2日目 20 ヒナとアサギ② 繁みの向こうと赤い粘液
Twitterで意見を募ったものについて、ひとまず登場です。
小鳥のさえずりと風で木々が葉を鳴らす音だけが聞こえる。
静けさが戻った森の比較的背の低い草むらで、あたしはぺたんこ座りしてる。
ショートパンツとブーツの間は素脚だから、肌に触れる葉が擦れて痛痒いけれど、身じろぎできず我慢してる。
なにせあたしの太ももの上には旅仲間の頭が乗っているわけで。
気を失ってるコイツを起こしちゃうのはちょっぴり可哀想だからじっとしてるの。
でも、頭って結構重いのよね。
「はぁ……。さっきは本当にどうなるかと思った。アナタのおかげで助かったわ。ありがとう」
あたしはアナタに何度目かのお礼を言う。
あたしとアサギがまとめてかかっちゃった縄で編まれた網の罠。
アナタはそれを腰に下げた細身の剣で切ってくれたおかげで、あたしたちは脱出できたわけなのよね。
で、解放されたはいいけれどアサギのバカが気絶しちゃってるから足止めなのよ。
ダメなやつでごめんねー?
あたしはそんなことをアナタに言いながら、普段なら絶対にできないこと――帽子を外したアサギの頭をそっと撫でる。
さっきの感触を思い出し顔が熱くなり、鼓動が落ち着いてきたはずの心臓がまた小走りになってきた。
「え? なんで膝枕してるのかって? ち……、ちょうどいいくらいの枕代わりが無かったのよ! それに固い地面に頭を置くのはちょっと気が引けただけよ! ち、ちょ~っとだけね!」
思いがけないことを聞かれて早口でまくしたてるとアナタはにこやかに頷く。
「ね、ねぇ。い、言わないでよ……? アサギに膝枕してたとか、……アサギの顔がお尻に当たってたとか。ジーナとアヤメに知られたら何言われるか分かんないんだから……今度は腕枕かしらね~とか、あらあら、もうお尻に敷いてるの~? とかって、絶対茶化してくるからジーナのやつ! あの二人、ほんと調子に乗ると加減知らないんだから……」
口では懇願しつつ睨みを効かせると、察しのいいあなたはただでさえあたしより白い顔から更に血の気を引かせ、木彫りの細工人形のように首を上下させる。
よしよし、物分かりがいいねー。
はぁ。もうすぐ冬なのになんだか暑い気がするのは、きっとアサギの頭が乗ってるせいね。
早く起きないかなぁ。
あ、でももうちょっと味わっていたいかも……。
な、なんてね! はは、ははは……。
うっかり口を滑らせるあたしと、穏やかな笑顔で見守るアナタ。
何を言っても否定せず茶化さず受け止めてくれる優しさに感謝ね。
……。
会話が途切れ、再び世界に静寂が訪れる。
紅や黄に染まった木々の葉が森特有のほんのり湿り気を帯びた秋らしい乾風に揺られ音色を奏でる。
太陽は天頂を越えゆっくり傾いてきた。
あんまりのんびりしてると日が暮れちゃうわね……。
不意に、歩幅で十歩ぶんくらい離れた繁みの向こうでさっきとは異質な枝葉の音――明らかに生物が通る音――がした。
またウサギ……?
だといいけど、攻撃的な魔物だとちょっと困るなぁ。
アナタに目をやると、アナタは頷き、足音を立てないよう慎重に繁みに近づく。
身動きの取れないあたしは固唾を飲んで見守るしかない。
ただ、もしもの時――何かが飛びかかってきたときに反応できるように腰に差してある短剣の柄に手をかける。
術を放つか、それとも短剣自体を投げるかどちらが早いか思考を巡らす。
様子を探ったアナタが振り返り、安堵した表情でこちらに足を踏み出す。
あたしも強張っていた顔面の筋肉を緩める……と、足元で小枝が折れる音が鳴る。
油断して足の置き場を間違えちゃったのね。
瞬間、繁みの向こうにいる何かに気付かれたのか拳大の物体が繫みから飛び出したのが見えた。
「燕!!」
腰の鞘から短剣を振り抜く。風圧がツバメの如く空を滑り飛翔体にぶつかるとどちらも四散する。
熟れた夕陽果を手で握りつぶしたみたいに赤い粘性の液体が辺りに降り注ぐ。
アナタは飛来物の気配に気付き咄嗟に伏せたけれど、少し赤いのが服に付いちゃったね……
トマト→「夕陽果」とひとまず命名。
ご協力ありがとうございました!