2日目 14 ジーナとアヤメ③ 巨大兎と奇怪人形
悶々とした話からふざけたくなってしまいました。
巨大兎と睨み合う。
さっきまでこうやって立ち止まるなんてなかったのに、小ウサギたちが解放されたことでいくらか冷静さを取り戻したみたい。
それでも怒り興奮していることには変わらないケド。
……どうやって攻略しようかな。
ちいねーちゃんとおにーちゃんがいたらなぁ……。
四人でいると前衛に立つことなんてなくて気にならなかったけど、ボク自身は物理的に攻撃する手段が無いんだ。
おねーちゃんが下手に攻撃に加わったら一緒にいる少年共々狙わねかねない。
面倒だけど彼を守ってもらわないといけなくて、なるべくひっそりしていてもらうのがいい。
となるとボクの召喚しかないのに、触手たちをずっと出していたから、残り魔力が少なく感じる。
感じる、というのは具体的には分からないから。
残りの魔力があるかないかは疲労具合でなんとなく把握するくらいで、実際どのくらい持つかはやってみなきゃわからないんだよねー。
興奮状態の相手に効くか分からないけど、ダメもとで眠り、幻覚、魅了と幻術をかけてみる。
かかれば気休めになるが、効果なし……。
さすがに惑わされないか。
ボクが動いたために向こうも再び攻撃を繰り出す。
前歯を振り下ろすのは大技すぎて当たらないことを学んだのか、前足による薙ぎ払いと後ろ脚のバネを使った突進とを繰り返す。
単調な動きだからタイミングさえ読めれば避けるのは難しくなく、何度か繰り返すうちに慣れてきた。
おねーちゃんたちのほうに行かないよう気を付けながら、縦横無尽に避けて回る。
右、左、突進。
右、左、突進。
今だ!
上に避け巨大兎の背後に回る。
隙だらけの背中にむかって両手をかざすと魔法陣が浮かぶ。
光が少し弱いのは魔力不足か、けどまだ呼べそう。
ダメージを与えられなければ勝てないから、出来るだけ速さに対抗出来て、腕っぷしの強いやつを呼ぼう。
「来いっ首無し騎士!!」
首無し騎士。
その名の通り頭を持たず、首から下の全身を甲冑で覆い、首のない馬に乗っていて、力と敏捷性の両方を兼ね備えた熟練の戦士。
なんだけど……。
魔法陣の青白い輝きが一瞬強さを増す。
が、すぐ弱く明滅してどうも違和感がある。出てこない。
光を放つ魔法陣を向けられ、一瞬怯んだ巨大兎が攻撃に出ようとしたところ、なにかが、ぬるり、と現れた。
「奇怪人形「血沸肉男人形!!」
ボクと同じ、十五、六歳くらいの男の子の背格好をした、全裸で丸刈り頭の人形……。
頭のてっぺんから左右で真っ二つに分かれていて、右側はニンゲンの肌にそっくり、左半分は表面の皮膚が無く筋肉の繊維や内臓がむき出しになっている。
ご丁寧に股間にぶら下がっているイチモツまで半分だ。
色彩は鮮やかでグロテスクだけど人形なので出血が無いのが救い。
丸見えの心臓はどくどくと脈打っている。
造詣が細かいなー。なんて感心してる場合じゃないや。
あー、ハズレだ。こんな大事な場面でなんだよー。
「えーと、デュラハンを召喚したんだけど。どうして君が?」
人型をしているから話が通じるかも、と軽い期待をしつつ尋ねてみる。
「首無シ騎士先輩ハ、息子サンノ授業参観デオ休ミデス。二番手ノ一ツ目巨人先輩ハ出張中デ。三番手動ク石像先輩ハ"オーバーホール中"ダッタノデ、本日ノ四番手魔界ノ瞬足コト血沸肉男人形ガ参上シマシタ!」
「あーそう……」
自信たっぷりに言ってくるけど役に立つ気配がない。
誰得の情報だよ……。
けど、先入観で判断しちゃいけないや。
秘められた力があるかもしれない。
一応聞いてみよー。
「それでキミの長所は?」
「足ノ速サデス!」
「力はある?」
「カラッキシ、デス! 衝撃ヲ与エルトスグバラバラニナルノデ、優シク扱ッテネ!」
「……。念のため聞くけど、あれとやり合える?」
ぐるるると唸る巨大兎を指さす。
「無理、デスネ!!」
両手を腰に当て胸を張って堂々と言う。
何しに来たんだよぉぉぉぉ。全然使えないじゃん!!と心の中で叫ぶ。
ふと、さっきから攻撃してこないと思ったら巨大兎が怯んでる……?
