2日目 19 ヒナとアサギ① 森に分け入る三人とエルフの仕掛けた罠
割り込み投稿、以前書くのを断念した部分を書籍化に当たり書きました。ウサギ狩り後にパーティー分割した、ヒナ、アサギ、詩人の側のお話。3~4話分の予定です。
アヤメ、ジーナ、そして社会勉強にと同行している少年コイズの三人と分かれ、盗賊の俺と舞剣士のヒナ、そして吟遊詩人の「君」の三人で「精霊の森」の奥へと分け入る。
目的は俺の小遣い稼ぎ、薬草摘みだ。
「さ、たくさん摘んでがっぽり稼ぐわよ!」
妙にヒナが張り切っていて先頭を歩いている。がっぽりって言われてもな……。
「薬草が売れる額なんてたかが知れてるし、そんなに多量に持ち出せねぇよ」
そして摘むのは俺の役目。なのでちょっと嫌味を言っておく。
精霊の森と呼ばれるだけあって、他の土地に比べ魔力が空気や土壌に豊富に含まれているという。
そのおかげで魔力を帯びた植物が育ちやすく、それらは生葉はもちろん、乾燥させたものを煎じたり擂り潰したり漬け込んだりすると薬になる。
ただ森に入るのは魔物と遭遇する危険と隣り合わせ。薬屋の店員みたいな護身の心得の無い者が来るのは難しい。
そこへ冒険者の出番ってわけだ。
もちろん素人目に薬草の判別は難しい。
だからこそ、薬草士の心得がある俺こそが適任なんだ。
宿場街に立ち寄る冒険者の中に薬草士の心得がある者はそれなりにいるから完全な専売特許というわけにはいかないが、宿場街という場所柄、常駐してるやつはほとんどいない。
顔なじみによる安心感や信用が取引の武器になるんだ。
ただ……、一人で薬草の判別に集中しながら周囲も警戒して、となるとちょっと無理があってな。
薬草を摘むのに集中したいから君はヒナと協力して見張りをお願いしたいんだ。
ついでに言うと……薬草屋のお姉さんが美人で性格も可愛いから、いいとこ見せたいし、顔を見せる口実にしたいのもある。
なんてことを考えていると頬が緩む。
「ねぇ、鼻の下伸びてるけど。またスケベなこと考えてるんでしょ」
「な……、んなわけねぇよ! 言いがかりだろ!」
「ふん、どーだか」
その表情を目ざとく見つけ睨みを利かせるヒナ。
俺の返事に微塵も納得してない顔だし。
つーか、なんで気付いたんだよ……。勘がよすぎるな。
ジーナとアヤメが一緒なら茶化してくれるからまだ衝突しにくいんだが、人が減ったとたんにこれだもんな。もうちょい穏便に過ごせないものなのか……。
前はこうでもなかったと思うんだが、何が原因なのか心当たりがない。
君もちょっと困った顔をしながら笑みを浮かべている。
君の透き通るような肌が木々の間から注ぐ柔らかな陽の光を受けて神秘的な美しさを魅せる。
まぁ、ヒナの肌も負けてないだろうけどよ。あいつは日焼けやら生傷やらいっぱいで神秘的じゃあないよな。
……な、なんで笑うんだよっ!
