ちゃん! あの……、おれ、冒険者になりたいんだ。こんな近くの森のことだって全然知らなかった! 魔物が出てきても何もできなかった! だから、一回冒険者になって、もっと世界をよく知っておきたいんだ!! 世界をよく知って……、父ちゃんの後を継ぐのはそのあとでもいいかな……? 絶対継ぐから! 建具屋も継ぎたいんだ! 父ちゃんみたいな職人になりたい気持ちは変わらないんだ!」
そう話す瞳は輝いている。
「そうか……、お前がそうしたいと決めたのなら父ちゃんは賛成だぞ! 母さんは心配するかもしれないが、それでもきっとわかってくれるだろう!」
「ありがとう父ちゃん!!」
「それなら、野ウサギと木漏れ日亭のオヤジさんに稽古つけてもらったらどうだ?」
「え!?」
「かなり手練れの戦士だったみたいだぞ。頼んでみろ。お前は建具屋の修行をしているから腕っぷしは強いほうだ。魔法の素養はよくわからんがたぶん無いだろう。だから戦士向きだ!」
「うん! そしたら立派な前衛になってみんなを守るよ!!」
「オヤジさんのことだ、照れくさそうに『ちっ、だりいな』って言って頭を掻きながら、始まると楽しそうに稽古つけてくれるに違いない!」
「言いそうだなー」
「ほんとに」
付き合いが長いからか、建具屋はさらっとひどいことを言う。
一同頷いて、爆笑に包まれる。
「さ、母さんも心配してるから暗くならないうちに帰るぞ!」
「うん!!」
「気を付けて!」
「また一緒に行きましょうね~」
口々に挨拶をし手を振る。
親子は手を振り返しながら、野ウサギと木漏れ日亭の方向ではなく、自宅のある宿場町のほうへと歩き始める。
と、数歩でコイズは立ち止まり振り返る。
父親も気付き歩みを止める。
「あ。……アヤメ」
並んで見送っていた俺たちの中、アヤメだけ名指しされる。
「んー? なーに? おしっこ漏らした?」
「違うよ!! あ、あのさ……、本当に今日はありがとう。でもさ、君が、君みたいなか弱い子が前衛に立つなんて無茶やめてくれよ……。おれが……おれが強くなって、お前を守るからな!!」
唐突な宣言にさすがのアヤメもキョトンとする。
「へ?? あ、うん。できるかなー?」
「やってやるよ! 待ってろよ!」
「うん。期待しないで待ってるー。」
ニヤニヤと挑発的に笑うが、今のコイズには情熱を燃え上がらせる燃料にしかなっていない。
両の手を握り立っている姿はまるで、背中に燃え盛る炎が見えるような熱血ぶりだ。
父親と手を繋ぎ街へ歩いていくが、何度も振り返っては手を振ってくるので、俺たちは見えなくなるまで見送り続けた。
「守ってくれるってさ。アヤメ、良かったね」
「そーだねー。へへ」
「――あらあら、これは大変。小さなライバル出現ですわね……」
夕日のせいか照れているのか、アヤメの頬が少し赤く染まっているように見える。
その横でジーナがこっそり呟いたのは、アヤメには聞こえないようだった。