もしかしてこいつがいると攻撃できないのかな?
だとしたら絶好のチャンス。
今のうちにと距離を取ると、おねーちゃんと少年が寄ってきた。
が、十歩ほど離れたところで立ち止まる。
まぁそうだよね。
「ア、アヤちゃん……。その方は……?」
「血沸肉男だってー。魔法生物だよー。四番手の」
おねーちゃんがおずおずと尋ねてくるケド、ボクはこんなのしか出てこなかったのが耐え難く、投げやりに答える。
「ドウモ! 血沸肉男人形デス!)
それまで背を向けていたのが急に振り返り、のしのしとおねーちゃんたちのほうへ歩いていく。
人形というだけあって関節の動きがぎこちなく、動くたびにミシミシと軋む音がする。
って、そっちじゃないだろ! 兎、兎!! 敵を無視するっ!?
「きゃっ!」
「わぁぁぁぁっぁ!!」
ふたりが盛大に悲鳴をあげる。
そう、近くで見れば見るほど不気味なの。
近寄ってきたら驚くよね……。
ボクでもあんまり直視したくない。
「は、裸ではありませんかっ!」
おねーちゃんが頬を赤く染めて、両手で顔を覆う。
いやいや、指の間からちゃっかり見てるよね。
「ネェ、ソンナ悲鳴ヲ上ゲテ、僕怖イ??」
ずい、とおねーちゃんに迫る。
「ひぃっ!」
「ねぇ! 怖クナイヨネ?」
少年のほうにもずいずい、と近寄る。
「よ、よるなバケモむぐっ!?」
「ここここここ、こ、こわくない、怖くないですわ!!」
「んーー!!」
おねーちゃんが、暴言吐きかけた少年の口をとっさに抑えて、涙目になりながら必死に答える。
首がもげるんじゃないかと思う勢いで縦に振る。
「ヒャッホウ! ヤッパリソウダ! ミンナバカニスルケド、僕ハ怖クナンカ無インダ!! ヒャッホ―!! 気分ガイイゾー!! あっはっはっはっはHっはっはっははHHっははっ!!!!!!!!」
あー、見た目でやっぱり苦労してるんだー。そりゃそうだよね。少しだけ同情する。
「アット、アノ生キ物ヲヤッツケルノデシタネ!! コノ血沸肉男人形ノトッテオキヲ、ゴ覧ニ見セマシヨウ!!」
何もできないんじゃなかったのねー。
言い終えると同時に屈伸、伸脚と準備運動をし、ものすごい勢いで兎目がけて走っていく。
瞬足を名乗るだけはあるみたい。
「クラエ!! 大腸小腸大旋風!!」
風を切って走ると腸が生き物のように飛び出し、タオルを回してるみたいにぐるぐる回転する。
うわ、きもちわる。
高速回転する腸でビンタを食らわせていく。
全然痛くなさそうだけど精神的ダメージを与えているよう。
巨大兎が呻いている。
「そして必殺! 内臓炸裂!!」
叫びながら助走をつけて海老反りジャンプ。
表皮のない左半身から、むき出しになっている内臓が一斉に飛び出す。
右側も皮膚を突き破って赤黒い臓物がでていく、かなり衝撃的な絵面。
グオオオォォォ-と叫ぶ巨大兎。
所詮臓物なのでぶつかったところで痛くも痒くもなさそうだけど、これまたかなり嫌そう。
意外と体にくっつくようで、必死に引きはがしている。
肉食じゃないのね。
と。
バタッと倒れる{血沸肉男人形}(ちわきにくおドール)。
おいおいどうした。
「マ、間違エテ心臓マデ飛バシテシマイマシタ……」
言い残して砂のように崩れ消えていく。出番終了かよ!
血沸肉男も大昔に考えた名前です。いわゆる人体模型。
ということは違う世界に住む誰かが作ったもの。
単語を使わずに表現するの難しいです。人体模型って伝わったのかなぁ。