勇ましく進むヒナを先頭に歩みを進めてきたが、その緋色髪が立ち止まる。
ここで二つに分かれ道。
一つは多少開けて先が見える道。
もう一方は途中で見失ってもおかしくないほど鬱蒼と生い茂っている獣道。
さて……
「此処はこっちの道。そっちのほうが道が開けて見えるけど罠だからな」
以前に通った記憶から道を判別する。
俺は君に向けて言ったはずだったが……。
「そ、そうだったわね」
ヒナが上ずった声で反応する。その足先は開けた道を向いている。
「忘れてたのか……」
「あ、あんたを試したのよ!」
「はいはい」
ムキになって主張するヒナを流し、再び足を動かす。
なんで地理に詳しいのかって? それはな……しばらくこの森で暮らしたことがあったんだ。
いや……ヒナがあんまりにも野ウサギと木漏れ日亭を破壊するもんだからさ……出禁だよ……。
「あんたのせいでしょ!」
手加減無しのグーパンチが頬を直撃する。
「ってぇ~! 手ぇ出すにも加減しろよな、この暴力女っ!」
「むっか~~!! フン!!」
台風女は踏みしめる一歩一歩が地響きを起こしそうなほどの大股で先に歩き出す。
え? いいのかって? この辺は大した魔物も出ないから平気だ。
それに、あいつも一緒に行動してたんだから、森のことは熟知してるだろ。
そうそう、罠ってのは宿で会ったエルフのチトセさんっていただろ?
この森はあの人が管理してて、罠は密猟者を狩るために張ったやつで……。
「きゃぁぁぁぁ!!」
は? なんだ「きゃぁぁぁぁ」って、聞き覚えのありまくる声だよな。
まさか、と君と顔を合わせ瞼をぱちくりさせる。……仕方ない。
アホらしさを感じながらも悲鳴の聞こえたほう、木漏れ日が差し込んで明るい開けた森の道の遠くに、木からぶら下がる何かが見える。
「ちょっとぉ!これどうなってんのよ!?」
予想通りというかなんというか。
ヒナが縄で縛られて逆さになっていた。
サイアク……熟知してるとかちょっと盛って言ってやったのにって、その上、粗い網目のような結びの縄のためあちこち強調されて目のやり場に困り思わず顔を背ける。
なんて格好だよ……。
「どうにかしないさよぉ!!」
「わかってるよ……」
目線を逸らしながら近づくが、縄を外すにはどうしても見なくてはいけない。
見ないでやろうものなら逆に手で触れてしまう。
そんなことになろうものなら命が無いだろう。
「ちょっと、どこ見てんのよ!」
本当にこいつは人の目線に敏感すぎる。
その上、察しもいい。
普段はてんでちゃらんぽらんなのに、こういうときばかり勘が働くのは野生児かなにかか。
目線の高さにあるヒナの胸元、そのほんの僅かな左右の膨らみの間にちょうどヒナを縛る網を形作る木製の留め具がある。
「見なきゃ外せないだろ! 留め具ここなんだから。たいして膨らんでないのに自意識過剰なんだよ!!」
「なんですってぇ!」
顔面が髪色より赤く染まり、罠にはまって不自由なはずが自力で縄から飛び出しそうなくらいじたばたと暴れる。
「こら! 動くな! 外せないだろ!」
ぎりぎり縄だけ触るように両手の親指と人差し指だけで作業する。よし、これで……!
外れた縄がヒナの胸当てを擦って外れる。って、ヒナがそのまま俺の上に落ちて……。
「ぐえっ」
「バカ! エッチ!!」
「うわっ!! んん~~~~!?」
「きゃぁぁぁぁ!! 何すんのよどすけべ!!」
「ん~~ん~~!!」
何がどうなったかさっぱりだが、縄が外れヒナが落ちてきたのと同時に暴れたためにせっかく外れた罠がもう一度発動してしまったらしい。それも今度は俺を巻き込んだ体勢で……。
さっきから息苦しいし何か柔らかいものが当たってる。
それになんだか甘いようなちょっとスパイスみたいな、刺激的な匂いが鼻腔をくすぐる……。
「やだ……あんたなんて姿勢なのよ……! ダメ……鼻息かけるなぁ……んっ、やっ……ちょっとぉ……」
さっきまでの勢いがどこへやら急にしおらしい声を出すヒナ。
なんだよ、かわいいことできるじゃねーか。
などと思いつつも視界も動きも塞がれた上、呼吸困難で訳も分からないまま、俺の意識はここで飛んだ……。